忍者の街

使命

 それはある昼のことだ。とある街角では、二人組の女子高生がタピオカミルクティーを手にしながら談笑していた。

「ハルカってば、すぐそういうこと言う!」

「いやいや、サキもわかるっしょ?」

「ぶっちゃけ超わかるー!」

 スクールバッグからは同じキーフォルダーを下げ、耳には同じピアスを着け、携帯電話にも同じカバーを着けている。二人はよほど仲が良いのか、同じ小物を愛用しているようだ。そんな二人の送る平和な日常も、永遠を約束されているわけではない。日本にアヤカシが現れるようになって以来、日本に住む人々の生活は常に死の危険と隣り合わせだからだ。


 さっそく、二人は大きな影に包まれた。少女たちが振り向いた先には、身長二メートルほどの大きさのアヤカシが立っていた。彼女らは冷や汗を流しつつ、生唾を飲んだ。この一瞬が、二人にとってはスローモーションのように感じられた。


「危ない!」


 突如その場に、一人の少年の声がこだました。一枚の手裏剣が飛来し、アヤカシの首の後ろに突き刺さった。その場に姿を現したのは、緑色の装束に身を包んだ忍者だ。彼こそまさに、つい先日に実の弟を失った少年――――白峰守しらみねまもるその人である。アヤカシは彼の方へと目を遣った。その強靭な脚は守の方へと歩みを進めている。まだ忍者になってから日の浅い守は、初めての戦闘に苦戦しているらしく一心不乱に手裏剣を投げていく。しかし彼に勝機はある。

(なるほど……どうやら変身中は、身体能力や五感、動作の学習能力などが強化されるみたいだね……)

 守は己の身に起きていることを分析しつつ、徐々に手裏剣のコントロールの精度を高めていく。その威力も少しずつ上昇し、着実に眼前のアヤカシに傷を負わせ始めている。アヤカシは次第に後ろの方へと押されていき、その場で苦しみ始める。

「よし、上手くいきそうだ!」

 ここで最後の仕上げだ。守は両手の拳を強く握り、全身で力み始めた。彼のすぐ目の前では、アヤカシが苦しそうにふらついている。守の拳は力を溜め込み、黄緑色の光を放っている。

「いくぞ!」

 正体不明の光をまとう拳は、アヤカシの腹部に勢いよく叩きつけられた。アヤカシは全身から白い光を放ち、その直後に爆発した。


 守の勝利だ。


 彼は「変身」を解き、普段着の状態になった。彼の方へと駆け寄ってきたのは、先ほどの二人の女子高生である。

「ありがとね、お兄さん!」

「ありがとうございまーす! つーかマジ死ぬかと思ったし! ハルカ大丈夫だった?」

「平気平気! サキは?」

「無事無事。心配しなさんな」

 互いの無事を確認し、彼女らはその場で抱き合った。その様子を前にして、守は安堵のため息をついた。一件落着である。


 それからハルカたちは、少しだけ守と話をした。少女たちは「BFF」と書かれたピアスを耳に着けており、これはハルカがデザインを手掛けたものである。BFFはベスト・フレンド・フォーエバーの略称で、その意味は「永遠の親友」といったところだ。このピアスはまさしく、二人の友情の証である。


 ハルカは言った。

「あーし、サキとは一蓮托生のズッ友だし? 助けてもらってマジ感謝だし!」

 ここまで徹底して仲が良いとなれば、もはやその言葉に嘘偽りはなさそうだ。守は優しさに満ちた微笑みを浮かべ、小さく相槌を打つ。ハルカに続き、サキも彼に話しかける。

「ハルカとの日々は、毎日続いて欲しいもん。だからね、お兄さん。これからも、アヤカシ退治、頑張って!」

 二人の女子高生に頼りにされ、守は少し得意げな様子だ。

「もちろんです。二人の日常も、皆の日常も、僕が守っていきますから!」

 彼は彼女らと約束を交わし、その場を後にした。



 それから守は近場のファーストフード店に立ち寄り、ハンバーガーを食べながら物思いに耽った。

(そっか。僕はヒーローになったんだね。自分には、誰かを守ったり救ったりすることなんて、絶対に出来ないと思ってた。これからは、僕がこの街の皆を守るんだ)

 彼はハルカたちの笑顔を思い出し、それにつられるように微笑みを零した。昨日まではアヤカシから逃げることしか出来なかった少年も、今や戦いの使命を背負っている。彼の魂には炎が灯っていた。

(見ててね、翔琉かける。僕にとっての大切な人も、翔琉にとっても大切な人も、僕が皆守っていくよ)

 弟の死を胸に刻み、守は忍者として生きていくことを心に誓った。

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