退魔士 黒川梓 1話

@mamama1993

第1話

煉獄ーーープルガトル。


人間界と異界の狭間にある別の世界。


そこはその二つの世界を繋ぐ中間であり、異界から人間界へと侵攻するモンストラムと呼ばれる異形の魔物が人間界へと侵入する為の唯一の経路である。


辺りには廃墟となったビルやその他の建物ーーーここも元は人間界だったと聞くが既に劣化が進んでおり、モンストラム以外の生物はいない。


そんな空間に人間界への脅威であるモンストラムの侵攻をとめるべく乗り込む20人程の団体。


退魔師アミュレットーーーその名の通りモンストラムと呼ばれる魔物を討伐する存在だが、退魔師は生まれつきの素養で決まるーーーそして、今回プルガトルに乗り込んだ団体はモンストラムと戦う為の存在ーーー




「お嬢様、敵の数が多くてこのままでは突入に時間がかかります!」


一人の退魔師が自分の後方にいる退魔師の女性に声を上げる。


「・・・そうか」


お嬢様と呼ばれた黒の上着に袖を通さずに肩に羽織った女性は短く返事をして静かに目を開き、刀−−−退魔刀・冥月を抜く。


ーーー黒川梓。


齢19にして退魔師集団を纏める黒川家の令嬢にして次期当主であり現当主代理。



まだ20歳にも満たない少女だがこの退魔のグループの家系ーーー天冥流という流派を掲げており、かつては裏の世界でも名を馳せる程の屈指の強さを誇り、努力家で知識人にして武力も兼ねた退魔師だ。


とはいえ黒川家は梓が幼い頃に親族の裏切りにより分裂が生じ、分解寸前にまで追い込まれた。


そして、それは現在も崩壊寸前であり、彼女は復興を目指し、日々努力をしている。


事実上の黒川家のリーダーなのは間違いなく、纏う風格はまさしく獅子の如しーーー今彼女の周りに居る退魔師達は以前先代の頃の者達であり、彼女のその声かけに共に立ち上がりその復興に力を尽くしてくれる数少ない仲間だ。


「・・・みんなを下がらせてくれ。私が道を開く」


「は、はい!」


退魔師は梓と声に緊張気味に敬礼をすると直ぐ様他の退魔師へと指示を送り、それが伝搬して梓の前方の退魔師達が左右に散開し、梓の前に道が開く。


背中まである黒く、艶のある髪を風にはためかせ、視線を奥ーーー今回のモンストラムの巣窟の入り口に送る。


巣窟の入り口には悪魔の群れが三百以上と存在しており、これでは入り口に辿り着くまでに消耗し、もしもそのまま巣窟に入れば更なる苦戦を強いられるだろう。


しかし、そんな分かりきっている消耗を退魔師達にさせるはいかない。


そんな事をすれば怪我人、死人が出る確率が上がってしまう。


ここにいる数人の退魔師達は自分ーーー黒川家の信じられる仲間達だ。


梓はゆっくりと息を吐き、退魔刀を握り締め、集中ーーー身体からオーラが吹き出すーーーそれは退魔師特有の力の源である気マナと呼ばれるもので梓はそれを身に纏い、さらには全身のマナの循環を高める。


「ーーー白道」


そして、目を見開くと先程までは黒かった瞳が蒼色へと変貌し、刀を構えてマナを刀身に纏わせて思い切り振るう!


《天冥流・断空閃てんめいりゅう・だんくうせん》


振るわれた刀の軌道からマナが刃として放たれて遠くのモンストラムを斬り裂く。


全てのモンストラムを倒せたわけではないがそれでも半数近いモンストラムを蹴散らし、巣窟へと続く一筋の道が開かれる。


「・・・いくぞ!背中は任せる!」


梓は間髪入れずにその道へと飛び込みモンストラムの間を駆け抜ける。


「はっ!梓嬢に続け!」


「お嬢様のお背中を死守せよ!」


そして、その後ろを黒川家の退魔師達が続き、分断されたモンストラムの集団を一網打尽にしていき、梓は巣窟の扉を叩き斬り、単騎で突入するーーー


これから先は後に語られる短い一つの戦記。


彼女にとって運命の出会いを遂げる物語だ。




「ふぅ・・・ようやく終わったな・・・」


モンストラムの討伐を終えた梓は帰路を歩く。


いつもなら仲間の者が送ってくれるが今回気分転換、そしてある目的の為、街を歩いて帰る事にした。


梓が歩くと街の人びとが梓を見る。


女性としては高めの167センチの身長に白いブラウスがシワなく張り詰め、見るだけで分かる巨乳、黒のプリーツスカートから伸びる美脚。


そのスタイルだけでも目を引くというのに艶々と輝くような背中を覆う黒い髪に美しい顔立ち。


ふっくらと膨らんだ唇に整った鼻梁に名匠が筆を引いたような眉。


そしてその顔で何よりも一際チャームを感じさせるのは風や水のような涼やかなクールビューティを体現した双眸だ。


その瞳は力強さと気高さを感じさせ、男女問わずに魅力してしまう程だ。


「まずは・・・」


しかし、集まる視線を気にせずに梓は一直線に導かれるようにそこへと歩く。






梓がたどり着いたのはホビーショップで中に入ると足早にあるコーナーに入りーーー


「あった・・・!」


梓は"それ"を見て目を輝かせる。


小さな蒼色のひよこのような鳥が頭にペンを乗せているキャラクターのぬいぐるみ。


こう見えてもぬいぐるみなど可愛いものが好きな梓だ。


それにこのキャラクターは梓のお気に入りの一つだ。


商品名は"蒼ペンさん・ふかふかぬいぐるみPart3"。


見たところ、在庫は残り一つ。


このぬいぐるみは昨日から発売しており、本来は並んででも欲しかったが討伐で時間が取れなかった為に今日、ここまで来たのだ。


(よし・・・!)


梓は蒼ペンさんぬいぐるみに手に取り、引き寄せようとしてーーー


「おかーさーん!蒼ペンさんのぬいぐるみ!あったー!」


「!」


振り向くと梓の後ろから声を上げながらバタバタと走る一人の少年。


「もぉ、お店の中を走っちゃ駄目よー」


さらにその後ろからその少年の母親と思われる女性。


「あっ・・・」


とまった少年はぬいぐるみを掴んだ梓を見て落胆したような声を上げる。


「あら、そのお姉ちゃんの方が先みたいよ。また今度にしましょ」


後を追ってきた母親もその光景を見てその少年の頭を撫でる。


「う、うぅ・・・蒼ペンさんのぬいぐるみ・・・」


少年は肩を落とし、しょんぼりとする。


そんな今にも泣きそうな少年の姿を見て梓はーーー


「こ、このぬいぐるみが欲しかったのか?」


梓はぬいぐるみを手に取り、少年の前に屈む。


「・・・う、うん。でもお姉ちゃんの方が先だもん」


「・・・だ、大事にするんだぞ」


梓はぬいぐるみを少年に差し出す。


喉から手が出るほど欲しかったがこのような小さな少年の顔を見ると、今はどこにいるか分からない弟の姿を思い出してしまう。


「えっ!いいの?お姉ちゃん?ありがとう!」


「ああ」


梓は優しく笑みを浮かべる。


「あの、すみません・・・本当にいいのですか?」


すると、母親が申し訳なさそうに声を上げる。


「はい。お気になさらず」


梓は軽く一礼すると踵を返し、ホビーショップを後にする。


「・・・はぁあ・・・」


(・・・あぁ・・・私の蒼ペンさんのぬいぐるみが・・・)


梓は念願のぬいぐるみが手に入らなかった事に少しだけ涙目になりながらため息をつき、とぼとぼと帰路を歩く。


すると、


ドォッ、ドォンッ!


「・・・!」


どこからか大きな音が聞こえ、梓はそちらを向く。


否、音で反応したのもあるがその気配が、モンストラムの気配である事ともう一つ、マナに似たマナとは異なる力を感じたからだ。


梓は駆け出して気配まで後少しという所まで近付くとスカートのポケットから蒼色の札ーーー召喚札サモンカードを取り出して念じると、梓の腰に退魔刀・冥月が鞘に納められた状態で召喚される。


そして、あと少しーーー目の前の路地裏の曲がり角を曲がるとそこにはーーー


「はっ、はーーー」


胸元まで伸ばした梓と同じ黒髪、黒いワンピース、さらには刀身は黒色で梓の物とは違うが刀を手にした梓よりもいくつか年下であろう少女が息を切らし、モンストラムを斬り倒し、残りのモンストラムと相対していた。


その回りにはモンストラムの残骸が30体程転がっており、この少女が屠ったというのは考えるまでもない。


しかし、少女は手傷は負っていないが疲弊しており、残っているモンストラムは中級だが上級に進化しかけている。


梓は倒れる程身を沈め、滑るように歩を進める。


《天冥流・迅舞脚てんめいりゅう・じんむきゃく》


天冥流の歩行技により梓は一瞬でモンストラムへと肉薄し、腰の刀を抜く!


〈抜刀術・虚空閃ばっとうじゅつ・こくうせん〉


地につきそうな程の低い箇所からの超高速の一撃にモンストラムは崩れ落ち、周りに転がっているモンストラムと共に消滅する。


「大丈夫か・・・?」


梓は刀を消滅させて召喚札に封印すると少女に振り返る。


「ぅ、く・・・助けて頂き、ありがとうごさいま・・・ぁ」


少女も同じように刀を消滅させ、闇色の札に変換して礼を言おうするがそのまま倒れーーー


「この子は一体・・・?退魔師・・・なのか?」


梓は倒れそうになった少女を左手で抱きとめ、ひらひらと舞う闇色の札を右手で掴む。


「ぅーーー」


「・・・・・・」


梓は気を失った姫乃を見て、闇色の札をポケットにしまい、姫乃を抱えて帰路へーーー自身の家に戻るーーー






「さて、どうしたものか・・・」


梓は目の前のーーー自分のベッドで寝かせた少女を見て困ったように息を吐く。


見た目は普通の少女だが先程モンストラムを倒していた。


それも一体や二体ではなく、数十体だ。


そして、ポケットから自分の召喚札と闇色の札を取り出す。


この少女は自分と同じ刀を使用しており、最後は闇色の札となっていた。


つまり、これは召喚札という事だが何やらこの札と彼女からはマナではないマナに似た何かを感じる。


そして極めつけはーーー


「むぅ・・・」


その寝顔。


さらさらの黒髪に整ったおとなしめな顔立ちだが先程見た時、クールビューティな梓とは違い、その目は梓より大きく、大人びていてもどこか可愛らしさを感じさせていた。


(・・・可愛いな)


寝顔ともなればやはり年相応の可愛らしい表情で寝息を立てて眠る彼女の頭を撫でる。


「ーーーーーーぁ」


それから二時間程して、少女が目を開ける。


少女は目を開けると見慣れない天井でそれが自分の家ではないのはすぐに分かった。


「・・・目を覚ましたか」


すると、梓の声にはっとして気を失う寸前で聞いた声の為に一瞬、誰か分からなかったがすぐに思い出し、上体を起こす。


「あ、あなたは、さっき・・・」


自分ーーー自分のベッドの隣には椅子に座り、本を畳んだ黒髪の女性。


先程自分を救ってくれた女性だ。


「ーーー私は黒川梓。先程の事といい、一体何者だ?」


「・・・私の名前は黒峰姫乃・・・その、さっきの妖魔ーーー魔物のようなものが現れで空間が歪んでーーー」


姫乃は自分の起こった出来事をありのまま話したーーー



「なるほど、妖魔を狩る退魔師の世界にモンストラムが・・・おそらくだが姫乃。お前はこちらの世界から見た人間界のパラレルワールドーーーアナザーワールドから来た存在だと思う」


「アナザーワールド・・・」


梓は姫乃の話を聞き、何故こちらの世界に来たのかその結論を出す。


おそらく、姫乃は煉獄から何らかのバグで開いたゲートか何者かが開いたゲートから姫乃達の世界ーーー梓から見ればアナザーワールドへとモンストラムがワープし、それを伝いこちらへと転移したのだろう。


「あの、そうなると私は元の世界には・・・」


「ああ、ゲートを使えば可能だろうがお前はマナを持たない。ゲートでのワープはマナを持つ者だと正確性が高いが対象がマナを持たない者だとより精密なワープスキルを必要とするんだ。精度の高いワープには準備が必要で時間がかかる・・・」


「そうですか・・・」


「すぐには帰してあげられないがゲートは何とかしよう・・・それまではここにいるといい」


「えっ、でもそんな・・・」


梓の言葉に姫乃が慌てたように声を上げる。


窮地を救ってくれた上に元の世界に戻る為の準備にさらには居場所を提供してくれるなど申し訳ない。


「・・・気にしなくていい。その件は明日、姫乃に頑張ってもらうかもしれないがとりあえずは休むんだ。風呂もその後に済ませよう」


「・・・はい、すみません。梓さん」


梓は言葉終えて闇色の札を姫乃に渡すと姫乃は頭を下げる。


そして、梓は料理を作ろうとするも、姫乃も手伝うとの事で一緒に作った食事を食べ、風呂に入る。


着替えと姫乃の下着などは中学の頃に予備で買っていた梓の下着のサイズが丁度同じだった為、それと白のキャミソールを渡す。


梓は先に姫乃へ風呂を入らせると、その間、このバーの跡地で育てている猫の世話をし、姫乃が上がったのを見て自分も服を脱ぐとシャワーを浴び、髪と身体を洗うと湯船に浸かる。


(・・・どうしたものか)


梓は風呂場で思考ーーー何となくここに居るといい、とは言ったが大丈夫だろうか、と思う。


姫乃の実力ならモンストラムとも充分に戦えるが果たして昔から付き添ってくれた仲間達が許すだろうかーーーただでさえ昔の件から余所者には厳しい目を向ける癖がついているのだ。


梓が連れてきたからと言ってそう簡単に納得するとは思えないがーーー


(考えても、仕方ない・・・か)


思考を打ち切る。


どのみち納得させなければ彼女は一人、この世界で彷徨うしかないのだ、それを見逃せるほど黒川梓という女性は非情にはなれない。





風呂を上がり、梓は黒の下着を着用する。


そして、黒いキャミソールを着用して梓の部屋へ戻り、梓は何やらゲーム機を持ち、二人でゲームをする。


「ふぅ、今日はもう休もう」


そして、梓がそう言うと姫乃の肩を掴み、自分のベッドへと向かわせる。


「あ、あの、梓さん・・・?私は床で結構ですからーーー」


「む、遠慮するな。私が布団を敷いて寝るから姫乃はベッドを使え」


姫乃も遠慮するが梓も引かず、数分間の口論に発展。


そして、結局ーーー


「あぅ・・・」


ベッドの上の姫乃は目の前に見える梓の胸元ーーーパジャマのボタンを2つ外しており、谷間と黒いブラジャーが覗いている。


そして、先程まで梓はその頭を優しく撫でており、姫乃は身体を丸めて顔を紅潮させていた。


結局、両者譲らず梓が二人でベッドに寝るという提案をした。


梓のベッドはダブルベッド程で二人で寝ようと問題ないがそれでも姫乃は床に寝ようとするもこれ以上は梓が折れず、最終的に姫乃を優しく抱き締めて休んでいる。


頭を軽く押さえられ、顔に胸に当たり、いい香りが漂っている。


(ね、眠れない・・・)


そう思いながらもやはり異世界故に緊張感もあり精神的な疲労が積もっていたのか、30分する頃には眠りについていたーーー





翌日、二人は起きて着替え、梓の部屋で朝食を済ませ、昼間近になると外へ出る。


姫乃はワンピースではなく、梓に用意された同じようなブラウスとプリーツスカートだ。


そして、梓に連れられて外に出た姫乃は振り返ると初めて自分が寝泊まりした場所を見る。


少し広めのバーの跡地だろうか、築年数はそれなりに経過はしているが掃除はされており、中もバーとは思えない程改装されているーーー


ゆっくりとその裏へ回るとそこにはーーー


「あれが・・・」


「梓嬢より若いじゃないか、大丈夫なのか・・・?」


退魔師達が梓と姫乃ーーーいや、姫乃だけを見てひそひそと話していた。


どうやら姫乃を警戒しているらしい。


「みんな。おはよう」


退魔師達に梓ーーーいや、黒川家次期当主・現当主代理・黒川梓が挨拶を返す。


その姿は昨日以上に凛々しく、風格を感じさせる上の者としての威厳に満ちている。


「・・・今日はみんなには少し電話口で説明したが、この少女についてだ。この少女は黒峰姫乃・・・私達と同じアミュレットだ。今黒川家はこのような状況ーーー少しでも戦力を増やすために彼女を迎えようと思う」


梓の言葉に間髪入れず退魔師達が声を上げる。


「ま、待って下さい!梓嬢!」


「そうです!いくらお嬢様のお言葉といえどこんな少女を・・・!」


「それにその子からはマナを感じません!感じるのは異質な力・・・危険です!」


退魔師達はすかさず声を上げる。


「・・・落ち着いて聞いてくれ。この子は昨日、一人で30体のモンストラムを殲滅している」


「なっ・・・!」


「30・・・っ」


梓の言葉に退魔師達がまたもざわめく。


30体のモンストラムなど普通ならば最低でも三人程で戦わなければ勝ち目はない。


梓のような異例中の天才ならばともかく、普通であれば戦う以前の話だ。


「みんなも言うとおり彼女にマナはないが、その代わりに霊力という力を操る。どうやら他の世界ーーーアナザーワールドと言えばみんなも分かるだろうが、どうやらそこにもモンストラムが侵入し、交戦中にこちらに迷い込んだと聞く。となれば30体以上のモンストラムと戦えているーーーそんな存在を放っておけば他の連中に利用でもされればどうだ?それなら私達の元に置いておいた方がいいだろう!」


「・・・・・・!」


梓の言葉に退魔師達が言葉を失うがそのまま梓は続ける。


「モンストラムはついにアナザーワールドにまで侵攻を始めた・・・!これは私達が予想している以上に事態は深刻でこのままではこちらの人間界だけでなく、他の人間界にも被害が広がってしまうだろう。彼女の力はこの事態を打破する為の大きな力となる。幸い、彼女を帰すこちらのゲートの完成までの間、彼女は共闘を快諾してくれた・・・この危機を打ち破る為、彼女をどうか受け入れて欲しい・・・頼む・・・!」


「お願いします・・・!」


梓は頭を下げ、同じように姫乃も頭を下げる。


モンストラムの被害拡大、そして次期当主が頭を下げた事に退魔師達が息を呑む。


暫しの間、沈黙が流れるが一人の退魔師が声を上げる。


「わ、分かりました・・・ですが、その子の力が本物かどうか、それを証明していただきたい」


「ああ、それは構わない。だが彼女の実力は私自ら試す」


梓はそう言うと姫乃と向き合う。


並の退魔師では彼女の相手は難しいだろう、ならば引き入れた自分が彼女の力を測るのが道理。


そして、その力を梓自身も見たいというのもある。


「いいな?姫乃」


「・・・はい」


梓の言葉に姫乃が返事をし、姫乃の実力テストが始まる。


二人は3メーター程距離を取り、互いに召喚札から自身の愛刀を召喚。


梓は退魔刀・冥月を。


姫乃は退魔刀・星影を。


両者は同じように腰に鞘に納められた状態で召喚しており、腰を落とした状態ーーー互いに同じ技からスタートするというのは両者は勿論、周りにの退魔師達も察する。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


梓と姫乃は睨み合い、その場に居る全員が息を呑む。






ダンッーーー!!


直後、二人の踏み込みの音が重なる。


シャッーーー!!


二人の抜刀の音、鞘走りの音が重なる。


キィンッーーー!!


そして、二人の抜刀術により刀がぶつかり、高音が辺りに響き渡る!!


《抜刀術・虚空閃ばっとうじゅつ・こくうせん》


《抜刀術・闇孤月ばっとうじゅつ・やみこげつ》


ーーー黒川家次期当主 当主代理・黒川梓VS闇の退魔師アミュレット・黒峰姫乃


二人の初撃ーーー抜刀術は速度、威力共に互角で反動により二人は僅かに後ろへと押されてしまう。


「ーーー!」


抜刀術を終えて姫乃が先に動く。


ダンッーーー!


距離が空いたとはいえ、僅かな距離ーーー姫乃は左脚で踏み込みながら振り抜き、背に回った右手の退魔刀を左手で掴んで逆手での追撃をしかける!


《闇孤月・裏刃やみこげつ・うらやいば》


(速いーーー!)


梓は姫乃の速度に驚きながら抜刀術に続く連続技に振り抜いた刀を両腕で縦向きに地面に向けて受けとめ、ずざざっとその軌道に押されてしまう。


そして、二撃目を終えた姫乃は向かって右側ーーー梓の左、武器を持っていない方へと高速で移動して刀を振り下ろす。


対して梓はゆっくりと姫乃の方へと向き直り、そのままーーー


「"天冥流"ーーー」


「なっーーー!」


今度は姫乃が驚愕して目を見開く。


梓は刀を消滅させ、なんと無手で姫乃と向き合ったのだ。


たが、姫乃の刀はとまらない、刀はそのまま梓の頭へと到達ーーーしようとした所で梓が両腕を交差させて姫乃の腕に当ててそれをとめ、停止した瞬間にそれを解き、腕を極める!


「あっ!」


そして、そのまま姫乃の刀を奪う!


《天冥流・一燕てんめいりゅう・いちえん》


黒川家に伝わる戦闘流派・天冥流の技の一つ。


敵の武器を奪い、無力化する武術で大抵はこの技で武器を奪い、相手の戦力は大きく落ちる。


無論、それは姫乃も例外ではなく、武器がなくなれば戦力低下は免れないーーー


周りの退魔師達もやはり・・・と自らの主の実力の前に小娘では叶わないと再認識して、主の勝利を確信する。


「っ!!」


しかし、姫乃もこのまま終わらない。


姫乃はそのまま武器が自分の手から離れる前に武器を消滅させ、武器が奪われるのを防ぐ。


(ほう、一燕を防いだか。だが!)


梓は自身の無力化の技術を防いだ事に関心しながらもそのまま姫乃に一本背負いの投げを放つ。


(この人・・・!!)


姫乃は梓の流れるような技、そしてとまらない繋がる技に体術のプロである事を知る。


このままでは姫乃は投げられて倒れた所に刀を突き付けられてそこで試合は終了だ。


「くっ!」


姫乃はそのまま梓の投げに乗っかるように地面を蹴り、自分から投げられる。


下手に抵抗しては梓の思うつぼ、ならば自分からその技に乗り勢いをつけて、自分のタイミングで着地を狙う。


投げを超える勢いにより姫乃の身体は勢いよく回転し、綺麗に着地。


右手を掴まれている為、梓の技はまだ続くと考え、姫乃は後ろ足を振り上げて蹴りを放ち、梓も回避の為に手を離す。


そして、手が離れた瞬間に姫乃は左手に刀を再召喚して巻打ちを放つもバックステップで回避される。


「おぉ・・・!」


「お嬢の連続技を回避したぞ・・・!」


梓の連続技を回避した事に退魔師達から歓声が上がる。


「ふっ、今のを全て回避して反撃とは流石だな」


梓も素直に賛辞を送り、冥月を再召喚ーーー今度は右手に鞘から抜いた状態だ。


「・・・いきます」


しかし、姫乃はそれに応えずに構え直して駆け出す!


集中力を保つ為、余計な会話すらも断つ。


今の攻防だけで梓が相当の手練ーーーもしかすると自分の師に並ぶ豪傑かもしれない。


応えなかった失礼は後で詫びればいい。


梓も姫乃が本気になった事を感じ、少しだけ口角を上げると駆け出し、二人の退魔師が交錯するーーー!





「ッーーー!」


姫乃は高速で刀を振り上げ、そのまま振り下ろす。


しかし、刀は全て防がれて反撃に放たれる剣戟を回避。


先程から攻撃をしかけるが全て弾かれている。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」


姫乃と梓の速度は同じだった。


それは戦闘能力も同じで二人とも速さと技に重点を置いたスタイルで時折放つ体術こそ姫乃は蹴りによる打撃、梓は柔術や合気道の受け流しでどちらかと言えば姫乃は攻め、梓は受けの体術という違いがあるが基本は同じだ。


細かく言えば刀と蹴りで攻める為、姫乃は攻撃型、一方は刀で攻めて、柔術と関節技で防御と回避の梓はバランス型だ。


しかし、剣の速度も移動速度も同じでもどういうわけか消耗は姫乃の方が大きい。


つまりそれはーーー


(剣術においても梓さんはとても強い・・・私よりも刀の扱いが上・・・)


速度が同じでも、技量が違う。


梓の動きは極限まで最適化されており、最小限の動きで迎撃している為、消耗がとても少ない。


だが、それでも技量に大きな差はなく、ここまで姫乃の体力が消耗するなどという事はあり得ない。


つまり、消耗の大きな要因はもう一つーーー二人の体術だ。


体術において姫乃にとって梓は相性最悪の相手だった。


強引に突破する為に蹴りを織り交ぜるにも蹴りは威力こそ高いが脚を振るうため消耗が激しく、体術が防御に向いている梓は姫乃の攻撃を受け流す、もしくは回避するのみなので消耗は少ない。


このまま攻め込んでもジリ貧で姫乃が力尽きるのは明白。


ならばーーー


「くーーー」


姫乃は距離を取ると自身の中に宿る神秘の力ーーー霊力を刀に込める。


剣術でも体術でも勝てないならこの霊力を使うしかない。


破壊力に於いては飛び抜けている力だ。


姫乃の紫色の霊力に周りの退魔師達が先程ざわめく。


それも当然、マナしか扱わない退魔師達でも感じる大きな力ーーー破壊的な攻撃力を秘めているのを肌でびりびりと感じるのだ。


「・・・」


(なるほど・・・これが霊力か・・・!)


相対している梓もその力に顔をしかめる。


姫乃の刀に纏う闇の力は相対する梓にはさらに大きく感じる。


(ふっ・・・)


梓は心の中で笑い、自身も刀に蒼色のマナを込める。


「はぁっ!!」


《滅霊斬めつれいざん》


一瞬後、姫乃の刀から三日月状の闇色の刃が飛来する!


それに対して、梓は精神統一をし、ゆっくりとその闇の力を見据えて刀を構えーーー


「ーーー斬る」


刀を闇の刃に叩きつける!


《天冥流秘剣・流天てんめいりゅうひけん・るてん》


「ーーーなっ!」


姫乃の口から驚愕の声ーーー梓の振るった刀は闇の刃を見事に両断したのだ。


"流天"ーーー天冥流の最奥の一つ。


"流天"は集中力を高め、刀を絶妙なタイミングで振るう事で物質だけでなく、火や水、雷といったものですら断ち斬る技だ。


そして、それは姫乃の霊力も例外ではない。


「っ・・・!」


(滅霊斬をこうも容易く・・・!!けど・・・!)


姫乃は自身の必殺の一撃を無効化された事に驚きつつも即座に左手ーーー人差し指を梓に向ける。


滅霊斬の直後で全身は動かず、大技で霊力を消費して続けて大技は出せないが指一本、少量の霊力ならばーーー


《闇煌星やみきらぼし》


「!!」


少量の霊力を集中させた一条の光線が人差し指から発射される。


いくら梓といえどもあの霊力の塊を叩き斬った後だ。


これならば流石に通じると考えての最後の一撃だ。


(当たった・・・!!)


姫乃はその光景を、闇の光が梓を見事に撃ち抜く瞬間を目に焼き付けーーー


「・・・えっ」


姫乃の口から思わず声が漏れる。


それもそのはず、光線は確かに梓を撃ち抜いたが梓の姿が消えてしまったからだ。


さしもの霊力の光線が直撃しようとそんな事は起きない。


姫乃は辺りを確認する為、首を動かそうとしてーーー


「あ、あぁ・・・」


姫乃から弱々しい声が漏れる。


目の前に、鋭利な白銀の刃。


その先にはその柄を掴んだ長い黒髪をはためかせた梓の姿。


その瞳は美しく蒼く輝いている。


《白道びゃくどう》


梓は光線が直撃する瞬間、マナで強化された身体で絶妙なタイミングでそれを回避した。


タイミングとあまりの速度により、姫乃の目にはくっきりと梓の残像が焼き付いてしまい、その隙に梓が奇襲をしかけたのだ


これぞ、天冥流の白道の強化があってこその回避術ーーー


《天冥流・虚流してんめいりゅう・うつろながし


「勝負、あったな」


「・・・はい。参りました」


梓の言葉に姫乃は笑みを浮かべる。


自分と同じ武器に殆ど同じ戦闘方法で完敗と認めざるを得ない結果だが、どこか清々しい気分だ。


「いい動きだった。充分だ」


梓も武器を消滅させて笑みを浮かべ、そしてーーー


パチパチパチパチ・・・・


退魔師達から拍手が送られる。


「見事だ。姫乃・・・これからよろしく頼むよ」


「はい。こちらこそよろしくお願いします、梓さん」


二人は微笑み合うと握手をした。


こうして、姫乃は元の世界・アナザーワールドに帰るまでの間、黒川家の退魔師として働く事となったのだったーーー

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