奪われた聖剣と王子

司忍

第1話 奪われた聖剣と王子

はるか昔、まだ鳥たちの交わす言葉のわかる人々がいたころのこと。アルボール王国という、とても平和で美しい国があった。土地は緑にあふれ、晴れた日にはみずみずしい草木が宝石のようにきらりと光りと輝き、まるで、永遠に時の止まった楽園のようだ。


アルボール王国の平和と繁栄はいつまでも続くものと、誰もが疑わなかった。王や魔術師マンルスの尽力に加え、この国には[アルボール]と呼ばれる聖剣があったからだ。この剣は、何千年もの昔に白きドラゴンが息を吹きかけて鍛えたといわれる伝説の剣だった。


しかし、周辺の国々は決して平和というわけではなかった。ここ数年のうちに急激に力をつけはじめた暗闇の王ヌルが、世界中からことごとく光を消し去ろうと人々を脅かしていたのだ。


ヌルは、伸ばした自らの手の先さえ見えぬ闇の中で、歯ぎしりをしながら機をうかがっていた。いったいどうすれば、あの憎きアルボールの力を奪い、王国を征服することができるだろう。


王がいくら優れた王であろうと、アルボールなくしてこのヌルにはかなうまい。


そんな邪悪なたくらみなど知らぬ王のもとに、うれしい報が届いた。王妃との間に、男の子が誕生したのである。王子は[ハノ]と名付けられた。やがて聖剣アルボールを握って国を守ってゆく王子の誕生は、長らく跡継ぎに恵まれなかった王国の人々にとって、このうえない歓びであった。


その夜、城の中を人知れず動きまわるひとつの大きな影があった。

ヌルにとって、王子の誕生は、まさに好都合だった。


ヌルは、ハノ王子と王妃の眠る部屋の前に立つと、しばらくの間、部屋の中の者が目を覚まさない魔法をかけた。そして誰も起きていないのを確かめると、そっとドアを開けた。部屋の中には、開け放たれた窓からにぎやかな宴の音が漏れ聞こえてくる。[光ある最後の夜をせいぜい祝うがいい]


王子、そして聖剣。王国の未来が、今、自分の手の中にある。

[誰か、王子を見てまいれ!]


不吉なものを感じた王はすぐさま側近に命じると、自分も王子の元へと急いだ。だがすでにどこを探しても王子の姿はなかった。


王はどうと床に倒れ込んで、こぶしを握りしめた。


王妃は、自分がそばにいながらハノ王子を連れ去られたショックと、出産の疲れから病に臥してしまった。


数年の月日が流れ、王妃はついに亡くなってしまった。あの日の病が治ることはなく、失意のうちに息を引き取ったのだ。


さらに年月が流れ、王子がさらわれてから二十年ほども経ったころには、あれほど美しかった王国は見る影もなく変わり果てていた。


ある日、王はもう自分の命がそう長くはないことを悟った。


彼はベッドの上で深いため息をつくと大臣を呼んだ。 今こそ、強い光と心を持った後継者を選ばなくてはならない。人々の愛情と信頼を集める王の存在なくしては、この国は必ずや、ヌルの力の前に屈してしまうだろう。 そうなれば、王国と世界は闇の底へとどこまでも沈んでしまうことになる・・・・・・・。

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