第54話 丘頭桃子警部の捜査(その18)

 丘頭警部は数名の捜査員を連れて舛上コーポレーション株式会社の社長室を訪れ、椋に逮捕状を示して罪状を告げ同行を求める。椋はのそりと立ち上がり丘頭警部を睨みながら捜査員に肩を押され社長室を後にした。すれ違う社員らは呆然と立ち尽くし、通り過ぎてからひそひそ声が丘頭警部にまで聞こえる。

 

 署の取調室で丘頭警部は被疑者としての椋と対面した。

「お母さんから、あなたを説得した結果あなたが自首すると言った、と聞いたので待っていたのですが来なかった。どうしてです?」

「私は、母に自首するなんて言ってませんよ。母の勘違いですよ」

「ほ~、では、お訊きします。あなたは実父である舛上海陽さんを殺害しましたか?」

「いえ、私にはあなた方も認めたアリバイがあるじゃないですか?」

椋はあくまで白を切る気のようだ。その方が椋らしいとふと思う。

「そうですか、では、一つずつ証拠と証言を示して行きます」

椋は無言で頷く。

「あなたが、7キロの炭酸ガスボンベ2本を買った事を示します」

田川刑事が、受領書と会社の資料を並べる。

「これをみて下さい。会社であなたが手書きした書類の字と空き家の玄関先でガス取扱業者が今言ったガスボンベを顧客に渡した時の受領サインです。この二つを筆跡鑑定した結果同一人のものと断定されました」

椋はじっと聞いていたが「誰かがまねたんじゃないの?」なんてとぼける。

「横浜のタクシー運転手が、午後10時5分から26分間あなたを乗せて向島のスナック蘭の前から舛上宅の通用口までの往復走ったと証言し、運転日誌にも記録があるのよ。それにあなたがアリバイに利用したスナックの常連客があんたが店を一旦抜けたと証言した。どう、何かいう事ないかしら?」

「世の中似てるやつ居るからなぁ」

女々しい奴と心の中で思うが、顔では、参ったなぁ、と言う。これも、被疑者を落とす手法のひとつだ。

「あなた、朝7時に家を出てゴルフ場についたのが8時半、真っすぐ行くと30分で着くのよねぇ。どう考えても40分から50分くらい何処かへ行ってたとしか思えないのよ。どこ行きました?」

「私は、真っすぐ行った。途中寄ったとしたら記憶は無いけどさ、コーヒーを買いに店に寄ったくらいだ。あとは何処へも寄ってない」

椋はもうすべてばれてるのにまだ認めない。ここまで来ると滑稽だ。

次に丘頭警部は複数枚の写真を机に並べた。

「椋さん、その時間であなたが犯行に使ったボンベやチューブや器具を北区の山井田産業(株)の廃工場に捨てたことが証明されたの。

この写真を見て下さい。

このボンベの底剥げてるでしょう。で、こっちのあなたの部屋にあったゴルフバッグの底の写真にほらボンベと同じグレイっぽい色が付いてるでしょう。これを鑑識が調べたら同一の塗料だったのよ。

そしてこの写真、ホースの先の方に擦り傷があるでしょう。で、椋さん、換気口の羽の写真を見て、傷が見えるでしょう、これも鑑識が調べたら完全に一致したのよ」

写真をペアで示しながら説明した。

「さらに、これはその廃工場近くの監視カメラの写真、あなたの車の車番が読めるしあなたの顔も見えてるわよ」

椋は無言で写真を手に取って見比べ、そして元に戻す。

すべての説明を終えた。

「椋さん、ゴルフバッグ以外にはあなたの指紋は付いていなかったけど、あなたがいくら否定しても裁判所は認めるわよ。そしたらあなたの罪は重くなるの。観念してお父さんを殺害したのは自分だと認めなさい!」

椋を机を挟んだままじっと正視し続けていると、椋が顔を上げ視線を丘頭警部に合わせてくる。暫くの間激しく視線をぶつけあったまま無言の時が刻まれる。

それから、椋は視線を窓外に向けてゆっくり話し出す。

「私は、親父のいう通りに会社の運営をやってきた。15歳で高屋敷の両親を亡くし天涯孤独になってしまった、と思ったら氷見が来て私を救ってくれた。私は感謝していたんだ。ましてや舛上家なんていう裕福な家の子供だったなんて夢みたいだった。だから、親父のいう事は何でも聞いてきたんだ。

 けどさ、私にとって高屋敷の父さんや母さんは12年もの間育ててくれた親なんだ。大好きな親なんだ。私は高屋敷の家の養子になって本当に良かったって思って感謝していたんだ。血がどうのこうのって関係ない。紅羽母さんもそう言ってた。綱紀を15年もそれこそ命を懸けて育てたって、だから愛情は勿論、濃くて太くて強い絆があるんだって。私もそう思う、綱紀を追い出すべきじゃなかったし、私を将来の社長候補として周りに認めさせれば良かったんだ、それだけの事だ。二人を殺すなんてバカげてる。だから復讐したんだ」

やっと椋が認めた。課長に即報告させる。

「そう、では、殺害計画を立てたところから順に細かく話してくれるかしら?」

椋は頷いて、一つ一つ思い出すように話を始める。

「私が高屋敷の両親が殺されたと知ったのは、親父を殺す3年前向島に飲食ビルを建てる計画中の時だった。親父に相談があって書斎のドアをノックしようとしたら、中から親父と秘書の氷見の話し声が聞こえてきたんだ。親父が氷見に『あれから15年も過ぎたお前の罪も時効だな』と言って笑ったんだ。氷見も『はい、あんなに上手くいくとは思っていませんでした。万一の時には自分がすべての罪を認める覚悟でおりました』とかって返したんだ。初めは何のことか理解できなかったんだが、親父の『それで上手い事椋を取戻せた。お前には苦労かけたな』という言葉ですべてを理解し、身体が震え、直ぐ部屋に戻って酒をがぶ飲みしたが全然酔わないんだ。朝まで浴びてた。その後、時間が経てば経つほど悔しさが、怒りが、憎しみが私の身体を支配し殺害の1年前になって復讐を決意した。炭酸ガスを使うことにしたのは、病死と診られる可能性があったし、銃や刃物で直接襲うのは氷見らがいるから無理だと思ったんだ。それに炭酸ガスが比較的容易に手に入るようだったので決めたんだ。あとは1か月前位にネットで発注して空き家で受け取り、事件の前夜飲みに出る前に二階のトイレにボンベを2本並べて、チューブを地面までたらしそれを脚立を使って書斎のトイレの換気口に押し込んで準備は完了さ。そして午後7時40分頃車で出かけたんだ。そして見ず知らずの若いあんちゃんに金をやって、午後10時までには帰って来いと言って横浜までタクシーで行かせ、そこで横浜のタクシーを拾って戻るように言ったんだ。その後スナック蘭で飲んで時間を見計らってママを無理やり買い物に行かせ、直後に私も出て道端で待っていた。タクシーが着いたのは午後10時少し前くらいで、私がそのタクシーに乗ってカメラのない道を案内して家に向い、午後10時10分くらいに着いてタクシーを待たせてたまま、部屋に戻ってに栓を開けて出具合を確認してまたタクシーでスナックに戻ったのさ。その時に帰って来るママの姿が遠くに見えていたからぎりぎりだった。

しかし、横浜のタクシーを見つけられるとは思わなかった、警察は大したもんだ。

あとは、朝4時過ぎに家に帰って、チューブを抜いてゴルフバックに隠し7時まで起きていて、部屋からカートを引いて車に乗せ、事前に調べていた北区の廃工場にボンベを捨ててから練習場に向かったのさ……私も情けない人間の一人ってわけだ。ふふふ」椋は自嘲する。

「警部、完全犯罪なんてできないもんだな」

「椋さん、世の中を甘く見ちゃいけないってことよ。あなたでしょう、今吉俊平さんにボンベ買えと言ったの?」

「ふふふ、今さら、それは何かの罪になるのか?」

「捜査を攪乱しようとしてやったんだろうけど、ちょっとおそまつね」

「いや、あれで実験したのさ、時間計算のな」

「あ~そういう事、充分な事前準備をしてたってことね」

 

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