第48話 岡引一心酒を飲む

 一心は丘頭警部から佐音綱紀が自首したと聞いて、犯人を割り出せなかったショックからやたらと酒が飲みたくなって夕方から向島をうろついていた。居酒屋やスナックをはしごして偶々4軒目に入ったのが事件の前日22時前後の椋のアリバイを証言したママの店だった。全身から力が抜け思考が空中をふわふわ漂う感じで理由があってその店にした訳じゃなかった。

もう事件は犯人の自首と言う形で終わってしまったのだ。

 焼酎をロックで飲んでいると、事件が解決したことを知らないのか、一心の顔を見てママがまた証言を訊きに来たと早とちりしたようで自らの証言を繰り返し一心に向かって喋り続ける。

 もう終わったとママに言おうと思った時、偶々カウンターの隅の席で飲んでいた常連らしい客が「ママ! あの事件あった時30分くらい買い物に出たしょ」と言い出した。

「そしてその後を追うようにしてその男も店を出て行ったんだよ。そして、ママが戻る直前に帰ってきたんだ」

一心は、酒が一気に身体から蒸発してゆくのが分かった。

それを聞いたママも買い物のことを思い出したようだ。

「そうだった、椋くんに煙草をカートンで買ってきてと頼まれたのよ。一つ二つなら有ったんだけど、どうしてもカートンで欲しいって、我儘な坊ちゃんだと思ったけどお得意さんだから椋くんに留守頼んで私買いに行ったのさ、そうよ出かけたんだわ。確か30分位して戻ったら椋くん飲んでたからずっといたんだと思い込んでたのねぇ。でも、洋平ちゃん、それ本当に間違いないわよねぇ?」

「あ~、次の日テレビで事件を扱ってたし、ここにも何回も警察とか探偵とか来てたから殺人事件あったんだって思ってたから、でもさ、まさかここにいた兄ちゃんの重要なアリバイだなんて思わないから、聞き流してたんだけどさ、一応言っといたほうが良いかなって思ってたら、偶々今日探偵さんがいたから言ってみたんだ。探偵さん、俺の証言役にたった?」

「え~、これまで何人もの刑事や我々が確認していたアリバイが一気に崩れ、犯人が浮かんできたんですから。あの、名刺頂けませんか、それと警察で証言して貰えますよね」

一心はすっかり興奮して早口で喋りまくった。相手は梶川洋平という建築技師でこのスナックには週一回はくるらしい。深夜だが即刻丘頭警部に電話を入れた。

 丘頭警部は納得のできない自首だが、非の打ち所がない、自分の不甲斐無さを悔い、信じられない気持を何とか理性で折り合いをつけようと、飲めない酒を飲んで自宅で悩み頭を抱えていたようだった。

電話に出た警部はいきなり「なによ、一心! どうせ私は警部失格、綱紀が犯人だなんてまだ納得いかない。そんな私をバカにする電話か?」こっちが喋る前から絡んでくる。

「警部、確りしてくれ! 椋のアリバイが崩れたんだ。直ぐこのスナックへ来てくれ! 名前は……蘭だ、椋がアリバイを主張した店だ!」

返事もなく電話がガチャと切られた。来るのか来ないのか、梶川さんにはもう少し待ってと言って飲んでいたビールを一杯ご馳走する。

そのビールに口をつける前にドアが開いて丘頭警部が入ってきた。

「おー一心! その方?」

一心が頷くと警部は梶川さんの隣に座り名刺を出して、もう一度事件の夜のことを話してくれとお願いする。

 

 30分後、梶川氏とママの証言を聞いた警部は、飲んだアルコールを何処かへ吹き飛ばしてしまったようだ。獲物を狙う野獣のように瞳を爛々と輝かせて二人の話に納得したようで、一人何かを呟き何度も頷いている。

 

 

 翌日、数馬から、横浜のタクシーの運転手がそのスナックのすぐ傍から舛上邸までの往復、若い男を乗せたと話し、その日の運転日誌にも記録が残っている、と連絡が入る。

「横浜で若い男に向島まで行ってくれと言われ、着いて清算をしている時、ちょっと待っててと言って客が降りて、数分もしないうちに別の男が乗ってきて浅草のその家まで往復頼むと言われた。自分は道が良く分からないというと、細かく次は右、次は左といった具合に指示されその通りに走った。細い道ばかり走った気がする」その運転手はそう証言した。

そして数馬が複数人の顔写真を並べて運転手に見せると、運転手はその中から椋を指さし「間違いないこの人だ」と断定したと言う。

一心は即、その運転手の名前と連絡先を警部に伝える。

 

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