第31話 丘頭桃子警部の捜査(その8)
翌朝、出署後すぐに課長に前日の捜査結果の報告をする。課長は少し苦い顔をしたが行くなとはいわなかったので、田川刑事を連れて「愛の里」に向かった。
浅草署から高速道路を通っておよそ1時間、荒川の河川敷近くにある児童養護施設で20名ほどの子供がいるらしい。
施設長の坂本洋吾を訪ねた。
細身で白髪頭だがメガの奥の目はいつも笑っていて子供達には人気があるようだ。応接室に入るまで幼い男の子や女の子に周りを囲まれ、両の手を握って離さない女の子に足にしがみつく男の子達、キャーキャー騒いでいてなかなか放してくれそうにない。
子供達からはお爺ちゃんと呼ばれているようだ。お爺ちゃんも子供が大好きなのだろう、笑顔を崩さない。
丘頭警部の方に視線を走らせ、申しわけないとでも言うように頭を下げる。
洋子お姉ちゃんと呼ばれている女性が、施設長に纏わり付いている子供たちに何やら楽しい遊びを始めようと誘っている。
それで漸く解放された坂本施設長と名刺交換ができた。
「大変そうですねぇ」
「いやぁ、楽しくて嬉しくて、ですよ」笑顔を崩さない坂本という人の人柄が表れているようだ。
のんびりしていてはまた子供たちにお爺ちゃんを捕られしまうと思い本題に入った。
「あの~先日お邪魔した捜査員がお聞きした子供の事なんですが、33年前の4月17日の朝、施設の玄関前に捨てられていたと聞いたのですが、その時に名前や何か書かれたものは一緒に置かれていなかったんでしょうか?」
「それが何もなかったんですよ。以前にも同様のことは有ったんですが、その時にはその子の名前、誕生日、血液型のほかに捨てる事由を事細かに書いてあって、最後にこんな母親で申しわけない、でも今のままでは子供を育てるどころか死なせてしまう。身勝手だとは分かっていますが、どうかこの子を宜しくお願いします、という内容の手紙が添えられていて、封筒には涙の痕が残っていました。苦しかった母親の思いが伝わってきました」お爺ちゃんは少し寂しそうに答えた。
「そうですか、それでこちらで名前を『さとる』と付けたんですね」
「はい、苗字は私が坂本なので、それを使いました」
「どんな子供でした?」
「縁あって三歳で養子に迎えられここを出たのですが、それまでは大人しく優しい子でしたよ。男の子より女の子の方と一緒に遊ぶことが多かったような子でした」
高校生の舛上椋の写真を見せる。
「この写真に面影などは有りませんか?」
「これは高校生くらいの写真ですね……年が違いすぎるから、ちょっと分からないなぁ。目の感じなんかは似てる気もしますが……」
お爺ちゃんは頻りに首を捻っている。3歳と15歳では無理もないか、と丘頭警部も思う。
「それでその養子先のお名前をお聞きしたいのですが?」
お爺ちゃんはそこで初めて渋い顔した。
「養子先は誰にも話さないって言うのがルールでして、それを聞いてどうされるんですか?」
そう言われるとはっきりと事件に関わることだとはまだ言えないので、丘頭警部も少し困った。
「正直に言います。今の段階で何かの事件の重要な鍵になるとまでは言えません。詳しくは言えないんですが、20年ほど前二人の女性の殺人事件に二人の子供の名前が出てきたんです。その一人が舛上椋なんですが、中学校以前の消息が掴めないんです。さらに、2か月前にその子の実父が殺害されました。警察は乳児のすり替え事件、恐喝、医療事故隠しに加え、その被害者が実子だと誤認していた子供を家から追い出した事なんかに焦点を当てて捜査しているんですが、なにせあちこちで怨まれるようなことばかりをしてきた人物なんです。そんな訳でその子の周りにも被害者を怨む人のいる可能性があるんです。例えばその養父母さん、子供を取られて怨んでいるとか」
「養父母は怨んだりしてないし、その人を殺害するなんてできっこありませんよ」お爺ちゃんが渋い顔のまま断言する。
理由を尋ねると、「その養父母はすでに他界しているからです」と思いもかけぬ返事が返って来た。
「まさか事件じゃないんでしょうね」ついつい丘頭警部は尋問するような口調になってしまう。
お爺ちゃんはにこやかな顔に戻って「あれは事故だったようです。交通事故」そう言って今度は寂しそうに遠くを見ている。
「いつ頃の話ですか?」
「そう、さとるが高校に入って直ぐだったかなぁ。大喜びしたばっかりだったのに、悲しみのどん底に突き落とされて可愛そうに」
「どんな事故だったんですか?」
「養父母の車が交差点の矢印に従って右折したら、猛スピードで直進する大型トラックと正面衝突して亡くなったんです。即死だったと聞いています」
「その方はさいたま市の方ですね?」
「そうだけど、どうして?」
「いえ、それだけお聞かせ頂ければお名前は言わなくて結構です」
丘頭警部は交通事故の記録を辿れば簡単に親の名前は手に入ると踏んだ。
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