第24話 岡引一心佐音綱紀に会う
一心はその足でママから聞いた向島の舛上BLDの二階、アミューズというバーに再度足を向けた。歩いて5分程の所にある。エレベータを二階で下り目の前の重厚な感じの木製の大きなドアを押すと、ジャズの流れに甲高い女性の笑い声が響いている。ほの暗いホールには多くのボックス席が整然と並べられている。接待向けだと言うだけあってボックス間にはたっぷりとゆとりがある。入り口付近で辺りを眺めているとワイシャツに蝶ネクタイ姿のさっきのボーイが歩み寄って来た。「いらっしゃいませ」と言う彼に名刺を渡して「佐音社長に会いたい」と伝える。ボーイは一心の足元から頭の天辺までじろりと眺め値踏みをしたのだろう「少々お待ちを」と言って下がって行く。
程無くそれらしいスーツ姿の青年が現れ「社長の佐音綱紀です」と名乗って名刺をくれた。
漸く見つけた! これが佐音綱紀か、探し回った甲斐があったという思いが胸を熱くする。
「探しました。ある事件に絡んであなたの行方が気になって、それに小中学校のどこにもあなたの名前が無いので余計に気になりまして……実は警察もあなたと会いたがっているもんですから、で、ちょっと話が長くなるので明日の日中にお会いできませんか?」一心はちょっとまとまりのない話し方をしてしまったと後悔したが、それだけ見つけたことに達成感や警察より早く見つけた満足感など複雑な思いが脳内を駆け巡ったのだと自分を慰めた。
「警察が私に何でしょう? 何かの容疑ですか?」
綱紀には経営者として必ずしも自慢のできる事ばかりではないのだろう、警察などに対する警戒心があるようだ。
「いえ、違いますので安心してください」一心は敢えて微笑んで見せる。
「私は店に3時には入りますので、1時でどうでしょうか?」
綱紀は顔を強張らせ手帳を見ながらそう言った。
「はい、結構です。二軒隣にカフェがあったのでそこでいいですか?」
一心はこのビルに入る前から丘頭警部と一緒に話を訊くつもりだったし、社長の出社時刻は恐らく3、4時頃だろうと思い近くにカフェを探しながら来たのだった。
「あ~良いですよ。私の良く行く店なので」
綱紀は愛想よく了解してくれた。笑うと強面の顔が可愛く見える。
「じゃぁ、浅草署の丘頭桃子警部と俺と二人で来ます。勿論、警部は私服です」
「わかりました。じゃ、明日午後1時そこのカフェで」綱紀はそう言って軽く会釈して仕事に戻った。
時計が夜の12時半を示していたが丘頭警部に電話を入れる。何回も呼び出し音が鳴り、それから寝ぼけ声の警部がでた。
「はい、だれ?」発信先を見ないで事件だと思ったのだろう超不機嫌な声だ。
「俺だ、一心」
「こんな夜中に何?」丘頭警部の声色が変わった。夜中に電話を掛けることのない一心からなので何事があったのかと驚いたのだろう。
「佐音綱紀を見つけた」一心は自慢げに言った。
「えっ、どこで?」丘頭警部は驚いたのだろう頭の天辺から声を出した。
「向島界隈をローラーかけてその中の飲食店で情報を得て、今、会って来たばっかりだ」
「どうして、私を呼ばないのよ!」丘頭警部の怒鳴り声が耳に痛くって思わずケータイを遠ざける。
「ふふふっ、そう言うと思って明日の午後1時に向島のカフェで待ち合わせだ。俺と警部と二人だと彼にも言ってある」やはり丘頭警部は、いの一番に綱紀に会いたいと考えるはずだとの予想が当たって、思わず笑いが零れる。
「そう、ありがとう。良く見つけたねぇ警察も随分探したんだけど」
丘頭警部の声色が喜びに変わる。
「早く知らせたくって、夜分に済まなかった」
「いや、こういう電話なら何時でもいいわよ」電話の向こうで丘頭警部が笑顔になっているのがわかる。
「じゃ、明日昼過ぎに警部を迎えに行くわ」一心はそう言って電話を切った。
次の日、皆にどうだった? どうだった? と訊かれ、これから丘頭警部と一緒に会って来る、そう説明して、早めの昼食を済ませて約束通りに浅草署に丘頭警部を訪ねた。丘頭警部はまだ食事の最中で応接室でしばし待つことになった。
「お待たせ、行こうか」何故か綺麗に化粧をした丘頭警部が笑顔で迎えに来た。
「警部、どうした化粧なんかして」普段見ない姿に思わず訊いてしまう。
「あら、何よ! 私も女性ですから、化粧位するわよ」
口を尖らせいじける振りをするが所詮可愛げなんかあるはずもない。
「えっ、女性だったの警部! 俺はてっきり鬼上司かと思ってた」
署の若手の刑事らが口を揃えて言う丘頭警部の陰での呼び名をふざけて言ってみた。
丘頭警部はむっとした顔をしたまま応接室から捜査課の部屋に出たところで、「誰だ、私を鬼上司なんて言うのは!」怒鳴ると、全員がもろ手を上げて左右に振る。
「ったく、もう」ぷいと出口の方へ顔を向けずんずんと歩き出した。
一心が捜査員の方をみると全員が俺の方に向けて、腕を交差させ「×」印を作っている。
一心は笑って手を振り捜査課を後にした。
覆面パトカーで近くまで行って時計を見ると約束の5分前だ。
カフェに入り席を眺めると佐音綱紀は既にコーヒーを啜っていた。食事をした形跡が残されている。
「お待たせしました。昨日はどうも」挨拶して「こちらが話した丘頭警部です」と紹介する。
「丘頭です。お忙しい所時間をとって頂いてありがとうございます」
丘頭警部は手帳を見せ席に着く。
コーヒーを二つ頼んでから丘頭警部に質問をお先にどうぞと目顔で合図する。
「先ず、色々事情がありまして、佐音綱紀さんの本人確認のための質問をさせていただきます」
綱紀が頷いたところで、現在の年齢、住所、連絡先、母親の名前出身高校などすでに判明していることを確認していく。
「じゃ、次に誕生から現在まで、何処でどうしていたのかを教えてください」
一心も一番知りたい質問だ。素直に語ってくれるのだろうか? 綱紀は、ふ~むと考え込んだ。
母親の紅羽に同じ質問をしたが、育ち盛りの年頃、体形や顔立ちが別人のように変わることもあるでしょう、「私には同じように見えますが」と答えていたのだ。
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