第19話 岡引一心新生児を調べる

 少し間をとって丘頭警部はバッグから二組の写真を応接テーブルに並べた。

「では院長、次にこの二組の赤ん坊の写真とカルテをみて下さい」

「この赤ちゃんは何ですか?」院長はそれを手にして警部の方に目をやる。

「その写真は鳥井唯が隠し持っていた写真とカルテなんですよ。医療事故が恐喝のネタにならないとすれば、こっちが恐喝に繋がっていると思われるんですが、何か心当たりはありませんか?」

「足首に付けられたネームバンドには、舛上椋と佐音綱紀と書かれているんですね。カルテと同じ名前だ」

院長は老眼なのか写真を少し遠ざけて見ている。

「そう、同じ日に生まれた男の子なんです。退院までの間に何かトラブルとか記憶ないですか?」

院長はちょっと待っていて下さいと言って席を外した。

 20分程待たされ一心も警部もいらいらし始めた頃、院長が両手で持ちきれないほどの埃だらけの分厚いファイルを抱えて戻ってきた。

「お待たせしました。なんせカルテの日付が30年も前の物なのでこの中にあるかどうか不安なのですが、古い医療日誌を全部持ってきました。この中に、その赤ちゃんの名前が出てくるはずなんです」

院長はそう言って手にした医療日誌を捲り始めた。

「じゃ、私らもお手伝いしますね」丘頭警部がそう言って一冊手にしたので一心も続いた。

三人でパラパラと頁を捲る音をさせ無言の時間がしばらく続いた。

30分ほどして院長が「ありました」と大きな声を上げた。

丘頭警部と一心が見せて貰うと、同じ時期に七人の赤ちゃんが生まれ一人ひとりの毎日の様子が丁寧に書かれている。舛上椋は8日目で、佐音綱紀は7日目で退院したと書かれていた。

日誌上の赤ちゃんには一連のベッド番号が付されていて、その番号ごとに氏名とコメントが書かれている。

4番が舛上椋、5番が佐音綱紀となっていた。

そして担当看護師の名前をみて驚いた。

「あっ、鳥井唯が担当看護師のこともあったんだ」

一心は思わず声を上げたが、一人の赤ん坊を複数の看護師で担当するのは当然のことだった。

「院長さん、この佐音綱紀の親の情報は有りませんか?」丘頭警部が問うと「はい、有りますから持ってこさせましょう」院長はそう言って内線電話でなにやら指示をしていた。

10分程して事務員が分厚いファイルを数冊持ってくる。

「これは母体に関するカルテです。名前の順番に綴ってあるので、サ行をみれば……」

そう言って一冊のファイルを選んで頁を捲り始めた。

「ありました。佐音綱紀の母親の名前は佐音姫香さんですね。旧姓は泉川となっています」

丘頭警部と一心は思わず顔を見合わせた。

「警部! 泉川姫香って舛上家の家政婦だった人の名前だぞ?」

「そうだけど、……それよりどっかで聞いたことがある名前なんだけど、佐音姫香は多分、殺人事件の、被害者だよ! 思い出したわ、変わった名前だから間違いない! 」

「え~、また殺人事件!?」一心は頭が混乱する。

舛上椋が生まれた産院の看護師が殺害され、同時期に生まれ何故か写真に撮られたもう一人の赤ん坊の母親も殺害されたって、どういうこと?

「一心、私署に戻って佐音姫香の調書を事務所へ持って行くから待ってて」

丘頭警部は有無を言わせぬ物言いで席を立ち、院長に礼を言って一心より先に部屋を出て行った。

仕方なくその赤ん坊が入院している間の日誌などと、さっきの資料のコピーを院長に頼んでそれを持ち帰った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る