第16話 岡引一心過去の殺人事件を調査

 一心は丘頭警部から提供された被害者鳥井唯の強盗強姦殺人事件の調書や写真を食い入るように見ていた。

被害者は42歳でそれほど美人という訳でもない。身長157センチ60キロとあるから小太り丸顔で化粧っ気がなく髪はショートで白髪が混じっている。

 統計データ上強盗や強姦犯は狙った女性宅に100%と言っていいほど無施錠の窓やドアから侵入している。しかし、この事件の場合は鍵の掛かったドアをピッキングしている。さらに暴行しているのに上半身の着衣に乱れはないし、スカートや下着などに破れやほころびは無くまるで自ら脱いだようにも見える。そして室内は、すべての引き出しの中身が床にばら撒かれ、キッチンの開き扉の中のバケツや大鍋、フライパンの果てまで床にひっくり返されている、相当執着をもって金品を探したように見える。一方で、被害者の友人によれば現場からケータイとパソコンが無くなっているとの証言がある。

 警察が二人の赤ん坊の写真とカルテをネットのバックアップサーバーに発見したが、現物の写真を見つけた訳ではなかった。さらに近所の人からサングラスにスーツ姿の複数の男性が乗った黒いワゴン車を、被害者宅近くで目撃したとの情報はあったが、該当車輌を発見するには至らなかった。

調書にはそんなことが書かれていた。

 一心は、探し物は金品だけじゃなくって何らかの情報が入った媒体も探したんじゃないかと思う。暴行はその金品や媒体の在処を吐かせるためにやったんじゃないかとも思う。

「こんひとの爪に皮膚片とか糸屑とか挟まっておらんかったんかいなぁ?」一諸に写真を見ていた静が首を傾げて呟く。

「調書に何も書いてないから無かったんじゃないか?」

「せやろ、おかしいなぁ。抵抗したら何かあって当然やおまへんか?」

「んん……」一心も同じ意見だがこの時すぐには理由を思いつかなかったが、「在処を吐かせる」というところから気が付いた。

「静、犯行は一人じゃなく複数だ。被害者の手足に縛られた痕跡がなくて、静の言う通り抵抗した痕もないことを考えると、両手両足を共犯者が押さえつけていたんだ。そうしたら証拠写真のような状態が発生するだろう」

「なるほどな、あんはん流石どすなぁ。でな、もう一つ疑問なんやけど、被害者の彼氏はどないしたんやろ?」

静がキッチンの写真を見ていてどきりとさせる指摘をする。一心の感じていなかった指摘だったのでもう一度調書を見直したが彼氏の話は一言も書いてない。

「彼氏なんていなかったんじゃないか?」

そう言うと静が笑って写真を指さす。

「そないなあほなことあらしまへんえ。だって、お鍋の大きさに冷蔵庫の写真を見とくれやす」

「確かに、一人用にしては大き過ぎる鍋、冷蔵庫の中は野菜や何やらで一杯だが……」

「あら、きぃつかへんのどすか? 例えば、キャベツがひと玉おますやろ」

「おう、入ってる」

「女ひとりにキャベツひと玉はいらしまへん。半玉でも多いくらいや。それにビールに焼酎の大びん、解剖所見にアルコールは検出されておまへんやろ。それほどの飲んべぇではないと思いますわ」

「なるほど、確かに一人暮らしの女にしては食材やアルコールの量が多過ぎるな」

「へぇ、コップやグラスも二個ずつ置いてますなぁ。食器棚の食器の数も多過ぎどす」

「わかった。警部に訊いてみる」なかなか男には気付かない指摘だと思ったが、丘頭警部も見ているはず、一応女性なんだが……。

「けど、今回の事件に関係おますのんかいな?」

「わからん、けど、わからんから調べる」

取り敢えず丘頭警部に静の指摘を伝える。

「調書に何にも書いてないから、いないと思うわよ」あっさりと言い切られてしまった。そこを調べ直す気は無いようだ。

 

 翌日、調書に記載のある人物全員に、被害者の男関係について静や子供らに電話をかけさせ現住所を確認したうえで聞き取りさせた。

しかし、結局何の情報も得られずに終わった。

それで、調書には記載されていなかったが、首になった算部産婦人科の元看護師に事情を聞くことにした。「20年以上前の事なので記憶は曖昧だ」と言いながらその看護師は、鳥井唯がホストクラブにはまっていた時期があったと言う。結構貢いだが金が続かなくなって止めたようだよと話し、そのクラブの名前ははっきりしないが「パビリオン」とか「パブリック」とかそんな名前を聞いたことがあると教えてくれた。

 

 一心はその日の夜から数日かけて数十件の飲食店を歩き回って、やっと「ビューイック」という今はないホストクラブの元ホストの坪井茂という男が経営しているというスナックに辿り着いた。

 「唯は看護師を始めて間も無い、そう23くらいで両親が他界し結構な額の遺産が入って、それで寂しさを紛らわすためにホスト遊びを始めたと言ってたな」坪井はにやにやしながら続ける。「誰でも良いから遊んで欲しかったみたいでよ、自分も小遣いをくれるのでクラブの閉店後飯を食いに行ったりホテルに行ったりしたし、開店前に彼女の家に呼ばれてご馳走になったこともあったなぁ。そんでよ、寝物語で『私は大きな金ずるを掴んでいるから、遺産を使い果たしたらそこから大金を巻き上げるんだ』みたいなことを言ってたぜ」

 店に来なくなって数週間後病院を首になって殺害されたとニュースで知って驚いたと話すが、坪井の所へ警察が来たことは無かったようだ。

「坪井さん、鳥井さんがいう金ずるってどういうことか聞いてます?」

「いやぁ、細かい話は聞いても笑うだけで何も言わなかった。ただ、勤務先で掴んだ誰かの弱みらしいことは感じたなぁ」

「弱み? ……ってことはその相手を脅迫するってことですよね」

「じゃないか」

「もう少し何か思い出せないかなぁ?」

「自分は、唯の話を信じちゃいなかったから、話半分に聞いていただけだからよ。これ以上は無理」

そう言って坪井は口を閉ざしてしまった。

 仕方なくグラスのハイボールを一気に空けてまた寄らせてもらうと言って店を出た。

金ずるは恐らく二枚の写真に関りがあるんだろうが、しかし、隠し子でもないのに何故赤ん坊の写真が金ずるなのか分からない。

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