第3話 岡引一心現場をイメージする
早速、一心は浅草署に丘頭警部を尋ねる。同署には幾度となく捜査協力をしている関係でほどんどの警官は顔見知りだ。
すれ違う度に片手を上げて「おはよう」と挨拶すると、相手も「おはようございます」と返してくれるほど仲良くやってる。
丘頭警部は捜査課の一番奥の自席でパソコンを睨みつけていた。浅草署の主と言っても過言じゃない。彼女の成績は、一心の手伝いもあってかなり優秀だ。
「警部!おはよう」
声を掛けると苦虫を潰したような顔が一瞬で笑顔に変わる。
「どうした? 久しぶりねぇ」
応接室を指差しながら丘頭警部が立ち上がる。
一心はそばに居る刑事らに愛想良く声を掛けながらそこへ向かう。
「変死事件の調査依頼受けちゃってさぁ」
そう言っただけで丘頭警部には用件はわかったようだ。
「田川くん、舛上海陽の変死事件の調書持って来て」
まだ入署3年目とか言っていた新米刑事が勢いよく返事をして、作りかけの調書から現場の写真と状況を書いた資料をコピーしてくれたので、受け取ってから少しの間それに目を通す。
まだ確定ではないが亡くなった主人を被害者と呼べば、被害者はグレイの半袖ポロシャツにベージュのスラックスを穿きベルトもチャックもした状態で蓋の閉じた便座を抱え込むように倒れている。
トイレのドアはきちんと閉じられ内側から鍵を掛けたままだったようで、名前を呼んでドアを叩いても返事をしないので不審に思いドアを鉞で破って鍵を開けたと書かれている。
「警部、これを読むとトイレに入ってからドアを閉め鍵を掛ける数秒間は生きていたってことだな。それから目眩でもして倒れ事切れたって感じかな?」
「用足しが終わってからかもしれないでしょ?」丘頭警部が不思議そうな顔をする。
「いや、警部は女だから分からないかもしれないが、それなら体の向きが逆だ。用が終わって身なりを整えてトイレから出ようとしている時に目眩がしたらドアノブを掴んで外へ出ようとするはずだ。だから、調書を読む限り高濃度のCO2がトイレの中に充満していたという事になるな」
「なるほど、鑑識からの一般的な毒性として示されたのは、濃度が30%程度だと8回から12回呼吸すると意識を失い、濃度が60%を超えると数回の呼吸で意識を失うという某大学の研究報告なのよ。今回は狭いトイレの中だしドアの下には隙間はないのよ。被害者の身長が170センチほどだから15キロのガスボンベ1本でも殺害は可能だし、2本使ったら2、3回呼吸しただけで意識を失う事になるわね」
「それに、CO2は空気より重いから下に滞留するんだろう。倒れて顔が床に近いと濃度も高い」
「そうね、どうやらトイレに入って間もなく倒れたと言うのが正しそうだわね」
「ところで、当日の天候とか現場周辺の人通りとかは?」
「え~っと、夕方から霧雨が濃く降っていて見通しは悪かったようねぇ。奥さんや秘書の証言によれば風があって庭の木々のザワザワする音が室内にまで聞こえていたようよ。コートが欲しくなるくらいひんやりした夜だった。それに、舛上宅の辺りは元々午後8時を過ぎると人通りは殆どないところみたい。でも、息子が出かけていた飲食店街は週末とあって多くの人々の往来があった、と息子さんや飲み屋街で働く人達も言ってたわ」
「ふ~ん、そうか、そうしたら外部から侵入したとしても物音で気付かれる心配は少なそうだな」
「そうなの、道路に車が停まっていても人通りは少ないし、雨で見通し悪かったから気付かれづらいわね」
「後は現場を見て何かないか確認が必要だな」
一心は頭の中に殺害現場の全体像が見えてきたのでそれを現場で確認したくなった。
「そう、これから案内してあげてもいいわよ?」
「そう願いたいね」
一心が立ち上がると、丘頭警部は田川刑事を手招きしてパトカーを玄関に回すよう命じた。
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