55 守深架エピローグ②・訪れる事がない夜明の先を目指して

――――あれから……羽代はねしろ守深架すみかと僕・伏世ふくせゆうが罪を犯してから、もう二年の時が流れていた。


 守深架と一緒にいたい……そう言い出した僕に盾上たてがみ芽茱萸めぐみさんが出した妥協案。


 それは『執行猶予』だった。


 人を殺した者は死刑か、無期懲役もしくは5年以上の懲役に処する――法律ではそう定められている。

 懲役3年以下の刑の場合、執行猶予の制度を適用する事が可能になる、とも。


 そして、コモン・センシズは『表』の世界の法を適用する。


 守深架の罪は重い。

 本来ならば死刑、無期懲役は免れないものだ。

 だけど……能力への考察、環境や状況による情状酌量を考慮し、3年以下の懲役にまで減刑する事で、執行猶予を付ける事が可能となるのである。


 ――それは、許される事なのだろうか。芽茱萸さんに迷惑を懸けたりしないだろうか。


 当時不安から思わず呟いた言葉を、芽茱萸さんはあっさり否定してくれた。


『普通の裁判でも弁護士がいて、減刑の為に様々な手段を尽くすでしょ?

 それと変わらない事じゃない。

 っていうか、訊いて来た君がそういう事言わないの。

 ま、私の心配してくれたのは嬉しいけどね』


 結果から言えば――芽茱萸さんの言葉通りとなった。

 守深架の『裁判』は弁護士さんの尽力もあり、執行猶予が適用されたのだ。

 

 でも。


『ただね……コモン・センシズの進行猶予は――』


 その後に、僕達に待ち受けていた現実は―――――。




「……もう、2年か」


 着替えながら呟いてみる。

 片腕が無いのには大分慣れてきていたけど、片目である事にはまだ慣れない。

 なんせ無くなって、まだ一ヶ月だし。

 立体を把握しづらくなっているから、置いていた上着を掴み損ねてしまう。


「っと……」


 三度目でようやく拾い上げ、そのジャケットを着込む。


「何か言ったー?」

「ん。別に、っと……じゃ、ちょっと出掛けて来る」

「うん、気をつけてね。最後の日なんだし」

「はいはい」


 手には黒い傘を持って。

 ポケットには玩具の銃を入れて――僕は街へと繰り出した。


 ようやく慣れ始めた……そして、今日旅立つ事になっている、今の僕達の街に。




 それなりの期間を経て、裁判を終えた僕達は僕達の街へと帰る事ができた。


 でも、それは――ほんの短い間だった。


 ……街には、何処からか噂が流れていた。

 僕達が通り抜けた梅雨の『ある程度の真実』が。


 その事で、守深架の家族は……かなり辛い目を見た。

 家族への暴行などはなかったが、嫌がらせが毎日のように続いた。


 その噂は、カルネアデスの板が流したものらしいと芽茱萸さん経由で知った。


 それは僕達をこの街から追いやる事を目的としていた事も。

 そうすれば、僕達を狙い易くなる……ただそれだけの理由だった事も。


 それは逆に言えば、守深架が街を出れば全てが収まるという事でもあった。

 彼らの標的は、あくまで第四世代だったから。


 そうして、守深架は街を出る事を決意した。

 僕が彼女と共に行く事を決意したのは……言うまでもないだろう。


 その決意を揺るがないものとする為に、街を出る前に僕達は結婚した。

 式を挙げることも無く、ただ書類を出すだけの結婚。


 それでも、それだけが、ただそれだけの繋がりが……僕達の心を守り、強くした。


 を生き抜く為の力を、僕達に与えてくれた。


 何故戦わなくてはならないのか――それは『表』の世界の法を適用するコモン・センシズの、基本的ではない部分ゆえだった。


 コモン・センシズにおける執行猶予。

 それは対象者が第四世代であるがゆえに通常のものとは異なる。


 執行猶予中はコモン・センシズからの監視が付く――それはカルネアデスの板を抑えるための配慮だけど……それはあくまで表向きの理由でしかない。


 コモン・センシズに収容され、裁かれ、解放された後の第四世代を、カルネアデスの板は基本的に狙わない。

 いろいろあって、組織間でそういう契約を交わしているから、という事は既に聞いていた。


 ただ、執行猶予中の第四世代はその対象外で狙ってもいい事になっているというのだ。

 それはあくまで公式ではなく裏のルールで、本来は許されない事なのだが、黙認されているのが現状だった。


 コモン・センシズに監視される人間……カルネアデスの板にとって優先度の高い標的――人殺しの第四世代を目立たせる事で、結果的、かつ意図的にカルネアデスの板の標的とする。


 そうする事で、カルネアデスの板の目を『そちら』に向けて、コモン・センシズの本来の活動をスムーズにする為のシステム……それが『執行猶予』なのだ。


 そんなシステムになっている事を――二年前のあの日、僕達は芽茱萸さんから聞いていた。


『それがコモン・センシズの執行猶予システムよ。

 これはコモン・センシズがただの馴れ合い集団だと判断されない為にカルネアデスの板から提案されたらしいわ。

 この他にも、コモン・センシズは時として通常の刑と同じでありながら違う……そんな【ルール】を幾つか定めている。

 そうする事で、カルネアデスの板との摩擦を最小限にし、より多くの第四世代を助けるための……そんな看板を掲げるだけの嫌なシステムよ。

 それがシステムであるとしても、そこに”人殺しの第四世代”がいる以上、カルネアデスの板は確実にその対象を追うでしょうね。

 そして……執行猶予を適用された人間は、その期間中、命を狙われ続け、追われ続ける――

 本来は適用されないほど重い罪でも、ある程度条件が合えば執行猶予が適用されるのも、そこに理由があるのよ。

 はっきり言って、コモン・センシズに裁かれる意味が無いわ。

 拘束され続けるほうが余程マシ』


 芽茱萸さんは、不機嫌そうな顔を隠さなかった。


 それはそうだろう。

 コモン・センシズに赴く事は守深架の罪を裁くだけではなく、守る為でもあるのに、その一つの意味が失われてしまうのだから。


『コモン・センシズ全体は、必要よ。

 でも、こういうのはいけ好かない。

 ……こんなシステムに乗る必要はないと、私は思う』


 でも。

 僕達は――守深架は、その道を選んだ。


 その時はどういう状況になるのか本当の意味で理解出来ていなかったから、というのもある。

 ただ甘く見ていた……それも否めない。


 でも『ただ一緒にいられるから』選んだわけじゃない。


 より苦しい道。

 執行猶予がそういう生き方だと知ったからこそ、守深架自身が選択したのだ。


『拘束よりも、その方が辛いのなら……私は、それを選ばないといけない……そう思うんです』


 それは――偽らざる、守深架の本当の気持ちだった。

 僕と一緒にいたいと願っている事も、含めた。


 そうして、僕達の旅が始まった。


 カルネアデスの板を警戒しながら、その日その日を生きていく毎日。


 生活についてはコモン・センシズからの僅かな援助はもらっていたが、とてもじゃないが足りなかった。

 足りない以上、働かなければならない。


 何かの資格も、何の後ろ盾も、何も持たない『子供』だった僕達は、苦しい毎日を強いられた。

 ただ働き口を探す為にかなりの時間を要し、ようやく見つけた働き口でさえ状況が悪くなれば辞めなければならなくなった。

 旅の中でどうにか見出した僕達でも住める街を諦めて、新たな職と住居を探さねばならなかった。


 そんな生活は、僕達をボロボロにしていった。


 守深架は毎日のように悪夢を見ていた。

 判を押したような、同じ悪夢を、ずっと。


 それに慣れようとしない――自分の罪をずっと忘れない真面目さと弱さを持っていたから、守深架はずっと苦しんだ。

 そして、僕もそんな彼女にシンクロして同じ夢を見続けた。


 そうして生きながらカルネアデスの板を殺す事がないように迎撃するのは、困難、いや至難を極めた。


 僕達の能力が戦闘に向いていたのは不幸中の幸いだった。

 コモン・センシズによると、現状においてそういう能力者はどちらかと言えば少ないらしい。


 とはいえ、いかに能力が戦闘に向いていても、精神的にも肉体的にも最悪な状況ではできる事などたかが知れていた。


 僕も守深架も怪我を負わない月はなかった。

 この間に至っては、相手を留意するあまり、僕は片目を失う羽目になった。


 ……だけど、こんな毎日も所詮は仮初の刑罰に過ぎない。

 第四世代の存在が表側の世界で明らかになった時、同じ罰を改めて受ける事だって有り得るのだ。


 だから、それが仮初にならないように、コモン・センシズはいろいろと動いているらしい。


 いつか、全てが明らかになった時。


 罪を犯した者も、そうでない者も。

 全ての第四世代が、穏やかに迎え入れられるようなシステムを、世界に構築する為に。




「――――そんなの、ただの夢だな」


 、僕達は追い立てられて今日この街を出る事になっている――諦めの溜息を零しながら、僕はただ歩みを進めていった。


 最終的にはどこに続いているのかさえ分からない、そんな道を。

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