32 休日とかつてあった事と彼女の理由
「はい。"真夜中の紅茶"だったよね」
「うん。ありがとう」
差し出したジュースを
商店街のすぐ近くの公民館のグラウンド。
その隅に置かれたベンチに僕らは並んで座っていた。
昼飯はすでにファーストフード店で済ませているので、今は食事後の一服と言った所だ。
「………………私、やっと休日を楽しめてる」
紅茶を一口飲んで、切那さんはそんな言葉を洩らした。
「うぅ、今の今までは退屈だったって事でしょうか?
思わず額に一筋の汗が流れる。
……僕ってば無能ですか? 自分だけ楽しいつもりの、男として駄目駄目野郎ですか?
そうして戦々恐々とする僕に対し切那さんは、ううん、と首を横に振った。
「そういうことじゃなくて。
………本当は、この街に来たのは、お休みだったから。
今、やっとそれらしくなったかなって、思ったものだから」
「お休み?」
鸚鵡返しに問う僕に、今度は首を縦に振って答えた。
「この間少し話したけど……私は、ある組織に所属しているの。
"カルネアデスの板"と自らを名乗るそれは、第三世代が存続し続けることができるように第四世代を滅ぼす事を目的としている。
私は、生まれた時からそこにいた。
殆ど一人で戦う術を磨いてたわ」
「……家族、は、いなかったの?」
今までの切那さんとの会話で簡単に予測できる事を僕は呟いた。
そんな馬鹿な自分を内心罵倒するが、切那さんは不快そうな顔一つせず、答えてくれた。
「幼いころ、育ててくれた人はいた。
でも、家族と言えるかは分からない。
……もう、あまり思い出せないし」
「……」
「私は”カルネアデスの板”で生まれ、そこで育ち、そこでしか生きていけなかった。
仕事として第四世代を殺す事で、いろんなものを与えられた。
何より、生きていく事を許された。
そんな日々にも、隙間がある。
その隙間……お休みを使って、私は学校に行っているの。
今、この街にいるのも、ふーくん達の学園に通っているのも、本当はただ休暇だったから。
でも、事件が起きたから、一番近くにいた私に仕事が来た……そういうことなの」
「………どうして………学校に行こうとするの?」
ただ『戦う』だけなら、学校は色々な意味で枷になるはずだ。
それなのに何故切那さんは学校に行くのだろうか。
そんな疑問の中身まで理解してくれたのか、切那さんは殆ど間を空けず答えてくれた。
「理由の一つには……繰り返させない為、っていうのがあるかもしれない」
「何を?」
「少し昔の話。
休暇とは関係なく、第四世代の起こした事件を解決する一環で学校に行かなければならなくなった事があってね。
その学校で、私に興味を持った女の子がいたの。
その子は、休み時間になると私によく話し掛けていた。
遠ざける理由もなかったから、私はなんとなくその子と話していたの……」
「友達、だったの?」
「……うん。
多分、その時の私は……そう思ってた。
だから、私は仕事の合間を縫って、その子とよく話してた。遊ぶ事も少しあった。
そうしていると、女の子の友達だった男の子もいつしか私達の時間に混ざる様になった。
自分だけ仲間はずれなのは嫌だって、大袈裟に騒いで。
だから女の子はしょうがないねって、笑って――私達三人は……他愛ない時間を過ごしていった。
でも、そんな時間がしばらく続いたある日――――女の子があっけなく死んだ」
「――! 事件を起こした第四世代のせいで……?」
「ううん。その第四世代は――私が殺した。
でも、彼が起こした事件、そして鏡界の影響は、大きかった。
その影響を受けて覚醒した、別の第四世代の暴走に巻き込まれて――彼女は死んだの。
その第四世代というのが……私達のクラスメート…ううん、私と殺された子の友達……一緒の時間を過ごしてた男の子だった」
「……っ……」
息が、詰まる。
その状況は、少し似ていないだろうか――今の僕達の状況に。
僕も、事件を起こしたあの白い男の鏡界に影響を受けて、第四世代に覚醒したのだから。
僕は暴走したりなんかしない。そのつもりはない。
だけど、かつて友達が暴走するのを直視した切那さんが、僕を殺そうと思ったのも、それなら……頷きたくなんかないけど……。
「その、男の子は……?」
「彼は――特別な力の熱に浮かされていた。
自分こそがヒーローなんだと、悪党を倒すんだと、小さな迷惑行為を行った人々に『説得』を行っていった。
最初は懲らしめるだけだったのが……殺して回る行為に代わっていくのに、そう時間はかかからなかった。
そして、それを止めようとした女の子を……弾みで殺して――歯止めが効かなくなった。
だから、私が彼を殺した。
そうしなければ、もっと多くの人が死んでいたから」
淡々と、当然の事だと言わんばかりの口調で告げ、切那さんは立ち上がる。
ス……と音も無く立ち上がった切那さんは、ただ遠くを眺めていた。
僕は、切那さんの方を向きたい衝動を抑えて、同じ方向を――彼女が向く方向を見据えた。
ただ、なんとなく、そうしなければならないような気がした。
「学校は――良くも悪くも『子供』が集まる場所。
そこで第四世代が暴走すれば――覚醒と暴走が連鎖する可能性が極めて高い。
そういう事を、他の誰かに繰り返させたくない……。
それが私が学校に行く理由の一つだけど……多分、それだけじゃない」
「え?」
「そもそも自分から学校に行くようになった理由は……私にも、少し分からない。
最初は……多分なんとなくだった。
同じ年齢の人間が行く所なら私が行ったっていいんじゃないかな、ぐらいだった。
そうして繰り返している内に、私にとって休暇みたいなものだからじゃないかなって、思うようになってた」
「……」
「でも……ふーくんに出会ってからの数日間、ふーくんと話して、ふーくんと同じ時間を過ごして、どうしてなのか……ほんの少しだけ、分かったような気がする。
昔の私には分からなかった事が、今になって、ようやく」
緩やかな風が吹いた。
それが切那さんの長い髪と長いスカートを微かに揺らす気配を感じる。
「……私、そろそろ行かないと」
涼やかな風が、言葉に出来ない……幽かに澱みめいた空気を払ったのを切っ掛けにしてか、ポツリと切那さんが呟いた。
「うん」
「それじゃ、また明日」
「また、明日」
僕はその別れの挨拶を彼女の顔を見て告げる事ができなかった。
彼女が眺めていた先を見据え続けたまま、ただ言葉にする事で精一杯だった――。
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