6 イケメンと殺人事件とそれぞれの考え
そうして
少し離れた所から、アパートを眺めている見知らぬ男性に僕・
(……なんだろ。見覚えがあるような無いような……)
そう思いながらも足を進め、その人の横を通り過ぎる……と、そこで。
「そこの君」
その男性に呼び止められた僕は、踏み出しかけた足を止めて、ゆっくりと振り返った。
「え? 僕ですか?」
「ああ、そうだ。と、君は……今朝ぶつかった」
「……あ」
そこで、僕は気付い……いや、思い出した。
見知らぬ人ではなかった。その男の人は、僕らのガッコの教育実習生さん。
今朝、衝突してしまった事を含めて、その事を思い出した。
「あの……今朝は、すみませんでした」
「朝も謝ったのに真面目だね。
気にしないでいいよ。お互い様だったしね」
思わず謝った僕に、彼は穏やかに笑みを返した。
くぅぅっ、イケメンぶりも相まって眩しく見えるなぁ。
さておき。
彼の言葉、姿からは今朝に感じた頼りなげな様子はあまりない。
生徒に慣れたという事なのか、学校の外だからなのか……その辺りは見当もつかないが。
「それより君は……さっきの女生徒とクラスメートなのかな?」
「ええ、一応クラスメートですけど……」
咄嗟に答えると同時に、疑問が涌く。
何故そんな事を聞くのだろうか?
そもそも、何故アパートを眺めていたのだろうか?
その疑念は、そのまま視線に変わっていたらしく、青年は苦笑した。
「断わっておくが、不埒な事は考えていないよ。
女生徒……君と一緒にいた女の子が、この辺りを行ったり来たりでふら付いているのを見かけてね。
普通なら、こんな事はしないけど……どうにも挙動不審に思えたから、一応立場上、様子を見届けるべきかと思ってね。
知っての通り、最近は物騒だから」
「はあ。
えと、こんな事は言いたくないんですけど……怪しまれますよ?」
「君が今感じているようにかな?」
「う。その……はい」
嘘を吐いても仕方がないので、正直な所を口にする。
「その、すみません」
「いいさ。そう思うのも当然だろう。
でも、私が怪しまれるくらいで生徒の安全が確保できるなら、安いものじゃないかな?」
「……です、ね」
もっともな言葉だ。
そして、僕としてはそういう考え方には賛同できるし、したい。
ただ、それでも……目の前の青年への疑いは拭い去れない。
何故なのかは分からないのだが、微かな不安感が胸にあった。
(――って、何を考えてるんだ僕は)
よく知りもしない人に勝手な疑惑を持つ、そんな狭量かもしれない思考の自分に嫌気が差す。
いや、知りもしないからこそ疑念を抱くんだろうけど……
それはともかく。
この人の立場から考えれば、言葉や行動に不自然さはそこまで感じられない。
教育実習生としてはお節介過ぎる……という考えもなくはないが、そこまで疑ってしまうのは、先生という、生徒に意識を向ける職業に就こうとしているこの人に失礼かもしれない。
……そう結論つけた事で、どうにか胸の不安感は薄らいでいった。
「どうやら、信じてくれたようだね」
僕の表情から察したのか、彼はそんな事を言いつつ笑みを浮かべた。
爽やかな笑顔がまるでドラマか何かから出てきたかのようなイケメン具合である。
ぐぐ、外見に左右されたくないけど正直羨ましいです。
「まあ、私もそんな事を言えた義理じゃないんだけどね」
そんな整った顔に苦笑いを乗せて彼は言った。
「え?」
「遠目から見ていた私としては、さっきの彼女の容姿その他から考えて、君が強引に付き纏ってるんじゃないかと思ったりしてたんだけど」
「……」
目の前の人に疑惑を掛けてしまった以上、失礼な、とは言えない。言えるはずもない。
それに、切那さんの、めちゃ綺麗な容姿を考えると……説得力はかなりある。
というか付き纏いというのは否定できないかも、というか実質そうじゃないカナーと思います。
目の前の人位イケメンだったら、そうは思われないんだろうなぁ。
美男美女の彼氏彼女だって事でむしろ憧れられたり見惚れられたり――ぐぐ、自分で考えておきながらなんだけど、心が痛むっ
「どうしたの、なんだかすごい顔をしてるけど」
「いえいえ、なんでもありません、ええ――はははは」
なんというか、色んな意味で乾いた笑いしか出なかった。
人を呪わば穴二つ。
人を疑えば、自分も疑われてたりする事もあるのだ。
うんまぁ、これもいい勉強になったという事で。
「まあしかし、君達の会話していた様子から察するにそういうわけじゃなさそうだったね。
君が彼女をどう思ってるかは、別として」
「ぐぅ」
当然軽くからかわれるように笑われても何も言えませんでした。
ぐぐぐ、致し方なし。
「なにはともあれ、お互い疑いは晴れた、というところかな」
その事実を確認する為か、彼はやや大仰にそう呟いた。
そして、そうである以上、この場にいる理由は無い。
……そう思ったのは、目の前の人も僕も同じだったようだ。
「彼女も無事に家に帰ったようだし。
私はこれで失礼するよ」
そう言って、彼は半身と片足を僕の立つ場所と反対方向に向けた。
どうやら、彼の行先と僕の家路は反対方向らしい。
「……僕も、失礼させていただきます」
「そうか。――ふむ」
そう答えた彼は、軽く周囲に視線を向けた後に「仕方ないか」と小さく呟いた。
もしかして、僕を家まで送ろうとさえ考えてくれたのだろうか。
帰る方向が反対じゃなければ、そうしてくれたのかもしれない。
今も微かにあった疑念と不安が罪悪感に変わっていくのを僕は感じていた。
「じゃあ……気をつけて帰るようにね」
「はい。貴方も気をつけてくださいね」
罪悪感三分の一、礼儀三分の一、純粋な心配三分の一で告げる。
「ああ、ありがとう。それじゃあ」
そうして、僕達は互いに背を向けて、それぞれの行先へと歩き出した。
――去り際もかっこいいなぁイケメンは。
情けない所ばかり切那さんに見せているような気がしてならない僕としては正直ただただ羨ましかった。
「ただいまー」
いつもの癖で鍵を開けて中に入った――そこで、今日は兄さんが家にいる事を思い出した。
うーん。無駄な労力だ。
そこに兄さんが通りかかった。
”お帰り”などとは滅多に言わない兄貴はただ黙って頷いた。
それが兄さんにとっての”お帰り”という言葉となる。
その兄さんはという、手に皿を持っていた。
皿の中身は綺麗なおかず――だが、兄さんは料理を殆どしない。
という事は。
「今日は惣菜?」
「……ああ、そうだ」
兄さんは僕の問に頷くと、それを居間に運んでいった。
冷凍食品かどうかの二択だったが、なんとなく総菜っぽかったので言ってみたら大正解でした。
兄さんは料理らしい料理をした事がない。
少なくとも、僕は見た事がなかった。
精々朝のおにぎりや目玉焼きや玉子焼き、後は前日の料理の温めなおしぐらい。
弁当か惣菜、もしくは冷凍食品で間に合わせるのが、我が兄の夕食なのだ。
いつものことなので、嘆く事もなければ呆れる事もない。
選んでくる惣菜の種類がワンパターンなのも、この際我慢しておこう。
「……うーむ。もう少し食生活には刺激が欲しい」
なんとなく唸った僕は、自室で着替え、即座に居間へと足を向けた。
夕飯を食べながら見る配信番組。
いつもなら毎週馴染みのバラエティを見ているのだが、今日地上波放送分がスポーツ中継で潰れてしまったのでおやすみである。
なので普段はあまり見ない番組を見た。
「ぬ……」
「まさか、奥さんが犯人だったとは……」
実際に起こった事件を紹介する番組だが、これがまたエグかった。
身内が犯人は嫌だよね、うん。
他に紹介されたのも親友だったり、恋人だったりで業が深い。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだと思う。
世の中はそういう事で溢れてるから油断ならないし、面白い。
いや、実際に自分の身に起こったら面白いなんて言ってられないけれど。
今日の番組で紹介された被害者の人達に、僕は内心で謝罪する。
そうして兄さんと一緒に見嵌ってしまったので、飯を食べた後も結局その番組の前の分、さらにその前も見てしまい結構な時間が経過した。
「今日は特に宿題なくてよかったよ」
風呂に入った後、すぐさま布団に潜り込みながらそんな事を呟いた。
明日の準備はすでに終わっている。
あ、歯磨き忘れた。
「…………………ま、いいか」
一日くらいは若さでカバーしよう。
まぁ若さは関係ないんだけど――いや、多少はあるのかな?
そんな事を思考しながら、僕は眠りに落ちていった。
「……………世界滅亡っ!?」
がばっ!と身を起こしてみる。
キョトキョトと辺りを見回してみるが、何の異常も……って何の事だ。
……妙な夢を見ていたらしい。
わけのわからない寝言で目を覚ますとは……嫌な朝だ。
とはいえ、そのおかげでしっかりと目は覚めた。
時間もばっちりである。
……この場合感謝するのは、自分の馬鹿な思考回路にだろうか。
そんな複雑な気分で制服に着替えた後は、いつもどおり眠たげな兄さんと食事しながら新聞を読む。
「またか……」
テレビ欄の裏面に書かれた記事に、この近所でまた殺人事件が起こった事が詳細に書かれていた。
一体何を考えてこんな事を行うのかは知らない。
だが、どんな真実が隠されていたとしても、不愉快なのは変わらない。
それでも、僕にできるのは殺された人の冥福を祈る事、そして、早く犯人が捕まるように願う事しかない。歯痒い限りだが。
不愉快な気持ちを抱えたまま、僕は家を出た。
「おはよう、ふーくん」
何とも言えない気持ちのまま歩いていくと、学校の近くで
だが、どうにもテンションが上がらない。
折角切那さんに朝から会えたというのに、だ。
「おはよ」
「……元気、ない?」
「そういうわけじゃないけど」
自分の不機嫌さを押し付けるわけにはいかない。
フウ、と息を吐いて、それを不愉快さの最後にする事にした。
「いや、嫌なニュースばっかりで、それについつられて」
「そう」
「簡単に人同士が争ったり殺したりしてさ。
……こんな事言うと子供だと思われるのかもしれないけど、なんだかなって思って」
息を吐いたのはあまり効力が無く、結局愚痴みたいになってしまった。
事件の事もそうだが、自分の頭の悪さにもうんざりしてしまう。
……でも、そうなってしまったのは、何もそれらだけが原因じゃない。
切那さんの前に立つと、常に何かを話そうとしている自分がいる。
それが必死だから、つい本音に近い感情やら焦りやら考えが出てしまうのだろう。
昨日の一件がいい例だ。
切那さんが無口気味だからその”間”に耐えられなくて……というのが、つい必死になってしまう理由として大きい。
あくまで僕に間を埋めるトーク力がないのが悪いので悲しい。
……あと、理由はもう一つあるような気はするのだが、多分それは勘違いだ。
それはさておき。
僕がそういうものを嫌うのには、それなり、とは言えないまでもそこそこの理由がある。
僕には現在遠方で療養中の幼馴染がいる。
ソイツは身体が弱く、いつ『いなくなっても』おかしくないと言われていた。
にもかかわらず、アイツは卑屈にならなかった。
むしろ真逆に、明るく、楽しく、朗らかに、生きていた。
その生き方に周囲の人達さえも巻き込んで。
アイツの事を考えると、人を殺すとか、人と争うとか、あまり考えたくなくなる。
全ての人間とまでいかなくても、それなりの数の人とそれなりに楽しく生きていけると思いたいし、思える。
だからこそ、ああいうニュースを見るとつい苛立ってしまう。
まぁ、幼馴染云々は『今』には関係無いので、切那さんに話すつもりはないが。
「……そう、思っちゃうんだ」
だから、その辺は呑みこんだ上で、前の言葉を繰り返すように、あるいは強調するようにそう呟くに留めた。
切那さんは、そんな僕を少し眺めてから言った。
「子供かどうかは関係ないと思うわ。
生きているものが死に怯えたり、興味を抱いたり、死ぬ事に憤りを覚えたりするのは……当たり前の事じゃないかしら」
「そっか……うん、切那さんにそう言ってもらえると……」
「でも。
ふーくんには悪いけど……私は人同士が争う事は当たり前だと思う」
「……え?」
切那さんの言葉に、ドクンッ、と胸の内が揺れる。
昨日『夢の話』に同意してくれた時の顔で、彼女は呟きを続けた。
「基本的に人間は争うようにしか出来ていない」
何故そんな事を、言うのだろう?
よりにもよって、その顔で。
僕は、ただニュースの話をしていただけなのに。
いや、そんなニュースの話をしていたのだから、不思議でも何でもない。
だけど――。
そうして僕が戸惑う間も、切那さんは言葉を紡いでいった。
何処か強張った――僅かに怒りを感じさせる表情で。
「人は自分と同じモノを好むものは受け入れ、少しでも違うモノには嫌悪感を抱くように出来ている。
そして、自分を受け入れない存在を否定し、嫌な現実を否定する為に争い……最悪の場合、相手を、人を殺すの」
「……」
いつにない強く、吐き捨てるかのような切那さんの口調に僕は圧倒された。
そうして何も言えずにいる僕の戸惑う表情を見て、切那さんは微かに顔を曇らせた。
「……ごめんなさい。これは、あくまで私の考えだから。
ふーくんは……気にしないで」
「………」
僕はその言葉に何も言えず、ただ頷く事しかできなかった。
それを切那さんが見てくれていたのかも知ろうともせず。
極端と言えば極端かもしれないけど、切那さんの言う事は正しい。
……でも、それに完全な同意はしたくない。
戸惑いとそんな思いがあって、僕は一度頷く事しかできなかった。
その後の僕達は、なんとなく無言になった。
沈黙は嫌だったけど、気まずさが先に立って、僕は何も言えなかった。
そして、そのまま僕らは学校に、教室に辿り着き、それぞれの席に着いた。
言葉を交わさないそのままで――。
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