過去編
第12話 猫と説得
かなり昔から、俺の中にはもう一人の俺が居た。いつから居たのかはわからない。昔から、というのも”俺”から聞いた。
そいつの存在と自分の能力に気付かされたのは中学校一年生の時だ。ある夏の帰り道、俺は木の上でうずくまって鳴いているキジトラの子猫を見つけた。きっと登ったまま降りれなくなったのだろう。かなり高いところまで登っているが、放っておけない。謎の正義感で俺は木に登り猫を助けることにした。
「今行くから、待ってろよ…」
「ミャー」
時間をかけて上へ上へと登り、猫の直ぐ側まで到達した。だが後少し…というところで事件は起きた。猫が俺に向かって飛び込んできたのだ。
「ミャー!」
「おい、危な…」
思わず両手で猫を抱きとめてしまい、そのまま俺は落下した。地面に落ちていく光景がすごくスローモーションに見える。その時。
「落下速度を遅くするんだ。きっとできるはず。自分を信じろ。」
いきなり脳内に声が響いた。何を言っているんだ、と思うだろう。だが俺は信じた。出来る気がしたのだ。今になってもどうしてこの時謎の声を信じたのかわからない。
「なっ…」
地面の数メートル上で俺は急激にスピードを落とし、ゆっくりと地面に足をつけた。自分でもわけがわからなかったが、とにかく猫は無事だったから、俺は猫を地面に下ろす。だがその猫は俺の足に顔を擦り付け離れようとしない。一応確認するが、首輪はついていなかった。
「お前…野良猫なのか?」
「ミャー?」
自分の身に起きた事がわからず、思考がグチャグチャだったのもこの猫を見ているとどうでも良くなってくる。だから俺は考えることをやめた。この猫を連れて帰ろう。そう決めた俺は猫を抱っこして何事もなかったかのように家へと向かうのだった。
***
「つまり、木に登って降りられなくなった子猫を助けて、結果懐かれたと。随分危ないことをしたのね。」
「うん…。母さんが動物を飼いたくないのは知ってる。別れるときの辛さを何度も味わってるからでしょ?…それでも、俺はこの子を飼いたいんだ。」
「ミャ!」
家についた俺は玄関で母と話していた。母は動物好きだが、別れる時の辛さを何度も何度も味わっているため、進んで動物を飼おうとすることはない。そのため渋ってはいるものの、なんだかんだ今猫を抱いているのは母だ。
「助けたのは自分だし責任も…ってことね。わかった。私は許可を出す。…けど、お父さんに聞きなさい。自分の力で説得できたら飼っていいわよ。…可愛いわねこの子。」
「…わかった。」
「ミャウ。」
一瞬見えた希望が暗闇に塗りつぶされた気がした。父さんは特殊な育ちだから、家の誰より命の重さを理解している。どう説得しようかな…。そう考えながら俺は猫を母から受け取り、二階の自分の部屋に向かう。可愛いなこいつ。とりあえず玲に連絡するか。
『なぁ聞いてくれよ。』
『どうしたの?』
『さっき帰り道で子猫助けたら懐かれてさ。飼うために父さん説得しなきゃいけない…』
『マジか!ファイトw』
『頑張るわ…』
少し考えたが、あの声と自分の身に起きた不思議な出来事は話さないことにした。
玲は俺と同じくアニメ・小説大好きで、話したら信じてくれそうだが流石に非現実的すぎる。何か確証を得られるまでは黙っておこう。
「おかえり〜」
下から母の声が聞こえた。父さんが帰ってきたみたいだ。さてと、説得方法なんも考えてねぇ…そう思いながら俺は子猫を抱きかかえ一階へ向かうのだった。
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