ある日山の中ヒグマさんに出会った♪

無月弟(無月蒼)

第1話

 これは山登りが好きな一人の男の、最後の登山記録。


 男は食品メーカーで働く、ごく普通の社会人。

 この日は連休を利用して仲間達と一緒に、北海道の山に来ていた。


 メンバーは男を入れて四人。

 日帰りで終わる登山ではない。夜はテントを張ってキャンプして、数日掛けて目的地を目指す、本格的な登山だった。

 男は今までいくつも山を登ってきたが、北海道の山は初めて。絶対に成功させようと皆意気込んでいたのだが。


 最初は、穏やかに進んでいた。道に迷うことなく歩いて、景色を楽しんだ。

 そうして夕方になった頃、男達は歩くのをやめてキャンプをすることにした。

 まだ日は出ていたけど、暗くなってから準備をしていたのでは遅い。

 リーダーの指示の元男達はテントを張って、その後近くの川まで水を汲みに行くことにした。


 しかしこの時、全員で川に行ってしまったのは、間違いだったのかもしれない。

 せめて誰かが一人くらい、留守番させておくべきだったのかも。


 水を汲んで、テントへと戻る男達。しかしそこでは、予想外の出来事が起きていた。

 男達の張ったテントの入り口で、黒い大きな何かが動いていたのだ


「おい、何かいるぞ」

「もしかして、熊じゃないか!?」


 一人が叫んで、直後慌てたように自らの口を抑える。

 声を上げて、気づかれてはいけない。他の皆もそれにならってぐっと黙り、急いで近くの茂みの中に隠れた。


 幸い、向こうはこちらに気づいていない様子。

 隠れながら、男達はテントに目をやる。

 間違いない。やっぱり熊だ。


 それは3メートルはあると思われる、巨大なヒグマ。


 北海道にヒグマが生息してるのはもちろん知ってたが、目の当たりにした彼らは震え上がった。


 もしもこちらに気づいたら、襲われるかもしれない。男達は息を殺しながらヒグマの様子を伺う。

 そうしている間にも、ヒグマは容赦なくテントの中を荒らしていく。


(クソ、最悪だ。テントの中には、食料だってあるのに)


 せっかく張ったテントを、持ってきた荷物を荒らされるのを、黙って見ることしかできなかった。


 そうしてしばらくすると、ヒグマは満足したのか、テントを離れて何処かへ行ってしまった。

 

(もう大丈夫だよな。いきなり戻ってきたりしないよな?)


 男達は茂みから出ると、恐る恐るテントへと近づいて行く。

 しかしそこは、酷い有り様だった。


「うわっ、荷物がぐちゃぐちゃだ」

「酷でえ、食料も食われてる」


 幸い、食べられた食料は僅かだったが、量の問題ではない。

 自分達の持ち物を熊に我が物顔で荒らされた事に憤りを感じ、そして同時に怖くもあった。


 もしもヒグマが戻ってきたら。自分達がここにいては、襲われるのではないか。そんな不安が、胸の奥から沸き上がってくる。

 すると、リーダーの男が言う。


「……ここから離れよう」


 一様に頷く。きっと皆同じことを思っていたのだろう。

 言われなくても、こんな恐ろしい場所にいられるか。


「急いでテントを畳むぞ。荷物をまとめて離れるんだ。どこか別の場所でキャンプしよう」

「すぐに下山しなくて大丈夫か?」

「仕方ないだろう。もう暗くなってきたし、夜の山を歩くのは危険だ。今夜はキャンプして、明日朝一で下山しよう。あんなのがうろついていたんじゃ叶わねー」


 先に進むのではなく下山。

 山を制覇すると意気込んでやってきた男は、少なからず落胆があった。

 しかしヒグマがうろついているなら、無理に強行するわけにはいかない。

 残念だが、今回の登山は失敗。渋々荷物を片付ける。


「荷物は全部持ったな。暗くならないうちに急ぐぞ」


 リーダーの指示に従い、皆でその場を離れる。

 しかし彼らは、まだ気づいてはいなかった。この時自分達が、大変なミスを犯していたことに。


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