デッサン人形

Chan茶菓

prologue

 ざあざあと、雨が降っている。

 顔を叩く雨粒を気にすることなく、女はゴミ捨て場の鳥よけネットを持ち上げた。手にした大きなゴミ袋を投げ捨て――、がしゃんと、ただのゴミにしては硬質な音が響く。

 雨が降る。放り出された黒いビニール袋の表面に、雨粒が伝う。軽快な音を立てて水を弾くそれに、女は背を向けて歩き出した。

 水を吸ったスニーカーがべしゃべしゃと、足元で不快な呻きを上げる。顔を流れる水滴が目に入る。薄いトレーナー一枚着ただけの肩を、雨が際限なく冷やしていく。

 やがて女は、二階建てのアパートに辿り着いた。階段をのぼり、鍵を開けた扉の脇には『山岡亮子』の文字。

 部屋の中は薄暗い。窓という窓がすべて段ボールで封鎖され、日の光は一切入らない。女は電気もつけないまま、壁際に備えられた作業机に座った。

 手に取るのは、随分と簡単な作りのデッサン人形。しかし木製の顔には手が加えられ、人の輪郭が浮かび上がっている。

 かさついた唇にうっすらと笑みが浮かんだ。

 

「……ふ、ふふ」

 

 小さな笑い声を零しながら、女はペンチを手に取った。

 デッサン人形の首をペンチで挟み、ぐ、と力を込める。

 ぐ、ぐ、ぐぐ、がき、ばちん。

 誰かの頭が、机の上に転がった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る