第七章

一話【狂った声】

『ここは何処なんだ… まだ体が動かない。主人よ… 私はここだ、早く…』


目は開いているが動けないスワロが、椅子からも立てず、薄暗い部屋を見る事しか出来ずにいた。


『おのれキッドめ… 首輪のせいで何も出来ん! なのにあの娘の命令に体が勝手に……』


そこに女が2人、部屋に入ってくる。


「女神様、お召替えを」


『やめろ、触れるな!』


声に出す事も出来ず、されるがまま服を着替えるスワロ。


まるで人形の様だった。


するとドアをノックする音が返事も待たずに開けられる。


「ほぉ、これが魔女様か」


醜く太った年配の男がニヤニヤと嫌らしい目でスワロを見てくる。


「教皇様、まだお召し変え中です! 今しばらく外でお待ち下さい!」


「フン、女中風情が生意気な事を」


するとまた遅れてもうひとり現れた男に、スワロの意識が大きく揺れる。


『おのれキッド!』


「教皇よ、部屋を出るんだ。女神に指一本触れたら、ただじゃおかんぞ!」


「生意気な! 貴様の様な男が教皇であるワシに楯突くとは。魔女を連れて来たからといい気になりおって……」


「[ロンシール様]に報告されてもいいのか?」


「くっ、覚えておれよ!」


歯を食いしばり悔しそうな表情で部屋を出る教皇と呼ばれる男。


キッドはスワロを見ない様に背を向けたまま、


「[ネネル]、[キシル]、女神様を頼む」


っと、部屋を出て行く。


『覚えておれ、キッド!』


怒りに苦しむスワロだが、命令がなければ指一本動かすことも出来ない。


2人の女中に着替えさせられ、髪を梳かされるスワロ。


「女神様の髪、綺麗……」


「何を使ってらっしゃったのかしら? 良い香りもするわ」


うっとりとした表情で、スワロの黒髪を梳かす2人の女中は、銀髪のダークエルフだった。


シルエットが透ける白いドレスを着せられたスワロは、2人に手を引かれ、抵抗も出来ず無表情のまま何処かに連れて行かれる。


『なぜ魔力を練る事も出来ぬのだ……』


蝋燭の火が照らす石造の廊下を進んでいくと、祭壇だろう部屋の大きな椅子の後ろに出る。


『何をさせる気なのだ! クソ、動け!』


松明が壁にかけられた洞窟だろう広い部屋には、大勢の気配を感じる。


その部屋に反響する声が……


「再びこの世に顕現なされた女神様を、皆その目に焼き付け、首を垂れるのだ!」


『違う! 私は女神でも魔女でもない!』


「さぁ、女神様。皆にお姿を」


大きな椅子の後ろから言われるがまま、前に手を引かれ、前に出るスワロ。


薄暗い洞窟の中には数十人の人影が、涙を浮かべ縋る様な目をスワロに向け、震えながら頭を下げ片膝を突く。


「「「「 おおぉぉ女神よ…… 」」」」


「さぁ女神様、こちらの椅子に」


表情無く従い、椅子に座るスワロ。


すると祭壇の上、椅子に座るスワロの周りに、ゾロゾロと人が並び始める。


派手な衣装の教皇とキッド。


大柄なフードを目深に被る男に、長い銀髪が光るダークエルフの女。


椅子の肘掛けに置かれたスワロの手を、左右から両手をそっと添え床に膝を突く女中の2人。


すると教皇と呼ばれていた男が、一歩前に出て両手を広げ、涙を流す。


「息子達よ! 娘達よ! そして兄弟達よ! 我々迫害を受けて来た者達の前に、夢にまで見た御伽噺の中から、語り継がれた伝説の中から、今! 我々の前に女神様が顕形された! 希望を捨てず生きて来た者達よ、迫害を受けもなお戦って来た者達よ、もう直ぐ終わりを迎える戦いが始まるのだ!」


「「 おぉ女神様! 」」


「「 あぁ魔女様! 」」


「だが、女神様を召喚した勇者との繋がりがある限り、女神様のお力はまだ目覚めておらん! 我々にとって救いの神である女神様を縛り付ける勇者を、このまま許す訳には行かぬ! 勇者だ。勇者の首を捧げるのだ!」


「「「「「 おおおおおぉ! 」」」」」


『こいつらは何を言っておるのだ! やめろ! 主人に手を出すな! 主人は皆を救う為に来たのだぞ!』


洞窟内にこだまする狂った声に、スワロは何も出来ない自分を呪った……







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