二話【マナー】

なぜか夕飯の仕込みの最中のはずの女将の旦那に、部屋に案内され休む惣一郎。


ブラギノールさんは隣の部屋である。


狭い部屋にベッドが置かれ、窓際の植木鉢が唯一の装飾品だった。


惣一郎はその植木鉢の植物だけをアイテムボックスに収納すると、残った鉢に種を置く。


小さな植木鉢でも問題なく村への入口となる木が生える。


その小さな緑に触れると惣一郎は村におり、ミネアが出迎える。


「おかえりなさい惣一郎様」


「ただいま。すぐに戻るんだけどね!」


「そうなんですか?」


「さっき話した人と宿に泊まることになってね。夕食も向こうで食べるよ。部屋に鉢植えがあってさぁ、ユグポンに繋がるか試しただけなんだ」


「そうでしたか……」


中庭ではまだ戦闘訓練が行われており、肩で息をするタイガとジャニーを、しれっとした顔のベンゾウが見下ろしていた。


「ご主人様! もう用事済んだの?」


「いやまだ。ちょっとのぞいただけで、すぐに戻るよ」


「えぇ〜」


不満そうなベンゾウの頭に手を置く惣一郎。


「旦那、ハアハア。訓練にならんぞ!」


だろうね……


「ドラミは?」


「わかんない」


「そう言えば朝から見ませんね」


「ドラミの方が訓練になるんじゃないか?」


「ベンゾウ、ちゃんとやってるよ!」


ちゃんとするから、ついて行けないんです……


「呼んで来ますか?」


「いや、後で行き合ったら頼んでおいてくれ。ゴゴ達から連絡は?」


「いえ、まだです。暗くなる前に戻るとは言ってましたが」


「無事なら良いんだ。それと大陸を渡るのに船が出てないらしいんだ。何か手を考えないと」


「船ですか……」


ミネアが考え始めると、籠一杯に獲れた野菜を持ってジル達が畑から帰ってくる。


「旦那様、お帰りは夜かと!」


「うん、一旦戻っただけ」


すると考え込むミネアに気がつくジル。


「どうしたの? ミネア」


「いえ、大陸を渡る船がないらしくて」


「誰も行かないものねぇ」


ジルまで一緒に考え始める……


「まぁ、近くまで行けば何か別の手があるかも知れん。邪魔してごめんよ」


「いえ、お役に立てずに…… 夕食は採れたての野菜たっぷりのシチューですよ!」


「すまん、道中知り合った人と宿に泊まることになってね、一緒に食事する約束なんだ」


「知り合った? 大丈夫なのですか?」


「ああ、首に傷も無いし、薬を売って旅をしてる人なんだ」


「あら、まさかブラギノールさん?」


「えっ、知ってるのジル!」


「はい、以前は村にもよく来てました。あちこち旅してる薬屋は珍しいですからね。ブラギノールさんなら大丈夫でしょう」


「ブラギノールさんなら私も子供の頃に助けて貰った記憶が……」


ジルの後ろのインドも知っているようだった。


まさかの有名人……


「彼ならあちこち旅して回ってるので、何か情報をお持ちかも知れませんよ」


なるほど…… 相談してみるか?


「わかった、ありがとう。じゃ一旦戻るよ。また夜には帰る」


「はい、お気をつけて」


ベンゾウ、降りろ……


背中によじ登るベンゾウを下ろすと、惣一郎はまた宿へと戻って行く。




玄関を出るとまた狭い部屋だった。


しかし便利な種だ……


植木鉢でも使えるとは、アイテムボックスにも一つ、用意しておこう。


ベッドにクリーンをかけると時間まで横になり、ネットで鉢と鉢植え用の土を購入する惣一郎。


部屋の外からは美味そうな匂いが漂い始める。





コンコン。


「惣一郎さん、食事の準備が出来たそうですよ」


「はい、今行きます」


一階の食堂に降りると、宿に泊まってた人達が数人、狭い食堂ですでに夕食を食べていた。


テーブルに座ると女将が忙しそうに料理を運んでくるが、話しかける暇も隙も無く、戻って行く。


照れちゃって可愛い♡


「さぁ食べましょう! どれも美味しいですよ」


そう言うとブラギノールさんが食べ始める。


クチャクチャと……


実に残念だ。


良い人なのだが、クチャラーだったとは……


料理は確かに美味いのだが、ブラギノールさんの口から漏れるクチャクチャという音に、美味さも半減していた。


気にしだすと味なんて分からん!


クチャクチャと、ニコニコ笑顔のブラギノールさんを目の前に、惣一郎は静かに料理を口に運ぶ。


鳥肌を立てながら……






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