冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋

第1話 冤罪が晴れた日

【最低っ!】

【こんなことなら、産むんじゃなかったっ……!】

【お前なんか息子じゃない!】


 次の瞬間、僕は勢いよく体を起こす。


 これだ。ここのところ、悪夢を見ない日は少ない。 パジャマは冷や汗をかいたせいで、少し湿っている。


 休日の早朝。机の上に置いてあるデジタル時計は5時20分という数字を映し出している。


 カーテンを開くと、暖かい日差しが入ってくる。あんな目覚めをしたせいか、もう一度寝る気にはなれない。


 取り敢えず、顔を洗うため部屋を出る。その途中、廊下で姉である茜姉さんと鉢合わせる。


 長い黒髪にキリッとした目に、スラッとした体型。昔、幼い僕の面倒をよく見てくれたいい姉だと記憶している。

 ……が、今では家で一番僕を嫌っているであろう人だ。


「おはよう」


 一応挨拶をしたものの、いつも通り無視をされ露骨に嫌そうな顔で睨んでくる。


 どれもこれも身に覚えのない冤罪のせいだ。

姉さんの向けてくる敵意も、鬱陶しい悪夢も。何もかも。


 この状況が続いてから半年が経とうとしている。未だ解決のきざしは一向に見える気配がない。

 下手したら一生それを背負うことさえあり得る、そう思っていた。


 だが、転機は訪れた。




 突然、珍しく両親に呼び出され玄関へと足を運ぶと、僕は言葉を失う。


 そこには、僕に冤罪をかけた張本人である生徒会長の高山真司たかやま しんじ。そして、その両親が頭を深々と下げている姿があったのだ。


「「この度は申し訳ありませんでしたっ!」」


 唖然と立ち尽くす僕をよそに、彼らは改めて頭を下げる。


 そして、高山の震える口から僕の冤罪に関する事実が淡々と明けられた。


 事の発端となる、僕の学生鞄から出てきた同級生である女子の体操着。

 それは高山が事前に仕込んだ自作自演だったということ。


 他にも被害にあった生徒がいること。


 濡れ衣は晴れ、僕の潔白は証明された。


 開いた口が塞がらなくなる父さん。腰を抜かしそうになり、壁に寄りかかる母さん。

 事実を飲み込めずに困惑する茜姉さん。


 そして、冤罪を僕にかけた理由についても語られた。


 成績不振によるストレス発散。うさばらしということ。

 本人はいけないと思いつつも、他人を貶める事での快感に浸り、ストレスを解消していたとのこと。


 僕に狙いを定めたのは、気まぐれだそう。たまたま楽しそうにクラスメイトと話している僕を見かけて決めたそうだ。


「…………っそんな理由で?」


 思わず声に出さずにはいられなかった。そんな事のために僕は地獄のどん底に落とされたような気分を味わうはめになったのか。

 されたこっちの身にもなって欲しい。


 すると、高山の母は大粒の涙を溢して土下座をする。


「本当に申し訳ありませんでした……っ!」


 それに続き、高山とその父が膝を落とし、額を床に擦り付ける。


 父さんの顔は青ざめており、茜姉さんは後ろめたそうにチラッと僕の顔色を伺う。


「……ほ、本当、なんですか? 息子は、りつは無実だったんですかっ?!」


 そう言葉にする母さんからは次第にポツリと涙が流れる。


「……はい、まったくもってその通りですっ! 本当に、本当に申し訳ありませんでした!!」


 顔を下げたまま答える高山に対し、茜姉さんは声を荒げて責め立てる。


「ふ、ふざけないで……おかげで私の家族はメチャクチャだわ!!」


「すみません、すみませんっ!」


「すみませんじゃなくて……っ」


 今にでも手をあげそうな雰囲気の茜姉さんを宥めるよう、僕が切り出す。


「いいよ、姉さん。こうして謝りに来てくれたんだから」


 本当はよくない。許そうとは思えない。

 けれど、それ以上に今はこの場をすぐにでも離れたかった。


「けど、だけど……律はそれでいいの? おかげであなたは……」


 茜姉さんがそう言い掛けると同時に、高山が重い口を開く。


「私は君に到底許されない事をしてしまった。それ相応の罰を受けるつもりだ」


 贖罪だ? それを聞いて僕の抑えていた感情が露になる。


「冗談じゃない……。そんなんで僕の失われた時間は戻ってこない! 軽々しくそんなことを言わないでくれ!!」


 その言葉を聞いた後では、高山は何も言うことが出来なかった。


「……帰ってくれ、帰ってくれ! ……遅いんだ、もう遅いんだよ何もかも!!」


 家族との関係も、クラスメイトや友人、好きだった人との関係は修復が不可能と言っても過言ではない程に、取り返しのつかないところまできていた。


 もし、冤罪という理不尽を僕に押し付けたあの頃、すぐに事実が明るみになっていたのなら、少しは変わっていたかもしれない。

 だが、今となってそれを考えても仕方がない。


 自暴自棄になりつつあり、部屋へ戻ろうと背を向ける。


「律っ!」


 そんな僕を心配に思ったのか、茜姉さんは不安げな面持ちで、僕の肩へと手を伸ばす。


「触るなっ!!」


 僕は茜姉さんを拒絶し、パチンと乾いた音がなる。


「り、律?」


 弾かれた手を胸に、茜姉さんはひきつった顔で僕の名前を声にする。


 気が動転していたとはいえ、少し強く言いすぎてしまったと冷静さを取り戻す。


「……ごめん。しばらく一人にして欲しい」


 そう言い残すと、茫然とする茜姉さんを置いてその場をあとにした。

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