第三十二話 ~決戦に向けての準備。王都で過ごす大切な時間~ その④

 第三十二話 その④





 城門でスフィから頬にキスを受け、衝撃的な別れをした俺は冒険者ギルドへと足を運んでいた。


 シルビアが王都内の警備にあたる冒険者たちへ、作戦内容の案内をしていると聞いていた。

 それから結構な時間が経ってるからな。そろそろ案内も終わった頃だろう。


 明日のことを聞きに行くのと同時に、きっとミソラもその場にいるはずだ。久しぶりの共闘になるからな。軽く連携についての話もしておこうと思った。


 そう考えながら歩いていると、目的地の冒険者ギルドへとやって来た。


『冒険者ギルド』



 扉を開けて中に入ると、受付にはリルムさんが残っていた。

 業務終了の時間はとうに過ぎているはずなので、残業になってしまっているんだな。


「遅くまでお疲れ様リルムさん。やっぱり明日の件で長引いた感じかな?」

『お気遣いありがとうございます、ベルフォードさん。はいそうですね。やっぱりこれ程の規模のスタンピードですからね。中にはここから逃げ出そうとする冒険者さんもいらっしゃいました。まぁ仕方の無いことかと思いますが。ですが、シルビアさんが上手く話をしてくれたおかげで明日のことは何とかなりそうです』


 少しだけ疲れたような表情でそう言うリムルさん。

 きっとシルビアが来るまでは、彼女に対しての当たりが強かったのかもしれないな。


 受付嬢として、本当に彼女は良くやってくれてると思う。


「ミソラと少し話をしたいんだけど、アイツは奥にいるのかな?」

『はい。ギルドマスターはまだマスター室に居るかと思います。先程までシルビアさんと話をしてましたからね』


 そうか。この場にシルビアが居ないってことは、アイツは既に全部終えて家に帰ったってところだな。

 アイツは優秀な人材だと思う。


「ありがとうリルムさん。それと、良かったらこれをあげるよ」

『……え?』


 俺は彼女の前に『チョコレート』と呼ばれるお菓子を出した。


「ちょっとしたツテで貰ったものでね。とても甘くて美味しいから疲れを取るのにはピッタリだと思う」

『い、良いんですか?』

「もちろん。今日は残業で大変だったろうからね。チョコレートを食べてゆっくり寝て欲しいかな」


 俺がそう言うと、リルムさんは頬を赤く染めながらチョコレートを受け取ってくれた。

 良かった。突っぱねられたらどうしようかと思ったよ。


『あ、ありがとうございます。大切に食べさせてもらいます』

「そう言ってくれると嬉しいよ。じゃあ俺はマスター室に行くから。リルムさんも気を付けて帰ってね」

『はい。ベルフォードさんも明日は頑張ってください。ご武運を祈ってます』


 頬笑みを浮かべながらそう言ってくれたリムルさんに別れを告げ、俺はミソラの居るマスター室に向かった。



 コンコン。と扉をノックすると中からは『ベルでしょ?鍵は掛かってないから入って来ても構わないわよ』とミソラの声が聞こえてきた。


「遅くまでお疲れ様。明日のことを少し話しておこうと思ってな。時間は平気か?」


 ガチャリと扉を開けて、俺は中に居るミソラにそう話し掛けた。


「えぇ構わないわよ。それに仕事は今ちょうど終わったところよ。これから『魔法杖』の整備でもしようかと思ってたところね」

「魔法杖の整備か。まぁ細かい調整くらいで大丈夫なんだろ?お前がギルドの裏の演習場でストレス解消で魔法をぶっぱなしてるのは知ってるからな」


 俺が笑いながらそう言うと、ミソラは笑いながらそれを肯定した。


「まぁそれぐらいは良いじゃない。ギルドマスターはストレスが溜まるのよ。貴重なSランクが引退して面倒事も増えてくるしね」

「そんなことを言うなよ、ミソラ。こうしてタダ働きをしに来てるんだからさ」


 そして、そんな他愛のない話をしながら俺はミソラと明日のことを話していく。


 深夜の王都の警備にはCやBランクの冒険者が交代で行っているようだった。

 そして明日の早朝からはシルビアを中心にAランクの冒険者が警備と万が一の事態に備える体制になっている。


「スタンピードと聴いて逃げ出そうとした下位の冒険者を深夜警備に回すことで納得させたわ。それとその時間を使って高位の冒険者を休ませるようにしたのよ」

「ふむ。悪くないんじゃないか?言ったら悪いけど無用な不安を煽るような人間なら寝てて貰った方がいいからな」


「本当に、シルビアが来るまで大変だったのよ。リルムちゃんが当られて可哀想だったわ。何とかしてあげたかったけど、私も手が離せなくてね。いちばん酷いのは『王都はもう終わりだから俺と一緒に逃げよう』とか言ってる奴もいたわ」

「なんだそいつは……かっこ悪いにも程があるぞ」


「はぁ……全くよね。リルムちゃんも呆れてたわよ。にべもなく突っぱねられてたけどね。あぁそいつは深夜の警備からも外してるわよ。と言うかもう王都に居ないわ」

「逃げ足だけは早いんだな……」


「まぁ近隣の街のギルドにはそいつの事は既にに連絡済よ。どこの街に行ってもろくな扱いはされないと思うわよ」

「ははは。自業自得だな」


 そして、そんな話をしているとミソラは机の上に置いていた魔法杖を弄り始めた。


「詠唱時間を犠牲にして、火力に全振りするわよ」

「昔のチューニングだな。懐かしい」


「一撃で千体を殲滅するって話しよね。まぁ『古代魔法(こだいまほう)』を使うことになると思うから、撃ったあとのことはよろしくね」

「了解だ。安心して気を失って構わない」

「ふふふ。安心して気を失えってのもおかしな話よね」


 ミソラはそう言うと、椅子から立ち上がって俺の方へと歩いて来た。


「ん?どうしたミソラ」

「立ちなさい、ベル。『魔力供給』をして貰うわ」

「……あぁ、あれか。本当に意味なんかあるのか?」

「あるからやるのよ。ほらさっさと立ちなさい」


 魔力供給。ミソラが俺に良くしていた行為だ。

 ギルドの魔力検査では俺には『魔力が無い』ということがわかっている。

 魔法の才能がゼロという事なので、俺は魔法が使えない。


 にも関わらず、ミソラは俺から魔力を供給してくれと言ってくるんだよな。無いものは渡せないんだけどな。

 当人曰く。古代魔法を使う前と使った後は俺から魔力を供給して貰いたいそうだ。


 そんなことを考えながら、俺は椅子から立ち上がる。

 すると昔のようにミソラは俺の身体を抱きしめた。


「…………あぁ良いわね。魔力が供給されていくわ」

「……ギルドでは何回測定しても魔力ゼロなんだけどな」


「ばかね、ベル。あんなものでは測定出来ない魔力が貴方にはあるのよ。それにこれほどの美女からの抱擁よ。喜びなさい」

「ははは。リーファやツキならともかく。ミソラの貧乳じゃなんに……いぃ!!!???」


 俺がうっかり口を滑らせると、ミソラは俺の身体を抱きしめる力を強める。


「…………何か言ったかしら?ベルフォード・ラドクリフ」

「い、いえ……何も言ってません」


「昔から言ってるけど、私は小さくないの。少し物足りないだけよ」

「は、はい……」


 本当に、ミソラに胸の話題は厳禁だ。

 俺は昔からの教訓を再度思い出しながら、彼女に『魔力』を供給していった。

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