交わり

「ディダ!サムオルダ!!」

「ヤアプ!!サムゴイム!」


俺の集落がある東から包囲網を抜けようとしたところ、森の中から四名の冒険者と鉢合わせした。全員が銃を持っている。四つの銃口が俺たちの方に向いた。


太い木々が乱立する原生林のなか、俺とオーガは木々の陰に隠れる様に二手に分かれた。比較的当てやすいオーガの方に銃口が集まる。俺は木に駆け上がり、上から冒険者たちの横腹に襲い掛かった。


俺に殴られた冒険者は一瞬で首がねじ曲がり、近くの木に激突した。オーガの方に気を取られていた冒険者たちはあっけにとられる。だが次の瞬間、俺の方に銃口を向けた冒険者たちの反対側にオーガが立っていた。


巨大な棍棒が襲い掛かる。


一人の冒険者は一瞬でミンチ肉と化し、それを挟んでいた二人も腕と脚を失った。


「アアァアア⁉」

「ファクディア⁉⁉」


腕と足を失い、地面に伏した冒険者たちは悲鳴を上げながらのたうち回る。そのうちの一人の頭を俺は踏みつぶし、もう片方は上半身丸ごと踏みつぶされた。


地面に放り出していた女をまた担ぎ上げた俺たちは、一瞬だけアイコンタクトを取ると、無言で東に向かって走り出した。


それから数時間後。

全力で走り続けた俺たちはあっという間に集落に帰還した。


「なんだあの壁は」


里の入り口に向かって走る俺に、横に居たオーガが話しかけた。


「頑張って作ったんだよ!ちょっと便利な道具が手に入ったんでね」


冒険者の襲来を予期してから一週間。俺も狩りをしていただけじゃない。奴隷身分に落ち、自我を失ったマリクリに命令して、台地の崖を背中にしながら、里全体を覆う土壁を築いた。土壁といっても魔法で圧縮された壁は岩石とほぼ同じぐらい頑丈になってる。それが高さ三メートル、幅二メートルの大きさ。俺が本気で殴っても、やっとヒビが入るほどの硬度と分厚さだよ。


これだったら並大抵の攻撃には耐えれるはずだ。それに壁の周りには土魔法で作らせた何千本もの棘が生えている。本当は堀で壁を囲いたかったんだが、時間とマリクリの魔力に限界があってこうなった。だがあれだけの敵がいるなら堀よりも棘を生やして正解だったな。


壁で覆った集落には門はなくした。その代わりに門があった場所の下を土魔法で掘らせて、地下通路を作ってある。ただこの地下通路ににも工夫を施してあるぜ。我ながらよく考えたもんだ。


「アンタの大きさじゃ俺が作った通路は通れない。壁よじ登って入ってくんね?」


俺はそう言うと担いでいた女をオーガに渡して通路の中へと入っていく。

そして里の中に入ると、すでにオーガが通路の入り口で待機していた。


「まさか…これを全部お前がやったのか?」


通路の中を覗き込み、その先に見た光景にオーガは呆れている様子だった。。俺がピースサインを送ると、オーガは意味が分からなかったのか溜息をつくだけだった。


「陛下!その…デカイゴブリンは…」


里に帰還した俺に気が付いて、ゴブリンたちが俺たちの元にまで駆け寄ってきた。見慣れない、それも二倍以上大きいオーガの姿を見て、みんなビビってる。


「もう時間ねえからパット自己紹介!お前名前は⁉」


俺がオーガの方を振り向いて叫ぶと、オーガはまたため息をついた。


「ナラントンだ。西の里を治めて…いた」


へぇ意外といい名前じゃん。


「はい!今日からみんなの仲間になりました!ナラントン君です!!たぶんこれから俺の部下兼、みんなの上司になるからよろしくね!!分かったか⁉」


俺が最後に強めにゴブリンたちに話しかけると、みんな一斉に首を縦に振った。


「よし!あとお前ら人間が攻めて来たぞ!それも大量にだ!!あの恐ろしい銃も持ってる!!」


俺がそう叫ぶとゴブリンたちは一斉に騒ぎ出した。みんな急な話で信じられないと言った感じだ。だけど全身が銃痕だらけで傷ついたオーガの方を見て、次第に声も静まっていく。


「本当に…来た」

「ヘーカが言っていた通りに…」

「どうしよう…銃持ってるって…」

「おいぃ死にたくねぇよ俺…まだ童貞なのに…」


みんな次第に人間が攻めて来たという事実を目の当たりにして、不安な気持ちになっているようだ。ていうかまだ童貞いたんか…。せっかく女たちを公衆便所にしてやったのに。


「馬鹿!おめぇら安心しろ!この一週間死ぬ気で訓練してきたろ!!それにこの壁と設置した罠を使えば絶対に勝てる!!それにナラントンを見てみろ!何百発の銃弾を浴びても死んでねぇ!!コイツはめちゃくちゃ強えぞ!それになによりもだ…ここには俺が居るだろうが⁉あぁ⁉馬鹿タレが!!!」


俺が喝を入れると、不安がっていたゴブリンたちの表情も幾分か和らいだ。みんな不安を感じながらも、微かに笑みを浮かべながら俺の方を見つめてくる。


「一時間以内に人間は攻め来る!前から言っていた通り、戦闘時は俺の元でダリアの指示を受けながら戦え!!ナラントンはまだ俺のそばに居ろ!コイツの炎魔法は来るべき時に使う!全員、準備を終え次第に籠城時の配置につけ!!」


俺が命令を飛ばすとみんな一斉に四方に走り出した。俺は最後に残ったダリアとハーゼウたちに話かける。


「ダリアは現場の指揮を頼む。ハーゼウは後方部隊の指揮を執ってくれ」


俺がそう言うとダリアとハーゼウは誇らしげにうなずいた。


俺たちの総戦力は、俺とナラントンを抜いて60人。まだ生まれたばかりの子供たちは戦力に数えてない。この60人のうち狩り組は30人ほど。狩り組は壁の上で弓と槍をもって戦う。居残り組の30人のうち、20人も壁の上から槍や投石で狩り組を援助し、残りの10人は壁の中から投石をする。


最後に残ったのはナラントンだけだ。


「俺はお前の元に居ればいいのか」


「ああ、俺たちが戦うのはまだ後だ。流石に何十人にも囲まれて撃たれたらマズイからな。俺たちはとりあえず通路を通ってきた敵を殺すぞ」


「分かった。だがもし通路を突破させたらどうする?」


「そしたらあの洞窟の中に退避だ。あそこでゲリラ戦を仕掛ける。それでも無理なら秘密の通路を通って逃げるしかないな」


俺が両手を広げながら説明すると、ナラントンは少し納得したように唸った。


「そこまで考えているならいい…」


まぁ秘密の通路を知っているのは俺と、それを作らせたマリクリだけだし、なにより人間が入って来れない様にゴブリン一人分の広さにしてあるから、ナラントンは逃げれないけどな。


でもそれを言う必要はないさ。

その時が来るまで俺たちは仲間だ。


◆◆◆


今回の作戦を直接指揮するヨーゼフの指示に従い、銀等級冒険者のアルゼンはゴブリンの里を包囲するように待機していた。


まずゴブリンの住処に強襲をかけたのは、戦力の低い銅等級と鉄等級からなる50名の冒険者たちだった。ヨーゼフは長期戦に備えて銀等級の消耗を避けたいようだ。


集落の中へと侵入した彼ら彼女らは、ギルドから支給された火縄銃とピストルを手にしていた。いくら低レベル帯の彼らでも、銃があればゴブリンなど簡単に殺せるだろう。


先遣隊はゴブリンを見つけ次第、即刻射殺するように命を受けているようだ。彼らが集落へ向かったすぐに、銃声が鳴った。


クラクフの大森林にいるゴブリンの掃討とプロシア公爵の三女、マリア嬢の救出作戦――スチューデンの冒険者ギルドの命運を賭けた戦いの火蓋が切られた。


絶え間ない銃声と、先遣部隊たちの怒号や掛け声が林の向こうから聞こえてくる。次第に里を包囲するアルゼンたちの方まで真っ白な硝煙が漂い始めた。


すると集落の方向から誰かが走ってきた。


「っ⁉おっおい!どうした⁉」


駆け寄ってきた冒険者はアルゼンの顔を見るなり、力尽きる様に目の前で倒れ込んだ。ひどい息切れを起こし、地面に着いた両手の膝が震えている。アルゼンが心配して声をかけると、男はゆっくりと顔を上げた。


「おい!なにかあったのか?」


男の顏はひどく張りつめていた。全身の血の気が引いているように青白く、広がった瞳孔は恐怖に包まれていた。


「ぁ…あぁ……あぁあぁあああっ⁉⁉」


男はアルゼンの顔を見るなり、何かを思い出したのか、地面に頭を抱えて叫び出してしまった。頭を抱える両手はひどく震えている。首にもひどい汗が流れていた。


「なにを…見たんだ……おい!落ち着け!もうここには敵はいない、なにがあったか教えてくれ…」


アルゼンは地面に膝をつけると、怯える男の肩を優しく摩った。次第に乱れれていた男の息も、アイゼンの摩る手の動きに合わせて落ち着いて行く。


「もう大丈夫だ…ギルド長に教えなくちゃいけない。苦しいだろうが、なにを見たんだ?」


アイゼンがそう問いかけると、男は地面にうずくまりながらポツリポツリと話し始めた。


「……うっうぅ…バ…バケモノ…ゴブリンの…バケモ…」


男から漏れた声に、摩っていたアルゼンの手が止まった。ゴブリンだと?ギルド長からはオーガの存在を聞いていた。だが男が話したのはゴブリンだ。見間違えるとも思えない。俺たちが知らない、未知の強敵がいるのか?。


「オーガじゃないのか?本当にゴブリンだったのか?」


アルゼンがもう一度確認すると、男は小さくうなずいた。


「オーガも居た…でもそれは仲間と撃ちまくったら動かなくなった……そしたら急にゴブリンが来て……みんなをっ……」


それで逃げ出したのか。アルゼンは仲間を置いてここまで逃げて来た男に同情すると同時に何とも言えない気持ちに駆られた。だが今は私情を挟む時ではない。アルゼンは男の肩を持つと、無理やり立たせた。


「アンタが見たことをギルド長に話さなくちゃならねえ。ついてきてもらうぜ」


アルゼンは肩に担いだ男を連れて、冒険者ギルドの長であるヨーゼフの元まで向かった。監視役の冒険者を押しのけて天幕の中に入ると、そこには鋼鉄の鎧に全身を包まれた金等級冒険者のブルーノの他に、銀等級の筆頭格にあたるいくつかの冒険者たちが会合を開いていた。


「ギルド長、ゴブリンの集落で異常があったらしく、目撃者の先遣部隊の一人を連れてきました」


アルゼンがそう言って肩に担いでいた男の背中を押すと、話し合いをしていたヨーゼフやブルーノたちがこちらの方に振り向いた。


「なんだ?なにがあった」


ヨーゼフの鋭い視線に男は怖気づいたのか黙り込んでしまった。アルゼンはすかさず連れて来た男の代わりに口を開いた。


「それがオーガが居たみたいです。あと――」


「なんだと⁉オーガが居たのか⁉」


アルゼンがオーガの存在を口にした瞬間、アルゼンの話しを遮ってヨーゼフが声を上げながら立ち上がった。


「本当なのか!本当に…居たんだな⁉」


先程まで落ち着いて話していたヨーゼフは、血相を変えてアルゼンと目撃者である男に詰め寄った。目撃者の男が小さく頷くと、ヨーゼフの顏は一つの言葉では表せない、なにかを思いつめた表情を見せた。


「どんな見た目だった⁉言ってみろ!!」


ヨーゼフが頷いた男に詰め寄りながら声を上げると、男はまたポツリポツリと言葉を口にしていく。


「……浅黒い褐色で…人間の二倍近くの背丈で…とても大きな棍棒を持って…」


目撃者の男の説明を聞いたヨーゼフは大きな声で悪態をつけながら、会合していた後ろの冒険者たちの方を振り向いた。


「クソがっ!!……やはり生きていたか…」


だがまだ本当に重要なことを離せていない。アルゼンは目撃者の男に話を促すように先に口を開いた。


「ですが、オーガは先遣隊の攻撃で瀕死のようです。それよりも謎のゴブリンによって大勢の死傷者が出たようで…」


アルゼンがそう口にすると、ブルーノたちの方を見ていたヨーゼフが急に振り返ってまたアルゼンたちの方に顔を詰め寄った。


「瀕死だと⁉本当かっ⁉倒れたのか⁉」


口から唾を吐き出しながらヨーゼフは目撃者の男に怒鳴りつけるように問いかけた。男はヨーゼフに押されながらも、小さく首を横に振った。


「ん?」


「なに?どういうことだ」


目撃者が首を横に振ったことに、アルゼンもヨーゼフも混乱したように声を上げる。そんな中、目撃者の男は小さく口を動かしながら、微かに聞こえる声で話し始めた。


「……オーガはみんなで囲って撃ったら動かなくなりました。でも…地面に膝を付けただけで死んでません…。その後に小さなゴブリンが急に現れて…みんなを……」


言葉が途切れるまで聞き終えたヨーゼフは、黙ったまま椅子の代わりにしていた木箱に座った。口元を手で隠し、クラクフ大森林の地図を見つめながら何かを考え始めた。


低レベル帯の鉄や銅等級冒険者であっても、ゴブリンなら簡単に殺せる。銃を持っていたらなおさら。だが、もしそれを簡単に殺せるほどの力を持っていて、なぜすぐに現れなかった?里を襲撃してから30分ほど経ってるのに。


…部外者か?


だがゴブリンは小さな部族社会で群を形成する生物だ。普段は同種であろうと他部族とは協調しないはず…なのに今に来て突然?


俺達は300人の大所帯のなか、モンスターの襲撃を跳ね返しながら強行突破してここまできた。本来、この人数で進むとしたら四日以上かかるのを2日で。ゴブリンの住処の境目であるサルサ川に到着したのは1時間前。


サルサ川より東に生息するゴブリンたちが、俺達の襲撃を知る時間はないはずだ……まさか…事前に俺達の襲撃を予想していたのか?


ありえ……いや…もしかして…オリヴァーたちを殺したのがそのゴブリンだとしたら?いやでも…それで…それだけで?俺達の襲撃を察知したのか?


それにもし仮に俺達の襲撃を察知していたとして…なんで…すぐに現れなかった?


「……なんで…だ…」


25歳のときから20年以上に渡り、老も感じさせずに金等級の称号を維持し、最後まで生きたまま現役を引退できた、冒険者として非常に稀有な存在なのがヨーゼフだ。


その長年にわたり彼を生きながらえさせてきた彼の"感"がまた働いていた。


………オーガに銃は効いた。そして謎のゴブリンは鉄や銅等級だけでなく、銀等級も殺害できる実力がある。そしてオリヴァーたちを斥候だと見抜き、敵の襲撃を予想できる知能と判断力がある。


この状況下で、もし奴にとって一番の不確定要素になりうるのは、人間が使う銃の存在……だからおそらく、奴は俺達がサルサ川に到達する前から、ここで待ち伏せていた……。


そして俺達がこの里を襲撃するのを待っていたんだ……そして自分と同じか、それより強いと判断したオーガに、銃が有効かどうか確認した上で襲ってきた。


つまり敵は銃が脅威にならないと踏んだわけだ。俺達の襲撃を察知できる知能があるなら、敵と自分の戦力差を見誤るとは思え…ない…?


「………いや…おかしい…なにかが…」


そもそもなんで…助けた?

他部族の…それもゴブリンじゃないオーガを……そうだ、奴はすぐに助けに来なかった…おそらく俺達の存在を知っていたのにもかかわらず。


敵の戦力を判断するためにオーガたちを利用した。奴にとってオーガなどその程度の存在のはずだ……なのに、なんだ…おかしいんだ…そうだ!逆なんだっ!!ゴブリンは銃がオーガに効くと知って、それで助けに来た!つまり自分にとっても銃が脅威になると知って、慌てて助けに来たんだ…自分だけでは勝てないと判断したから…威力偵察に使い潰すはずだったオーガを助けた…。


そして……それだけを考えて、ここで敵を待ち伏せできるだけの余裕があった。あのゴブリンにはおそらく拠点と仲間が…手下たちがいる。


ヨーゼフは不意に立ち上がると、木箱に立てかけていた銃を手にした。自分を見つめる仲間たちにヨーゼフは声を上げる。


「今すぐに全部隊を里に投入する!目標は襲来したゴブリンただ一匹だ!俺もブルーノも前線に出る!各隊長はすぐに突撃準備を終えるように部隊に指示しろ!!」


俺達の作戦はまだ始まったばかりだ。オーガに銃が有効なのはもう分かった。今後の作戦を考えたとき、不確定要素の高いゴブリンの方を先に始末しなくては危険だ。


そのためならどれだけの戦力と、弾を消費しても構わない。最悪、俺とブルーノさえ生き残れば令嬢一人ぐらいなら救出できるはずだ。

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