逃げるんすか?


「また来たか…人間ども」


雷鳴のような爆発音と共に、手下のゴブリンたちが次々と無残に殺されて行く。そんな中、何十人もの冒険者たちが一匹の大鬼オーガを取り囲んでいた。浅く黒ずんだ褐色肌。隆起した巨大な筋肉。人間を赤子のように見下ろす背丈。


オーガを囲む冒険者たちは全身に汗を流しながらも、長身の火縄銃を肩に押しあて、獲物に狙いをつける。人間一人分ほどある巨大な棍棒を握りしめたオーガは、棍棒を手前に構えた。


オーガ―に動きがあった瞬間――そのオーガを囲っていた三十の銃口が一斉に火を放った。銃口から噴き出た硝煙がオーガと冒険者たちを包み込んむ。


次の瞬間。

重たく漂っていた白煙が切り裂かれる。

轟音と共に何かが潰れた音がした。

目の前を覆う白色の煙が赤く染まる。


オーガの手前を見ると、そこに居たはずの三人の冒険者が宙を舞っていた。地面に落ちた冒険者の体は、逆方向に折れ曲がっている。冒険者たちは長銃を背負うと、今度は腰に仕舞っていたピストルを一斉に撃ちだした。その一発を撃った後は、また新しいピストルを手に持ち、また撃っていく。


なんども連続に銃声が森の中に木霊していく。全てのピストルを撃ち終わった後は、オーガが居た集落は人間の放った火縄銃の煙で真っ白に包まれていた。


真っ白の空間。

何も見えず、音も聞こえない。


全ての生命が潰えた時、また新しい音が鳴った。


「ナクシャピナア⁉」


それは誰かの叫び声で始まった。異変を感じて叫んだ男の視界は、真っ白な煙から、なにも感じない無へと暗転する。


なにかが弾ける音と共に、仲間の断末魔とも思える小さな悲鳴。ピストルを撃ち終えた冒険者たちは剣を抜くも、真っ白の煙に包まれて何も見えない状況に、次第に恐慌状態へと陥っていった。


「グルマ⁉ディスティスマクッ⁉」

「ヤアプ!!」

「アインキャンム!!」


また仲間の悲鳴が聞こえた。冒険者たちは武器を手にしながら次第に仲間同士で肩を合わせ、背を合わせていく。周囲を漂っていた煙も、次第に薄れてゆく。段々と近くの仲間の顏も見えて来た。


仲間と目が合う。

”警戒しろよ”男は手前にいた仲間にアイコンタクトを送った。仲間も理解した様に小さく頷く。だがすぐに仲間の顏は驚いたように口を開けた。


「アブッ――」


口を開けた仲間が何かを言い終わる前に、その仲間の顔を見ていた男の意識は、頭に響いた衝撃と激痛を最後に弾け飛んだ。


「ナルマゴイム⁉」

「デスゴイム!!」

「ヌアットゥ⁉」


腰元にまだ漂っていた硝煙が完全に晴れたとき、目に移った光景に冒険者たちは狼狽しながら後ずさりした。オーガを取り囲んでいた仲間たちの半分以上は頭部を失って地面に倒れていた。


何百もの銃声を浴びせたオーガは地面に膝をつけて倒れている。その横には両手を赤く染めた一匹の小さなゴブリンがいた。


まさかコイツがやったのか?。

確証がまだ持てない――いや、そうだと信じたくない冒険者たちは、恐怖で顔を引きつらせながら、その自身の心に嘘をついて武器を構える。


だがその虚無な信仰はすぐに破壊された。

小さなゴブリンは地面に膝をついたオーガのように、体を前に屈めながら膝を曲げる。そしてその収縮した脚が前に伸びた瞬間――ゴブリンの目の前で斧を構えていた仲間の頭が弾けた。


一瞬の事でなにが起きたのか理解できなかった冒険者たちは、頭を失った仲間の首から流れる血漿の軌跡を目で追っていく。


するとそこには先程までオーガの元に居たゴブリンが、膝を手前に突き出して宙に浮かんでいた。今度はまるで鳥の羽が落ちる様に、重力に流されながらゆっくりとゴブリンは地面に着地する。


この間、わずか二秒ほど。だが、ほんの零コンマ数秒の動きを見た後では、仲間の絶叫音も、後ろに待機する仲間の元へ逃げる自分の脚も、全てが遅く見えた。


後ろの方で叫び声がいくつも聞こえてくる。

命乞い、罵声、泣き声。


その全てを振り切った男は、バケモノのいる集落の門を潜り抜けた。この門の先の森の中に、この集落を包囲する形で仲間たちが待機している。


「おいおい、仲間置いて逃げるんすか?」


だがその仲間の元にたどり着く前、意味の分からない言葉を最後に、男の意識は四方八方に爆散した。



「今度は…お前か……」


西の里に侵入してきた冒険者たちをあらかた殺害した俺は、里の中央で膝をついたまま動かないオーガの元にまで戻った。最初、白煙に包まれている中で俺が来た時は何も言わなかったのにな。俺の奇襲を察知してか?やっぱりコイツはゴブリンと違って随分と頭の回転が速いな。


「喋んなよ、死ぬぞ?」


俺が気を使って返答すると、オーガは黙って俺を見つめた。


「………なにしに…来た」


え?分かんねぇのか?助けに来ただけなのに……。


「うーん、最初来たときはお前たちを殺すため?今は守るためかな?」


俺がワザとらしく顎に手を当てながら説明すると、オーガは巨大な棍棒を杖にして、なんとか立ち上がる。そして俺を見下ろしながら鼻で笑った。


「普段は…同族同士で醜く争い…共通の敵が現れた時だけ…助け合う……か」


「そう、それそれ!それ正解!やっぱお前大卒だわ」


話しがスムーズで助かるぜ。理解の速いオーガに俺は笑みを浮かべながら相槌を打つと、オーガは少し困惑したような表情を浮かべた。


「…訳の分からんことを」


そこらへんのノリは悪いのか。まぁいい。それよりもこっちは時間がないんでね。オーガの都合はどうでもいいから、さっさと話しを進めさせてもらうぜ。


「あ、悠長に会話しているところ悪いけどさ、人間たちまだいるぜ?」


俺がそう言うとオーガの顏が一瞬だけ揺れた。棍棒を握りしめる右腕の筋肉がミチミチと音を鳴らしていく。全身の銃痕から小さく血が噴き出していた。


「どこにだ?何人いる」


貯めこんだ息を一気に吐き出すように、オーガは声を上げた。俺は里の外を指さしながら、グルリと里全体を見渡す。


「この里全体を包囲するように、大量にいる。数は200以上はいた。全員が銃を持ってたぜ。それだけ傷ついているんだ。たぶん今のお前だけじゃ勝てない。恐らく俺も…あんな一斉に銃弾を撃ち込まれたらムズイな」


俺がそう言うと、オーガは苛立ったように低く唸った。


「ならどうするつもりだ、俺の手下の半分はお前に殺され、もう半分も一瞬で人間の撃つあの武器に殺された。もう残っているのは俺とお前だけだ」


そうだな、このまま行けば二人とも蜂の巣確定だ。

俺はオーガの言葉にうなずく。


「でも、俺の集落にはまだ仲間がいる。そこまで俺と一緒に撤退するぞ。人間を俺の里まで誘い込んで一網打尽にする」


俺が自信満々に言うと、オーガは納得できないのか訝し気に眉間にシワを寄せた。


「仲間がいても俺たちより弱ければ一瞬で穴だらけだ。大した時間稼ぎにもならん」


「たしかに、でも安心しろ。俺の里には――」


始めて冒険者を殺したあの日から一週間、俺がこれまで準備してきたことを説明しようとした瞬間、森の奥から一斉に人間たちの叫び声が聞こえて来た。


里の方へと近づいて来る大量の足音。

オーガと俺の目があう。


「もう時間ねえからさっさと行くぞ!この里に女は居るか!」


俺が叫ぶとオーガも観念したのか、素直にうなずいた。


「ああ居る。あそこの小屋に二人」


「なら丁度いい、俺たちで一人ずつ担いで里まで逃げるぞ…走れるよな?」


俺は全身血だらけのオーガを見つめながら問いかけた。


「小僧に心配されるほどの傷ではないわ」


俺たちは急いで小屋の中で柱に縛られていた女を肩に担ぐと、里から東の方角に向かって走り出した。

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