次の一手は

三人の冒険者を殺害した俺は、早速冒険者たちが持っていた荷袋の中を物色していく。使えそうなものは全部持って帰ろう。


「なにがあるかな~なにがあるかな~」


口笛を吹きながら三つあった荷袋の中身をすべて地面に出した。ぱっと見た感じ、大体は乾パンのような非常食や雑貨道具だな。ロープやとか食器、火打石、ナイフやハンマー、布や雑紙、筆にインクなどなど。


どれも人間たちにとってはどうでもいい代物だろうが、文明という概念からほど遠い生活をしている俺にとっては、これだけでもありがたい。10も数を覚えられないゴブリンに、この道具の作り方など教えても無駄だ。ゴブリンの知能ではせいぜい石斧や木の槍、簡素な掘っ立て小屋とか弓ぐらいしかつくれない。小さい体のくせに繊細で複雑な技術が必要な道具は作れん。


そうなると人間から奪うか、それこそ人間を支配するしかない。


「これは…ポーション?」


雑貨の山を探っていると、人差し指サイズの小瓶を見つけた。中には緑色の液体が入っている。俺の個人的な偏見だとこれはポーションとしか思えない。コルクを抜いて中の匂いを嗅ぐ。なにかしら毒物的な刺激臭はしない。この小瓶は三つある。冒険者たちの荷袋から出した、三つの雑貨の山に一つずつあった。


おそらく冒険者たちが一人ずつ所持していたんだろう。だとしたら回復系の薬だと思う。というか思いたい。そうだったら嬉しいんだがな。飲み薬か塗り薬かは分からないが、里に帰ったら手下のゴブリンを使って実験してみるか。


俺は外に出した道具の山から必要な物だけをまた仕舞っていく。雑貨類は全部欲しい。下着やテントはかさばるし不要だから持ってかない。冒険者の防具もゴブリンの体形に合わないから要らん。銃と剣だけは貰っておこう。


「あっ…弾と火縄も必要じゃん」


三つの荷袋に必要な道具をしまった俺は、思い出したように冒険者たちの懐辺りを探っていく。すると腰付近にあった小さなポーチに薬莢と火縄に小さな壺が見つかった。


「はえー紙で火薬と玉が一つになってんだ」


これも貰っておこう。

俺はポーチに入っていた物を三つの荷袋に詰めた。だけどまだ帰れない。この人間の死体を処理しないと。もし後からまた冒険者が来たら困るからな。


俺は三つの死体を担ぎ上げると、森を抜けて川岸の方まで向かう。そして死体を川へと放り投げた。小さい川といっても幅は10メートル以上ある。そのまま岩とかに引っかからずに流れて行ってくれればいい。


あと一応、巨大蜘蛛の死骸と壊したナイフも川に捨てておいた。俺が作った小さなクレーターも砂利を上からかぶせておく。これで俺の痕跡がばれることはない。


「じゃあ、少し予定より早いけど帰りますか」


俺は景気よく両手をパンっと鳴らすと、荷袋を持って思いっきり川にむかって走っていく。そして川のすぐ手前で地面をけり上げ、川を飛び越えた。


◆◆◆


「ご無事でなりよりです陛下」


俺の前で膝をついたハーゼウが頭を下げた。そのすぐ後ろに居るダリアたちも同じように頭を下げる。日が昇る頃に里に帰還した俺は、朝早くから皆を呼び寄せた。俺は洞窟の前に作らせた、簡易的な王座に座ってみんなを見下ろす。


「色々あって予定よりも早く帰ってきた。お前たちに見せたいものがある」


俺が手を動かすと、後ろで控えていたゴブリンに持ち帰った荷袋の中身をみんなの前に出させた。


「⁉…まさか……人間の?」


袋から出て来た武器や雑貨を見つめるダリアの口から言葉が漏れる。俺もダリアの方を向いてゆっくりとうなずいた。


「そうだ、レベルを上げるためにモンスターを殺していたら人間たちと遭遇した。数は三人。全員男だ。おそらくは冒険者たちだな」


「ですがコレ等を持ち帰ったということは…」


「ああ、殺したさ」


俺がそう言うとダリアとハーゼウの後ろに居たゴブリンたちから感嘆の声が上がった。


「モンスターや人間と戦った感想だが、巨大蜘蛛は一撃で頭を爆発させれたが、冒険者はそうはならなかった。おそらくだがレベルはかなり積んでいる。俺ならともかく、今のお前たちでは勝てないな」


俺の率直な意見を言うと、人間を殺したと聞いて興奮していたゴブリンたちが一瞬で黙ってしまった。なんつたってゴブリンは弱い。いや、雑魚い。仲間である俺に辛い現実を突きつけられた全員が、気まずそうな顔を浮かべた。


「だがお前たち全員で襲えば勝機はあるかもしれん」


俺そう言うとゴブリンたちは不意を突かれたように俺を見上げた。これはリップサービスじゃないぞ。鎧で守れてない箇所や人間の急所、顔の周りや首を狙えれば勝機はある。


「あの冒険者たちは恐らく斥候だ。いずれ俺たちが攫った女たちを助けるために、部隊をよこしてくるぞ。六人の女がいれば一か月後には24人のゴブリンが生まれてくる。さらに一か月後には生き残った半分は戦力として期待できる」


俺はゴブリンたちの目を見つめながら、全員に聞こえる様にはっきりと、そしてゆっくり話していく。


「だが人間がいつ襲ってくるかは分からん。明日かもしれないし、一週間後かもしれない。時間は俺たちに味方しない。俺一人なら生き残れるが、お前たちは難しい。だから今のお前たちを少しでも強くする必要がある」


俺がそう言うとゴブリンたちが一斉にお互いに顔を見つめ始めた。


「レベルはそう簡単に上がらん。だが訓練はできるだろ?明日から狩り組も居残り組も全員俺の言った通りに訓練してもらう。狩り組は一日中ずっとだ。居残り組の道具の製造や雑務を終わらせたら参加してもらう。訓練は俺の命をもとにダリアとハーゼウが指揮しろ。俺はその間にみんなの食糧を確保する。いいな?」



俺の話しが終わるとダリアとハーゼウが互いに目を合わせ、頭を下げた。ほかのゴブリンたちもそれに釣られて一斉に頭を下げる。


「「陛下の仰せのままに」」


さっき皆に言った通り俺一人なら生き残れる。でもそれじゃだめだ。ずっとこの森の中でただのゴブリンとして暮らすならそれでもいいが。俺はこんな暮らしはごめんだ。絶対に人間の住処を支配して、そこで王様として毎日偉そうにふんぞり返りながら、美味しい料理をたらふく食べて、美女を抱きまくってやる。


でもそのためには言葉も分からない人間の都市を支配しないといけないわけだ。周りは人間だらけで、俺一人でそんなことが回る訳がない。


自分の居城だけならともかく、町全体、領土全てを管理して統治するなんて不可能だ。裸の王様にはなりたくない。いつ寝首を狩られるかも分からん。


だから少なくとも、人間よりは信頼できて、言葉も通じるゴブリンたちの兵力が欲しい。ゴブリン一匹なら雑魚だが、大抵の人間相手なら数の暴力で倒せる。広大な土地と、多くの人民を支配するようになったら、ゴブリンの長所である、数の暴力が絶対に必要になってくる。


それだけじゃ足らないけどな。あと最低でもゴブリン語を理解できる人間の協力者か、俺が人間の言葉を覚えるか、もしくは言葉を翻訳できるスキルか魔道具は必要になってくる。


最悪言葉が通じなくてもごり押しでなんとかなるだろうが、そうなると女や技術者など、必要最低限の人間をゴブリンの里まで拉致るぐらいしか無理だ。俺の理想の生活からは大分かけ離れてしまう。


とりあえず今後の計画をみんなに共有した俺は、居残り組に属する、物資管理の長に人間から奪った道具を渡した。今日の仕事はこれで終わりかな。あとは干し肉と酒でも食いながら女と遊ぼう。


◆◆◆



「くそっ…オリヴァ―たちはまだなのか…?」


とある一室にて、焦りを募らせるようにテーブルを指で叩く男がいた。名はヨーゼフ・グライ。口元に立派な白鬚を生やしたこの男は、握りしめる書類を睨みつけながら、帝国北西にそびえるグラクフ大森林へと派遣した冒険者たちの一報を待ちわびていた。


ヨーゼフが握りしめる書類にはこう書かれていた。


再三の勧告に従わない冒険者ギルドとその長へ。最後の温情を胸に、貴殿らに依頼を授ける。それは貴殿らスチューデンの冒険者ギルドへ勝手に入会した、我がブランデン選帝侯にしてプロシア公爵の三女、マリア・アマーリア・フォン・ブランデンを救出することだ。代々こちら選帝侯は、冒険者の死亡や行方不明などの被害には介入してこなかった。それは冒険者ギルドの自治と自己決定権を守り、尊重するためである。だがその尊重はなによりも、神の第一の先兵として、また人類の繁栄と生存の守護者として、神と人類に仇名す者たちを滅する大命を成し遂げてきた、貴殿らの我が選帝侯領にしてプロシア公国への信頼があってのことだ。だが貴殿らは帝国繁栄のために、我が軍門に下る旨の勧告を三度も拒絶したほか、我が娘であるマリアの所在を詳しく調査することもなく、家長である我の許可もなく、勝手に冒険者に加入させた。そればかりか、優秀な冒険者の護衛もつけずに銀等級などいう雑兵と共に、グラクフの森へと行かせた。これまでの貴殿らの外聞も恥も厭わない傲慢な態度には、我もついに愛想が尽きた。この手紙は伝書鳩に運ばせて、書いた当日に貴殿ら冒険者ギルドの長である、ヨーゼフの元に届けるよう指示してある。この手紙を送ってから二週間以内に娘を救出し、無事にベルリアまで送り届けろ。もし救出が失敗したり、すでに娘が死んでいたら全軍を持ってスチューデンの冒険者ギルドを解体し、我が軍門に下らせる。

ブランデン選帝侯にしてプロシア公爵フリードリヒ・ヴィルヘルムより。


冒険者ギルド長であるヨーゼフは選帝侯より送り付けられてきた手紙を読んで、苦虫を噛み潰したように顔をゆがめた。


「クソッ…クソが!いくらなんでも遅すぎる…」


悪態をつきながらテーブルを叩きつけた男の顏は真っ赤になったか思えば、すぐに思い病んだ精神病患者のように血の気が引いて暗くなっていく。


調査によれば、マリア嬢が受けた依頼はマーベルスパイダーの血液採取であった。マーベルスパイダーは人を積極的に襲うモンスターの一種である。脅威度はランクB-ほど。銀等級の冒険者が四人いれば安全に討伐できる。彼女は銀等級の冒険者四名のほか、従者であった女一名を共に連れて大森林へと潜っていった。


マーベルスパイダーがよく出没する場所は大森林の中部辺り。そこからドラゴンの住処であるグラクフ台地の境目辺りには、東から西にあるベルリアへと流れるバルタ川から別れた、サルサ川が南から北のバルト海へと流れている。


そしてそのサルサ川を挟んで東側がゴブリンたちの生息地だ。もしマリア嬢たち一行がサルサ川付近まで進んでいたとしたら…。彼女がともに向かった冒険者たちなら、マーベルスパイダーに負ける可能性は低い。


だとしたら、可能性があるのはやはりあの"オーガ"の存在だろうか…。


15年前――俺がまだ金等級として活動しているときに出会ったあの三体のオーガ。そのうちの討ち漏らした一体――もしアイツがまだ生きているとしたら?銀等級が四人いても勝てる見込みはほぼない。


オリヴァ―が率いるパーティー”噛ませ犬に死を”を、偵察としてゴブリンが生息しているサルサ川まで派遣してから7日目が経った。計画では敵地までの偵察に、往復四日で済むはずだった。


彼らも銀等級パーティーだ。三ヶ月前から我らスチュウーデンの冒険者ギルドは、グラクフ大森林への進出とモンスターの討伐を加速させてきた。


帝国と未開拓地の境目にあるスチューデンには、三百人以上の冒険者たちがいる。金等級は一人だけだか、銀等級は40人。銅等級は100以上だ。この戦力をまとめ上げ、一斉に大森林へと侵攻すれば、一年以内に大森林の半分は掌握できる。


だが、あの大森林に生息する動植物から日々糧を得ている冒険者ギルドとしては、大森林の減少を防ぐために、度々禁猟例を出しながらモンスターの個体数を守ってきた。


だから此方側としては不本意だったのだか…。これもすべて選帝侯からの圧力のせいだ。絶対王政を進めるあの独裁者から、冒険者の自治と自由を守るにはこれしか方法はなかった。


この問題を裁判で争った時の、裁判官に言い放った選帝侯の言葉は今でも忘れられない。モンスターが死ぬか、司法が死ぬか選べ――裁判官が選んだ答えは聞かなくても分かっていた。


あの男が帝国からの独立を画策しているのはわかっている。冒険者ギルドの解体も自軍の戦力を強化するためだ。


あんな独裁者に支配されたら、やつの権力闘争のために使い潰されるだけだ。この三ヶ月だけだ50人の冒険者が命を落とした。若く、可能性に満ちた小さな命が…あの独裁者のせいで…。


これ以上は無駄に命が死んでいくだけだ。それだけは阻止しなくてはならない。すでに300人の冒険者たちの召集は終えている。金等級のブルーノも参加する予定だ。


そして俺もだ。

現役を降りたとはいえ、そこら辺の銀等級に負けるほど衰えてはいない。この作戦でどれだけの仲間たちが死んでいくか…選帝侯の圧力であっても、最後に判断したのは俺だ。彼ら彼女らの死の責任はすべて俺にある。何もせずこの部屋に引きこもってなどいられるか。


俺が討ち漏らしたあのオーガ。

俺の命に換えてでも必ず殺す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る