第71話『イルンの魔法特訓』※日常回

 交易の町コルニスタに到着してから三日が経った。黒鱗のワイバーン襲撃による混乱はある程度落ち着き、徐々にだが元の日常が戻ってきた。

 俺は魔除けの魔石の効力を避けるために市壁の外で野宿し、町に入るのは用事がある時か復興の手伝いをする時だけにした。昼食ついでに酒場へ寄ってマルティアと今後の話をしたり、火傷の経過観察から戻ってきたイルンと魔法特訓したりと、それなりに充実した日々を過ごした。


「それではクー師匠、始めます」

「あぁ、思う存分やってみろ」


 今日はイルンが開発した水魔法を見る約束をしていた。場所は町から離れた草原の一角で、標的は地面から生えた高さ二メートルほどの大岩だ。

 まずイルンは魔力で構成された二重の輪っかを右手に出し、輪と輪の間に魔力の線を幾重にも出して輪っか同士を繋げた。出現したのは小石サイズの水球五つで、イルンはそのうち一つを拳から突き出した人差し指の先端に移動させた。


「――――母なる水よ。我が魔力を対価とし、眼前の標的を撃ち砕きたまえ」


 詠唱を紡ぐと同時、指先から一発目の水球が発射された。その速度は目で捉えるのが難しいほど速く、大岩の中心付近にバチャンと音を立てて命中した。

 大岩の表面は薄く剥がれるがヒビ割れ一つつかなかった。人体になら有効な威力ではあるものの、魔物に対しては威嚇に使うのが精々だ。事前に「実戦向けの魔法」と聞いていたので拍子抜けしていると、イルンは魔法陣の輝きを一気に強めた。


「――――増せ、巡れ、我が指に集え」


 水球は見る見るうちに数を増やし、イルンの周囲に十数個展開された。それらはグルグルと回転を始め、二つ三つ四つとイルンの指先から腕へ連なって移動した。指を構えたポージングもあり銃弾が装填されるイメージが脳裏に湧いた。

 二発目の水球はより威力が高く、一発目以上に岩肌を剥がした。三発目の精度と威力はさらに上で、小さなヒビ割れを発生させた。そこから四発五発と撃ち、十発二十発と連射し、マシンガンがごとき射撃の応酬で大岩の上部を粉微塵にした。


「…………すげ」


 最低でも五十発近くは撃ったと思われる。呆気に取られているとイルンはもう一度魔法陣を展開し、倍の百発を撃って大岩を完全に破壊してみせた。

 射程こそ三百年後の世界の火薬銃に劣るが威力は圧倒的だ。俺ならかなりの魔力を消費するところだが、イルンは平然とした顔をしていた。


「魔力消費ですか? それは問題ないです。数だけ見れば結構な数に見えますけど、使用した水の量は普段使いしている大きい水球の投射魔法五つ分程度なので」

「……だったら今の水球の連射は最大で何発撃てるんだ?」

「おおよそ三百発ぐらいです。水球を生成するだけならその三倍はいけるんですけど、水弾に変える際の形状保持や射出速度の調整で消費してしまうので」

「これが三百発か、喰らったらひとたまりもないな」


 生まれつき魔力に恵まれていると聞いてはいたが、予想より遥かに凄かった。

並みの魔物ならひとたまりも無いし、人間なら数十人相手でも蹴散らせそうだ。素直に称賛の声を掛けるが、イルンの表情は微妙だった。


「……本当はクー師匠のアレを再現したかったんですけど、何度やってもダメでした。せめて攻撃をより小さく速くと考え、この出来になった次第です」


 アレとは俺の水レーザーのことだろう。共通の名称が無いのも面倒なのでそのまま『水レーザー』という名の魔法だと教えてみた。すると「レーザーとは何ですか」という問いが投げられ、高速で撃ち出される細い線状の射出体だと伝えた。元の世界基準で意味が合っているかは不明だ。


「……なるほど、レーザーですか。しっかり覚えておきますね」


 イルンは心のメモ帳に名を綴っているようだった。

 もっと魔法っぽい名称にした方がいい気もしたが、俺にネーミングセンスはない。シンプルな方がマシと判断することにした。


 イルンは水レーザーの名を気に入り、今行った連射魔法の名づけを頼んできた。とっさのことだったので『水マシンガン』と言ってしまった。適当にもほどがあると思ったが、これもイルンは気に入ってくれた様子だった。


「クー師匠、水マシンガンの改善点って何か思いつきますか?」

「気になるのはやっぱり射程だよな。大岩から逸れた水弾はすぐに威力が落ちたようだが、あれは魔力の形状保持とやらが切れたためなのか」

「そんな感じですね。弾速を上げると形状が崩れやすくなるので、どう射程を伸ばすか悩んでいるところでして……」

「弾の射程か、じゃあこういう方法はどうだ?」


 俺は青の勇者の力で水球を指先に出し、それを高速で回転させた。それを岩に向かって発射すると、水弾は空気抵抗をあまり受けずに遠く飛んだ。


「え、え? 今のどうやったんですか?」


 イルンは目を見開いて俺の隣に寄り添った。俺がした方法によほど興味が湧いているからか、密着していることに気づいていない。微笑ましさを感じながら再度指先に水球を出し、顔の前で回転しているところを見せてやった。


「普通の水なら無理だが、これは魔法だ。イルンほどの水球なら回転させて撃つことができる。空気抵抗を抑えれば魔力を消費せず射程を伸ばせるわけだ」

「ボールに回転を加えるとよく飛びますもんね。当たり前のことですが気づきませんでした。これなら無理なく試せると思います。さすが師匠です」


 そこまで褒めることかと思ったが、俺の発想はこの世界の魔法使いの常識的に珍しいものらしい。そもそもとして水・氷といった青の魔法の性質は防御向けで、攻撃には向いていないそうなのだ。


(…………まぁ普通に考えれば水で物体を切ったり撃ち抜こうなんて思いつかないわな。青の勇者が魔法使いとして最高の評価を受けるのは当然か)

 

 イルンと一緒に回転の向きや速度を調整し、水マシンガンを完成させた。


「凄いです! これなら実戦でも使えます!」

「イルンの頑張りがあってこそだ。俺はちょっと指摘しただけだからな」

「そんなことは……って、わわっ」


 ここで初めてイルンは俺と密着していることに気が付いた。顔を真っ赤にして身を離すところを見て笑みがこぼれた。相変わらず面白い反応だ。

 その後は簡単に実戦形式の組み手をした。時間は瞬く間に過ぎていき、魔力が少なくなったところで今日の特訓を終了した。俺は遅めの昼飯としてイルンが持ってきてくれた固いパンをかじり、今日の特訓風景を思い返した。


(…………射程はちゃんと伸びたが、やっぱり命中精度が良くないな。問題なのは水マシンガンの完成度じゃなくて、イルンの目の方か)


 黒鱗のワイバーン戦でイルンは片目を負傷した。幸いにも目が見えなくなるということはなかったが、視力低下や目の色が変わるなどの弊害が起きた。

 イルブレス王国にいる高名な治癒魔法使いならば完治できるそうだが、到着までには相当な時間を要する。何か良い手はないか思案し、一つ思いついた。


(…………ここは未来の魔術世界じゃなくて魔法の世界だ。眼鏡はなくても同じように視力を補正する魔導具なら売ってるんじゃないか?)


 イルンに聞いてみると「ある」と返事がきた。だがかなり高額らしく、イルンの手持ちでは購入する踏ん切りがつかないと言われた。俺の所持金ならば購入できそうで、町を出るまでに魔導具をプレゼントする計画を内々に立てた。


「そうと決まれば、今日は金の旅船に行くか」


 こういう相談事はマルティアが適任だろう。

 俺たちは並んで街道を進み、コルニスタへと戻っていった。

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