第68話『葛藤の果てに』

 最初は聞き間違いかと思った。だが聞き返しても結果は変わらなかった。マルティアは白の勇者の名を『アレス・ローレイル』だと告げ、その人物像を語った。


「白の勇者は人当たりが良い人物だったそうです。リーダーは黒の勇者コタロウでしたが、皆の仲を取り持っていたのは彼だと記載がありました」


 一体過去で何があったのか、考えると二つの仮説が湧いた。


 一つ、元の歴史では病弱なアレスが何らかの要因でキメラとなった。俺はそれを知らずに現れ、助からないという勘違いを抱いてその身を喰らった。

 二つ、俺はクーという名を捨ててアレスの名を継いだ。誰かを助けようと行動していくうちに思想が変化し、アレスのような人柄となっていった。


 一つ目の仮説が正しかった場合、俺は輝かしい人生を歩むはずの友人を殺したことになる。青の勇者……イルンとの出会いすら奪ってしまった。これなら「白の勇者はクーだ」と言われる方がマシだった。


(…………俺は、一体何をしてしまったんだ?)


 転移から今日までの出来事を思い返し、頭を抱えた。話しかけられてもまともな返事ができなくなり、「何故」と自問自答し続けた。


(…………俺は、これからどこへ向かえばいいんだ?)


 ふと賑やかな喧騒が耳に届き、ぼうっと顔を上げた。気づけば店の開店時刻となっており、マルティアは書置きを残していなくなっていた。

 俺は階段をフラついて歩き、一階へと降りた。

 途中で食事を運ぶ取り巻きの女性とすれ違うが、ギョッと驚かれた。具合が悪そうだという指摘を受けるが、大丈夫だと言って酒場へ入った。


「――――マルティアちゃん! エール三杯追加してくれ!」

「はいはい、すぐに運びますわ」

「――――さすがは看板娘、今日も良い働きぶりだねぇ!」

「ふふっ、ありがとうございます」

「――――がはははっ、昔は料理を運ぶのもおぼつかなかったのに、大した仕事具合だぜ。うちのせがれが同い年ぐらいだが、嫁にどうだ?」

「残念、わたくしは将来を決めてますので」


 きっぱりとした断りを受け、馬鹿笑いが巻き起こった。

 評価を受けているのはマルティアだけじゃなく、取り巻きの女性二人もだ。王族貴族から下町の看板娘と、相当な転落具合なのに気丈な振る舞いをしている。

 俺は三人の姿を見つめ、空いているカウンター席に腰を掛けた。

 少しすると店主が現れ、ぶっきらぼうに注文は何かと聞いてきた。


「これで飲めるだけの酒を頼む、今日は色々と忘れたい気分なんだ」

「……これって、ほとんど金貨じゃねぇか。業者の仕入れでもする気か? 金持ちなのは良いことだが、こういう場でおいそれと出すもんじゃねぇぞ」

「じゃあ一番上等な奴をくれないか」

「……まぁ、客だってんなら断る理由はねぇわな。ったく、難癖つけて追い払うつもりだったのに、そんな顔されたら何も言えねぇじゃねぇか」


 店主は一度奥に行き、高そうなボトルを二本持ってきた。

 周囲の視線が一点に集まるが、俺の顔を見て目線を逸らした。

 人生初の酒の味は、よく分からなかった。肉体がキメラだからか、いくら飲んでも酔いが回ってくれなかった。二本目に移るが結果は同じだった。


 時間の流れに身を任せていると、近くの会話が耳に入った。どうやら今は午後の五時半ぐらいだそうで、イルンとの待ち合わせまで三十分を切っていた。急いで席から立とうとするが、意思に反して足が動かなった。

 どうしようもなくグラスを傾けていると、カウンター前にマルティアが立った。


「あまり良い飲み方ではありませんわね。そこで止めたらどうです?」

「………………」

「職業柄似たような人を幾度と見てきましたが、こういうときのお酒は悪い考えと運気を引き付けるものです。悩みがあるなら飲むより、誰かに相談するべきです」

「………………」


 俺はグラスを掴み、しばらく黙った。そして思ったままを口にした。


「――――ずっと結末を変えるのが正しいと思ってた。でもその行動の結果で悪くなったものがあった。そんな現実を突きつけられてしまったんだ」

「それは、白の勇者に関わることですか?」

「…………俺はあいつを、友人の未来を奪った。そしてまた一人の少女の人生を左右しそうになっている。これ以上動くのが……怖くてたまらない」


 未来を変えるとはどういうことか、その怖さを初めて実感した。逃げるようにグラスを口元に寄せた時、店の外からガンガンガンと金物を叩く音がした。


「…………これは?」

「魔物の襲撃警報ですわね。町の西側でしょうか」


 慣れた様子で言い、マルティアは窓の外を眺めた。どうやら襲撃は離れた場所で起きているらしく、喧騒は薄っすらとしか聞こえなかった。被害規模はどの程度かと思った時、金の旅船に鎧姿の衛兵が入ってきた。


「――――町の南西部、商業街付近で魔物が出没した。まだこの辺りにくる気配はないが、安全のために屋外へは出ないように!」


 商業街は町の重要区画であり、住民たちは一様に顔を見合せた。

 あちこちで店の被害や近隣住民の安否について言葉が交わされるが、その中の一つに『星祈りの広場』が出てきた。マルティアから正確な立地を教えてもらうと、商業街の近くに広場が造られていると教えられた。


(…………もしここで何もしなければ、最低でも白の勇者の運命はなぞらないんじゃないか? イルンと一緒にいなければ、俺は……)


 最悪の思考に翻弄されていた時、トンと額を指で突かれた。

 マルティアは俺からグラスを奪い取り、厳しい声でこう告げた。


「確かにあなたが言うことにも一理あります。ですが何もしない方が正しいというなら、それは間違っていると断言しますわ」

「…………マルティア」

「例え元の歴史が正しかったとしても、それをなぞる義理はないのです。わたくし達は物語の登場人物ではなく、今を生きる一人の人間です。選択の余地は無数にあり、それぞれに道を選ぶ権利があります。違いますか?」


 白の勇者の名に囚われることはないのだと、結末に怯える必要はないのだとマルティアは言った。もし選んだ道が間違いだったとしても、その都度正しい方向へと進む心掛けをすればいい。そうすることが大事だと厚く説いた。


「一度……、いや何度でも深呼吸をしなさい」

 俺は口を開き、新しい空気を目一杯取り込んだ。


「悪い物はすべて吐き出し、新しい空気で物事を見据えなさい」

 目に映る景色がだんだんと澄み、心の暗雲が晴れてきた。


 一度深く目を閉じてから立ち上がると、マルティアは「もう大丈夫ですわね」と言って微笑んだ。


「ありがとう、マルティア。おかげで助かった」

「お気にせず、お客様の相談に乗るのも看板娘の役目ですから」


 様になっている、そう言うとマルティアは喜んでくれた。

 俺も俺自身の物語を紡ぐため、大切なモノを守るために駆け出した。

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