第67話『告げられた名』
俺の知る彼女は十二・十三歳ぐらいの女の子で、こんな大人じゃなかった。
疑問を口にしようとするが、先に「あなたは誰でしょうか?」と言われた。今の俺は球体形態とは似ても似つかない姿だが、「キメラのクーだ」と名乗った。するとマルティアは一瞬だけ瞳を揺らした。
「……誰かしら似た境遇の人が現れるとは思っていましたが、あなたが最初でしたか。見ないうちにずいぶんと様変わりしましたわね」
「この姿を見てもあまり驚かないんだな」
「ちゃんと驚いてますわ。でもこの時代に飛ばされた時のことを思えば大したことじゃありません。立ち話も何ですし、詳しくは中でしましょう」
俺とマルティアが中に入り、亜麻色の髪の女性店員が続いた。マルティアが手でジェスチャーをすると、女性店員は入口を警護するように立った。まるで主人と従者のような関係性で、ある記憶が浮かび上がった。
「もしかしてあの女性って、マルティアの取り巻きの地方貴族娘か?」
「えぇ、お察しの通りです。わたくしたちは三人でこの時代に飛ばされ、今日まで協力し合って生き延びてきたのですわ」
発言的に『転移から長い時が経っている』のは確定的だった。俺は自分が数日前に来たことを告げ、マルティアたちの事情を伺った。
「わたくしたちは五年前ですわね。右も左も分からず野垂れ死にし掛けていた時に酒場の夫婦に助けられ、店を手伝いながら人探しをしておりました」
「五年も……、どうしてそこまでの差が」
「三百年という時間を飛んだのです。むしろそこは驚きませんわ。誤差十年程度ならマシなぐらいでしょう。こうして会えたのが奇跡みたいなものです」
「……まぁ前向きに考えるしかないか」
元の時代で何が起きたのか、交互に情報を出し合った。
まずマルティアたちだが、転移が起きた日は学園にいたそうだ。授業を受けている途中に騎士団が現れ、早急に避難指示を受けた。逃げ込んだ先の迷宮にも魔物が現れ、戦っているうちに白いモヤの導きを受けたとのことだ。
(……なんで光の玉はマルティアたちを呼んだんだ? 俺たちの知り合いだからか?)
俺はできる限り青の勇者の名を伏せ、調査基地で起きた出来事を語った。とある遺跡で白いキメラと交戦し、敗北ののちに過去へと飛んだ。リーフェとはそこではぐれてしまったと伝え、頭を下げて「すまない」と謝罪した。
「どうして謝りますの? あなたはできる限りのことをしたでしょうに」
「あそこで手を離さなかったら、リーフェはここにいたかもしれない。それに俺がもっと強ければ、一連の事件を未然に防げたかもしれないんだ」
「過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。必要なのは今できることを探すことです。振り返ってばかりいたら、大切なモノを取りこぼしますわよ」
今の自分には色々と刺さる言葉だった。だが前だけ見て進んだ結果どういう結末を迎えることになるのか、不安と疑念が際限なくチラついた。
言葉に詰まっていると、体格の良い四十代ぐらいの奥さんが現れた。その横には別の女性店員がおり、もう一人の取り巻きだと分かった。開店前の仕込みをするために来たようだったが、どちらも俺に気が付いた。
「あれマルティア、そちらの方はどちらさんだい?」
「未来からきた知り合いですわ。ようやく一人再会しました」
マルティアの発言を聞き、奥さんはピクリと固まった。
店主と同じく拒絶されるかと思ったが、二の句は穏やかに紡がれた。
「…………そうかい。今日は店を閉めた方がよかね?」
「元々明日休む予定でしたし、今日は通常営業でお願いしますわ。店主も店員も元気なのに休養を取ったら、いらぬ心配をされてしまいます」
「……こんな時ぐらい気を遣わなくてもええのに」
「では仕込みの方を休ませていただきますわ。この方とは自室でお話をします。開店までには戻りますので、それまでよろしくお願いします」
そう言ってマルティアは席を立ち、二階へと案内してくれた。
途中で店主とすれ違うが、睨まれるだけで追い出されなかった。
「こういうのは何だが、ずいぶん仲が良いんだな」
「奥さんと旦那さんの間には子どもがいたんですが、魔物の被害で死んでしまったのです。そんな中同じ年頃のわたくし達を見つけて受け入れてくれて、家族のように接して下さいました」
「……そりゃお邪魔虫扱いもされるわけか」
「愛情ゆえの行動ですので、温かく見守ってあげて下さいまし。もし何かされたらわたくしへお願いします。直接話をつけますので」
そんなこんな会話し、マルティアの自室前に着いた。
扉の先の部屋は手狭な間取りで、王女が暮らす環境には見えない。だがマルティアは慣れきっており、ベッドに座って適当な場所に座るよう促した。すぐ隣にあった机の椅子に腰かけると、積み上がったソレに意識が向いた。
「……これって、羊皮紙だよな」
この時代では木製紙がなく、紙はかなりの高級品だ。なのに机上には整理整頓された状態で大量に置かれており、未使用の品も確認できた。中には丁寧な作りの本が数冊あり、諸々込みで相当な金額と見受けられた。
「わたくしは元々書物を読み漁るのが好きだったんです。この時代の事件・出来事を割り出すため、稼いだ資金を全額そこに注ぎ込みました」
「…………大した執念だな。俺には真似できない」
「コルニスタのような地方の情報は頭にありませんでしたが、大きな町で起きた出来事なら分かります。この先の行動によっては良い指針になるかと」
「心強い言葉だ」
マルティアの能力に感心しつつ、あれと気になった。
膨大な知識があるのは分かったが、それだけではリーフェ捜索に繋がらないはずである。俺たちがこの時代に来た事実を知る方法はないし、光の玉から情報を得たというわけでもなさそうだった。
根拠があってことかと問うと、頷きが返ってきた。
次いで「リーフェが黄の勇者なのですよね」と返事がなされた。
「どうしてそれを? 黄の勇者の名は秘匿されてたはずだろ?」
「王城の書物は門外不出、公の品とは別物です。そこには歌魔法の使い手である黄の勇者リーフェと、赤の勇者ココナの名があったのです」
「……ココナが赤の勇者、俺たちと同じく飛ばされたのか」
「元々リーフェさんとお近づきになろうとしたのもそれが理由ですわ。勇者と同名の者が似た力を持っている。生まれ変わりなんじゃないかと期待したのです。仲良くなろうと接し、知っての通り空回りしました」
若気の至りだと言い、マルティアは居住まいを緩くした。微笑ましいエピソードではあったが、俺の頭には別の疑問が渦巻いた。
リーフェとココナの素性が知れているなら、残るのは白の勇者のみだ。その名が何か分かれば、様々な葛藤に答えを出せる。ちゃんとイルンと向き合い、次の行動を決めていくことができるのだ。
「…………マルティアは、白の勇者の名を知っているのか?」
焦燥感を隠せず声を発すると、マルティアは俺を見つめた。
時間が止まったかのような静寂の中で、信じられない名が告げられた。
「――――白の勇者の名は、『アレス・ローレイル』と申しますわ」
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