第49話『舞い降りし者』

 武人カマキリの頭部はヒビ割れ、一歩二歩のけぞって倒れ込んだ。

 一連の戦いで甲殻はどこもかしこも傷つき、自慢の大鎌もボロボロだ。仰向け状態で持ち上がった足はピクリとも動かず、この戦いの勝利を確信した。


(…………土壇場ではいっつもお世話になるな。ほんと良い拾い物したぜ)


 内心で称賛し、岩石巨人の腕をまた小さくした。

 前は使用の度に変身が解除される制限があったが、キメラレベル2になってからは普通に扱えるようになった。


(適正レベルに身体が追い付いたって感じか? よりレベルを上げれば巨大化させたり全部位を縮小化とかもできるのか? ……期待が膨らむな)


 拳を握り込んで進化の実感に浸っていると、二人分の足音が聞こえた。


「クー隊員、さすがっす!!」

「おかげで助かった。感謝する」


 近づいてくるのはミトラスとココナで、団員たちも姿を見せた。地上班は誰一人欠けていないらしく、最善の結果を得たことに歓喜した。

 降りてくる飛行船に手を振っていると、ミトラスが「早く食べないんっすか?」と言ってきた。予定では着陸し次第すぐにイルブレス王国へ出航する段取りで、急がなければ能力を得る時間が無くなってしまう。

 慌てて振り返って走ると、足元が大きな影に覆われた。

 武人カマキリは満身創痍で起き上がり、大鎌を打ち鳴らして威嚇してきた。


「…………こいつ、まだ動くのか!」

「往生際悪いっすねぇ。でも、もう終わりっすよ」


 ミトラスの言う通り、飛行船の大砲は武人カマキリを狙っている。俺自身もまだ戦闘可能で、ミトラスとココナの助力があれば余裕でとどめを刺せる。

 何か一つでも動きがあれば、そう思っていると武人カマキリが止まった。そのままガクリとうなだれ、鳴き声一つ発さなくなった。これで終わりかと思っていると、ひび割れた全身の甲殻が一斉に砕け散った。


(――――は?)


 脱皮して現れたのは『深紅の武人カマキリ』だ。濃い赤色は真新しい甲殻の体表色によるもので、大鎌は細長い形状に変わっている。

 発せられる殺気の圧が強くなり、とっさに後退した。その瞬間ヂッという音が聞こえ、真横にあった大地が後方の森林ごと直線状に切り裂かれた。


「ギッ!!?」

「なっ!?」

「まさか!?」


 深紅の武人カマキリが放ったのは飛ぶ斬撃だったが、まったく太刀筋が見えなかった。幸いにも切断範囲に味方はいなかったが、次も無事である保証はない。

 即座に飛行船から砲撃支援が始まるが、深紅の武人カマキリは棒立ちした。もはや回避の必要性を感じていないようで、攻撃を受けながら大鎌を抱き込んだ。


 誰もが息を詰まらせる中、飛行船に向かって飛ぶ斬撃が放たれた。

 グロッサのイヤリングのおかげで直撃は免れるが、ここで光が消えた。俺は岩砲弾を連射しながら接近し、地上班は必死に銃弾をばら撒く。決死の覚悟でミトラスが飛び込んでナイフを振るが、甲殻には薄傷一つしか入らなかった。


「――――やっ、やめ、やめろぉ!!!」


 ミトラスの悲痛な叫びがこだまし、斬撃がみたび放たれる。

 もはや止める術はなく、脳裏に真っ二つとなった飛行船の姿が浮かぶ。

 反射で目を逸らした瞬間、頭上で割れんばかりの衝撃音が鳴った。絶望と共に目を開けるが、辺りに降り注ぐ瓦礫はなかった。恐る恐る顔を上へ向けていき、無事に空を飛んでいる飛行船を確認した。


(…………あれは)


 空中には見覚えのある人影があった。全身を紺色のマントで包み、目元にはベルトを着けている。手から青い光を発生させ、四度目となる斬撃を防ぎ切る。

 そこにいたのは間違いなく青の勇者だった。青の勇者は無感情に深紅の武人カマキリを見下ろし、マントをなびかせて右腕を横に突き出す。背後に複雑な紋様が刻まれた魔法陣を八つ展開し、陣の平面を斜め下方向へと傾けた。


青の勇者イルン

攻撃A  魔攻撃SS

防御A  魔防御S+

敏捷S  魔力量SS


双刃紅蓮大蟷螂(特異個体)

攻撃A+ 魔攻撃A+

防御A  魔防御A

敏捷S  魔力量A


 魔法陣から放たれたのは細い水レーザーで、一瞬の間に一帯の大地を切り裂いた。深紅の武人カマキリは全弾を避け、空中を飛び回りながら斬撃を放った。

 しかしたったの一発も青の勇者には当たらず、反撃で片方の大鎌が撃ち飛ばされた。それでも果敢に立ち向かうものの、今度は氷の槍で肩回りを貫かれた。戦いは終始一方的な展開で、誰もが目の前の光景に呆然とした。


(――――これが、勇者の本気か)


 そんな感想を抱いた瞬間、深紅の武人カマキリの胴が二つに割れた。虫特有の生命力でもう片方の大鎌を振るうが、極太の水レーザーで残骸ごと消滅させられた。あっけない幕引きだった。

 戦いの終わりと共に水しぶきが降り、飛行船からリーフェが駆け寄ってきた。

 俺は球体に戻ってリーフェの腕に抱かれ、降下してくる青の勇者を見上げた。


「たっ、助かったす! 死んだとか帝国とかよく分かんない話を聞かされて、ずっとずっと心配してたっすよ! 青の勇者さん!」


 真っ先にミトラスが近づくが、青の勇者は無反応だった。異様な空気感を受け、ミトラスはキョトンとして足を止める。そこに静かな一言が放たれた。


「…………誰だい、君は?」

「へ?」

「声に聞き覚えがある気がするけど、まったく思い出せないな。悪いけどボクには先にやることがあるんだ。邪魔だからどいてくれ」


 そう言うと同時に指を鳴らし、虚空から氷の鎖を出現させた。鎖は大きくうねって伸び、『俺とリーフェを除く』すべての者を順次拘束していく。


「あぁ、ようやく会えたね。あの歌声を聞き、慌てて迎えにきたんだよ」

「……な、何を言っているんですか? 皆を離して下さい!」

「焦らなくても離すさ。でも三百年越しの再会を台無しにされたくないだろう?」

「三百年越しの再会……?」


 わけが分からず聞き返すリーフェへ、青の勇者は嬉しそうに告げた。


「――――待っていたよ、黄の勇者リーフェ。ボクらの大切な想い人に、愚か者たちに奪われた白の勇者を救いに行こう!」

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