第46話『領域からの脱出』

 調査基地の中にはココナがいた。再会の挨拶を交わしてすぐに青の勇者の話をし、状況の不可解さを共有した。事は俺たちだけの手に負える問題ではなく、ここ数日の出会い・戦い・会話内容をまとめてリーダーの元へ向かった。


「――――ハドリック殿、失礼します!」


 報告を担当したのは一応の第三者であるココナだ。『ハドリック』というのはリーダーの名であり、報告を聞いて厄介そうに目頭を押さえた。青の勇者に関する話はグロッサから聞いていたようだ。


「現時点では由々しき事態という他ない。これから他の団員と協議を行う。お前たちは一時待機だ。報告書はココナ上級武兵がまとめろ」

「はっ!」

「…………まったく、次から次へと問題が出てくるものだ。恐らくだが調査隊は首都に帰還することとなる。その準備も進めておけ」


 リーダーは退室を促し、積み上がった書類の束と向き合い始めた。

 俺たちは指示に従い、敷地内にある二階建てで四角屋根の宿舎に入った。

 部屋の間取りは狭く、簡素なベッド二つと作業机があるぐらいだ。リーフェの同室は護衛任務を受けたココナで、俺の話をリーフェづてに聞いていった。


「……相手は青の勇者でほぼ間違いない、か。向こうでミスがあったのだろうか?」

「少なくてもどっちかは偽物のはずだよね」

「もしかしたら両方本物という線もありえる。相手は最強と言って差し支えない最上の魔法使いだ。その力で分身・分裂しても驚かない」

「……魔法の遺物を簡単に渡すぐらいだもんね」


 青の勇者が本物か偽物か、この場では答えが出なかった。

 話は別れ際の遺跡へと移り、『大切な物』とは何かという話に移った。


「最上の魔法使いが求める物か……見当もつかないな」

「不明な場所を餓死寸前になりながら三か月も探すって、さすがに異常だよね。そこにいったい何があるんだろう?」

「国一つを焼く魔導兵器とかが眠っているとかはどうだろうか?」

「そのレベルだったら青の勇者本人でも実現可能なんじゃないかな」

「……ギウウ」


 ココナは報告書を書き上げると、リーダーからの呼び出しで出て行った。

 胸中の不安を打ち消すためにベッドで弾んでいると、リーフェが手招きで膝上に呼び、寄るとそのまま抱きしめてくれた。


「クーちゃんたちを助けてくれたし、新しい力もくれた。青の勇者さんは絶対に悪い人じゃないよ」

「ギウギウ、ガウ」

「うん、まずはお話しをするべきだよね。誤解が解けて仲良くなって、力を貸してくれるかもしれない。全部上手く行くに決まってる」


 リーフェは俺を励まし、ずっと傍にいてくれる。

 以前の内気さはもうなく、誰かの手を引く強い心が垣間見えた。

 その後はキメラの強化案を話し合った。室長に許可をもらって外に行き、あれやこれやとおもいつきを試し、満足のいく形態をいくつか完成させた。



 そうしてしばらく経ったころ、俺たちは三角屋根の会議小屋に呼び出された。室内には大きな丸テーブルがあり、その上には大きな地図が広げられている。グロッサは疲労が酷く欠席だが、ミトラス含む位の高い騎士団員が数人いた。


「……協議の結果だが、調査は打ち切りとなった。魔物の固定化にまつわる封印魔法、その情報をもたらした青の勇者の存在、ことは我々の手に負えん」


 一度イルブレス王国に戻って部隊を再編し、飛行船団を使って件の遺跡を包囲・調査する方針を取ると語られた。あえて言及はされなかったが、帝国との繋がりが危惧される青の勇者からリーフェを遠ざける意図も感じられた。

 誰一人異論はなく、無言の頷きで決定を受け入れた。

 リーダーは全員の顔を見回し、地図の一角を指でタンと叩き言った。


「ともすれば出航と行きたいが、問題がある。分かるか、ミトラス上級武兵」

「にぇ!? え、えーっと、風向きとかっすか?」

「0点だ。では同位のココナ上級武兵はどうだ」

「あの大カマキリのことかと思います。あれだけの空戦能力で迫られたら木造の飛行船は撃墜されます。安全を求めるならば討伐が打倒かと」

「ふむ、おおよそ正解だ」


 武人カマキリは未だ調査基地近辺をうろついている。一時撃退を成功させたおかげか様子見を決め込んでいるが、いつ攻撃が始まるか分からない。不確定要素は早急に排除する必要があると告げられた。


「――――この場には歌魔法の使い手と強力な使い魔がいる。その力と団員たちの戦力を結集してあれを討伐し、本日中にアルマーノ大森林から脱出する」


 いずれ決着をと思っていたが、ここでケリがつきそうだ。

 俺はリーフェと目くばせし、長き因縁の終着に武者震いした。


「…………ここまでで何か質問はあるか」

「えっと、作戦はあるんっすよね?」

「すでに三つ計画中だ。今からこのメンバーで議論を重ね、一時間以内に実行内容を決めようと思っていた。忌憚なき意見を求める」


 基地を使った防衛策や、地形を利用した奇襲策、ゲリラ戦からの短期決戦など、作戦企画書は素人目にも完成度の高い仕上がりとなっていた。

 会議室のメンバーは地図と企画書を交互に見つめ、あれだこれだと議論した。俺とリーフェは二人で作戦内容を再確認し、同時に顔を見合わせた。


「…………これって、私もクーちゃんも王都にいた時の強さ基準だよね」

「ギウ、ガウ」

「うん、わたしも前より強くなってるし、クーちゃんも新しい戦い方ができる。もっと良い作戦を作ることができるんじゃないかな」


 俺たちはココナとミトラスを呼び、思いつく限り議論した。すると突然ミトラスが会議室の外に飛び出し、医務室のグロッサからアドバイスをもらってきた。

 リーフェが意見を述べると、ほとんどのメンバーが驚愕した。

 リーダーはギロリとした眼光を向け、こちらの作戦企画を復唱した。


「……飛行船を奴との戦闘に使うだと? 正気か?」

「間違いなくリスクはありますが、歩兵を動かすより戦果が期待できます。そこに私の歌魔法とクーちゃんの力を合わせ、討伐を成功させます」

「……失敗すれば一人も残らぬぞ」

「それは他の作戦でも同じです。ここは魔物はびこるアルマーノ大森林、前にも後ろにも味方はいません。ならば力技で行くべきです」


 リーダーは両腕を組み、啖呵を切ったリーフェを見定めた。他の団員たちの意見は賛成と反対に割れ、会議室には張り詰めた沈黙が流れた。そして告げられたのは「いいだろう」という言葉だった。


「――――どのみち迷っている時間はないのだ。この作戦で行くとする。ただちに団員たちを集め準備に取り掛かる。各位、迅速な行動をせよ!」

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