第31話『力を合わせて』

 激しい戦闘音をかき消し、リーフェの歌声が遠く深く響き渡る。相変わらず歌詞の翻訳はできないが、仲間の無事と勝利を願う優しい思いが感じられる。

 心から身体へ、腹から喉へ、歌が紡がれるほどに活力が高まってくる。効果は味方に対する強化と敵の弱体化だが、シンプルがゆえにその力は絶大だった。


騎士団長コタロス

攻撃A-  魔攻撃A-

防御C-  魔防御C-

敏捷B-  魔力量C-


キメラ(ワーウルフリザード)

攻撃B+ 魔攻撃B+

防御B+ 魔防御B

敏捷C+ 魔力量A


 歌魔法の援護で戦力差が縮まり、打ち合いはより苛烈さを増していく。

 重く振るった刃は騎士団長の剣とぶつかり、火花を大量に散らして鍔ぜり合う。そこからギンガキと斬撃の応酬を続け、互いに一歩も引かず前に踏み込んだ。

 剣戟の連鎖は一手ごとに練度を増し、観客席からどよめきが上がる。絶対の強者である騎士団長が押され、女生徒たちから悲鳴が上がる。だが大多数の者は声を出すことすら忘れ、固唾を飲んで戦いの行く末を見守っていた。


「ふふっ、はははは!」

「ギギッ、ギガガッ!」

「ははははははははは!!」

「ギガガガガガガガガ!!」


 渾身の力で大剣を突き出し、騎士団長のわき腹を狙う。命中すれば重症は確実だが、相手の顔に恐怖はない。あるのは死線をくぐる高揚感だけだ。

 騎士団長は自分の剣の刃と柄に手を置き、こちらの一閃を横方向に滑り逸らした。その状態で手首を的確に動かし、外殻と鍔の隙間に隠れる俺の指を切断する。さらに飛ぶ斬撃で身体をのけぞり飛ばしてきた。


「――――報告では聞いていたが、歌魔法の力がこれほどとはな。思考がかき乱され、魔力が低下し、身体能力に制限が掛かる。かつての使い手たる『黄の勇者』は万軍を強化して魔物の軍勢を打ち破ったというが、おおげではないな」

「…………ギウ」

「君自身も素晴らしい。魔物ではなく人と戦っているようだ。二人の力が合わさればイルブレス王国はより強くなる。その時を想像して胸が高鳴る」


 本当に楽しそうに言い、騎士団長は剣を水平に構えた。するとこれまで感じていた殺気がより冷たさと鋭さを増し、喉の奥が乾く錯覚に陥る。

 嫌な予感を察知し身を引くと、何かが高速で横を通り過ぎた。遅れて左肩に痛みが走り、切断された左腕が地面にズシリと転がる。慌てて振り返った先には騎士団長の後姿があり、反撃の暇なく右目を深く切られた。


「――――これで終わりではないだろう? さぁ、君の全力を見せてみろ」


 騎士団長は歌魔法の弱体化など気にせず、圧倒的な実力差で俺を削ってきた。大剣がどちらも弾き飛ばされ、暴風を発射しようとした口も突き刺される。

 武器無しではリーチが足りず、防御一辺倒の行動しかできなくなる。煙幕胞子をばら撒いて仕切り直そうとするが、騎士団長は俺を捉えて迫ってきた。その時だ。


「――――クー! ここは任せろ!」


 横からココナが飛び込み、振るわれた斬撃を遮ってくれた。歌魔法で強化された剣技を遺憾なく発揮し、騎士団長相手に時間稼ぎを行ってくれる。

 予想外の乱入に生徒と騎士団の面々が湧き、騎士団長自身も微笑した。


「ほう、見物を決め込むかと思っていたのだがな」

「私自身、あなたと戦う日を心待ちにしていました。勝てるとは露と思いませんが、与えられた役目は果たします。お覚悟を!」

「あぁ、全力で来るがいい!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の大味な戦闘スタイルと違い、ココナの動きはとにかく細かい。歌魔法の援護で動きの精度が増し、一撃一撃が威力を増す。二人の剣戟は加速を続け、動きを目で追うことすら困難になる。最終的には砂煙に紛れて刃の残光しか見えなくなった。


(――――最高のタイミングだぜ、ココナ。稼いでくれた時間は無駄にしない!)


 俺は煙幕胞子を使い、ボロボロになったワーウルフリザードを解除した。球体となってゆっくり地面を転がり、最終作戦に向けての準備を進めた。



 …………愛弟子であるココナの剣を受けつつ、騎士団長コタロスは思案した。さっきから使い魔クーの攻撃がないこと、視界を覆う砂煙と煙幕が妙に厚いこと、歌魔法と歓声のせいで聴覚に頼れないこと、そのすべてが何かの布石なのではないかと。


(まず間違いなく相手は奇襲を仕掛けてくる。問題はその方法だ。あの巨体での突進ならば事前に察知でき、暴風ならば邪魔な煙を消し飛ばしてくれる)


 冷静に状況分析し、ココナの剣を叩き落す。そのままうなじを打って昏倒を狙うが、右後方から岩の砲弾が飛んできた。回避と同時に岩砲弾の発射方向へ斬撃を放つが、微かに砂煙を飛ばすだけだ。そこには誰もいなかった。


(…………影が見える。闘技場の外周を走り、一定間隔で射撃を継続している。真正面での戦いを捨て、わたしの持久力を削りに来たか?)


 悪くない手ではあったが、いささか拍子抜けだ。歌魔法で強化されてもなお岩砲弾の速度は遅い。目を閉じていても回避可能である。

 復帰したココナが切り掛かってくるが、もう動きは読めた。連撃の隙をついて顎を打ち、意識が揺れたところを確認して地面に転がす。そこではてと気づいた。


(…………む? いつの間にか歌が止まっている?)


 魔力が尽きたのか、元々時間制限があったのか、どちらにせよ戦場に響く音は観客席の歓声のみとなっている。煙に紛れた岩砲弾による射撃も止まり、不気味な静寂が辺り一帯を包み込む。嫌な予感が脳裏をよぎった。


(――――この場は動くべきか、留まるべきか)


 一連の流れを汲むならば相手は奇襲してくる。動かなければ何かしらの攻撃を受ける可能性が高く、早急に場外ギリギリまで退避する必要がある。

 しかし逃げた先に罠を張られる危険性もあった。クーの多彩な攻撃手段は全容を把握しきれず、下手に動かない方が最善の対応を取れるかもしれない。

 一瞬で思考を高速で巡らせ、次の行動を決めた。

 やることは逃げでも待ちでもなく、相手の思惑を超えた本気の一手を繰り出すこと。ただちに剣へ魔力を溜め込み、身を低くして居合の構えを取り、リーフェとココナに命中しない斜め角度で高威力の斬撃をばら撒く。


「これでっ!」


 邪魔な煙が一気に晴れ、闘技場の輪郭と観客たちの姿が見えてくる。

 視界に映るのは荒れ放題となった地面と、戦闘不能になったココナだ。

 リーフェとクーはどこか、警戒を強めて辺りを見回す。だが蜥蜴男を元にしたあの巨体はどこにもおらず、死角からの飛び掛かりもない。嫌な汗が頬を伝った瞬間、真上から差し込む太陽光がわずかに陰った。

 顔を上げた先にいたのは球体のクーを両手で掴み込むリーフェだ。二角銀狼の風で跳躍したのか、通常の斬撃では対処できない高度にいる。


「――――行くよ、クーちゃん!!」

 宣言と同時に身体が太陽と重なり、リーフェの姿が眩さに呑まれて消える。

 迎撃のために剣へ魔力を通した瞬間、大ぶりな投球姿勢でクーが投げ込まれた。

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