第29話『闘技場にて』

 作戦をまとめ終えると時刻は夜の十時を回っていた。明日は朝から忙しくなるため、それぞれベッドに移動して寝ることにした。

 しばらくして目を覚ますと、ベッドにリーフェがいないことに気がついた。一瞬焦るが居場所はすぐに見つかる。ベランダに続く扉が細く開かれており、リーフェは夜風を浴びながら何か考え事をしていた。


「――――ギウ」

「あっ、クーちゃん。起こしちゃった?」

「ギギウ、ガウ」


 そんなことはないと言い、ピョンとベッドから跳ねた。リーフェは阿吽の呼吸で俺を腕に収め、遠くに見えるイルブレスの夜景を眺めた。


「孤児院から魔術学園、魔術学園から森。……そして今はここにいる。ずっと行き先が定まらなくて、クーちゃんには迷惑かけちゃってるね」

「ギウナウ、ガウ」

「色々なところに行けて楽しい? 確かにそういう考え方もあるね」


 リーフェは素直に感心し、口をつぐんだ。何か俺に対して言いたいことがあるが、良い切り出し方が見つからず言葉に詰まった感じだ。

 別に急ぎの用もないので反応を待つと、おもむろに口が開かれた。紡がれた会話は俺の素性を含めた過去と、その最期についてだった。


「…………ずっと辛かったよね。あんなに不思議な世界にいて、外に出られなくて」

「ギウ、ギウギウ」

「十三歳ぐらいまではまだ元気だったんだ。それから容態が悪化して、それからずっと寝たきり生活……、酷いこと思い出させちゃったね」

「ギウ? ギラウ」


 俺は「別に」と言った。確かに記憶が戻って嫌なモヤッと感はあったが、今はこうして元気にしている。それで十分過ぎるほどの幸福だ。

 何だかんだキメラの肉体も気に入っているし、神に対する評価を改めるべきかもしれない。そういった話をするとリーフェは笑ってくれた。


「クーちゃんは凄いね。私も見習わなきゃ」

「ギウ、ギウウン」

「明日は絶対に勝とう。そして二人で未来を拓こう」

「ギャウ!」

 俺の額とリーフェの拳が合わさる。心構えに作戦と、すべて準備万端だ。



 翌日の朝、魔術学園内の生徒たちは大いに盛り上がっていた。話題の内容は騎士科の特別授業に関してで、騎士団長の腕前を見ようと各学科で欠席が相次いだ。

 闘技場内は授業開始三十分前にも関わらずほぼ満席となっている。勝手に飲食の売買を始める者までおり、ポップコーン似の穀物菓子が爆売れしていた。


「――――みな元気があって良いことだ。イルブレス王国の未来は明るいな」


 一足先に騎士団長が闘技場に現れ、生徒たちから歓声が上がった。騎士団長もまた片手を持ち上げて応え、腰に差した剣を『一振り』だけ抜いた。

 本来騎士団長は二刀流だが、今日の戦いでは片方を封印する心づもりだ。クーとリーフェに対するハンデだが、決して見くびっているわけではない。むしろこれから起きる戦いに向けた期待の発露だった。


「…………あの者たちなら想像を超えた戦いをしてくれる。そんな期待で胸が躍る。二刀目の封印を解くこともあるやもしれんな」


 誰に言うでもなく呟き、晴天の空に剣を掲げた。闘技場全体に陽光の反射が煌めき、再び生徒たちが騒ぐ。騎士団長はそこから剣を振り下ろし、斬撃に乗せた魔力の波動で風を起こし、高く砂煙を舞い上がらせた。


「おや、観客席まで砂が飛んでしまったな。これは失敬」


 謝罪代わりに手を振ると、その方向にいた女生徒たちが黄色い声で発狂した。

 誰一人騎士団長の勝利を疑わず、素性不明の対戦相手を気にも留めていなかった。



 生徒たちの期待を一身に受ける騎士団長を眺め、俺は出場ゲートから下がった。奥の通路にはリーフェとココナが待機しており、緊張を抑えて息を整えていた。

 リーフェの服装は魔術科の深緑色ローブではなく、動きやすさを重視した革製の服に変わっている。下はスカートからショートパンツに替わり、上は黒のシャツと丈夫な防刃ベストを着ている。髪はポニーテールに結っていた。


「ギウ」

「クーちゃん、皆どうだった?」

「ギウガウ」

「そっか、やっぱりかなりの数いるんだ。私たちの力を見せるのが楽しみだね」


 不安は感じているようだが、それでもリーフェは強がってみせた。

 のどの調子を整えるために軽く歌が歌われ、俺の身体の中心がホウッと温かくなる。ココナも同じ感覚を得たようで胸元に手を置き関心した。


「…………なるほど、確かに力が湧く感じがある。これが歌魔法なのだな」

「正直使えるかは賭けだったけど、無事行けそうで良かったよ。じゃなきゃクーちゃんに頼りっきりになるし、勝ち目も相当薄かっただろうし」

「その勝ち目についてだが、昨日の作戦で本当にいいのか?」

「うん。ココナちゃんは私の護衛として動いて欲しいの。クーちゃんと騎士団長の戦闘で舞う瓦礫とかを対処して、最後に向けて力を温存していこう」

「分かった」


 簡単にだが作戦確認を済ませ、俺たちは全員で身体の向きを合わせた。手と体表を重ねて勝利への意志を交わし、オォと高く声を上げた。

 三人で並んで入場ゲートをくぐると、観戦席からどよめきが上がった。

 リーフェの退学がすでに広まっていたのか、珍妙な乱入者を見る目が向けられた。

 移動しながら理事長の姿を探すが、教員用の席にはいなかった。他の場所にいる可能性はゼロではないが、何となくこの場にはいない気がした。せっかくの機会なのにとガッカリすると、闘技場の入り口付近にマルティアを見つけた。


(おー、信じられないって顔をしてるな。まぁいなくなったと思ったリーフェが闘技場に現れて、騎士団長と戦うってなったらそうもなるか)


 マルティアはパタパタ慌て、マシな取り巻きと一緒に盛り上がっている。推しの活躍を見守るファンのようで、良いところを見せてやろうと意気込んだ。

 そうして闘技場の中心に到着し、騎士団長と対面した。騎士団側から審判を務める男性が現れ、『騎士団長に一撃でも入れれば勝利』と『リーフェ陣営はメンバー全員のダウンで敗北』の説明がなされる。真剣の使用も許可され、勝てば騎士団に所属する旨まで伝えられた。


「ふむ、舞台は整ったといった感じか。そちらの準備はもういいかな?」

「はい、改めてこの場を用意していただき感謝します」

「そうかしこまることはない。君たちの実力を確かめる他に、ココナがどれだけ強くなっているか計ることもできる。この戦いは願ったり叶ったりだ」

「…………団長、お手柔らかにお願いします」


 俺たちは決闘開始前に握手した。そして一定の距離まで下がり、互いに構えを取る。開始一分前を告げる銅鑼の重い音色が鳴り、観客は声を一様に止めた。


「――――行くよ、クーちゃん」

「――――ギウ!」

 俺はリーフェとココナの前に飛び出し、新たな戦闘形態へと変身した。

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