暴漢から助けたお姉さんが色々ポンコツだけど可愛いので許します。

真賀田デニム

第1話 俺はお姉さんを暴漢から助ける。


 誰でも人生で一度くらいは、らしくない行動をするんじゃないのか。

 

 例えば普段、全く持ち合わせていない正義感とやらが急に発露して、悪を成敗してやろうとかそんな――。


 今日の俺がそうだった。

 

 高校の帰り。馴染の本屋での滞在時間がいつもより長くなってしまい、時刻はすでに二〇時三〇分を回っていた。

 

 別に一人暮らしだから、帰りが遅いと親に怒られるわけでもない。だが、早く帰って飯(コンビニ弁当)を食べてシャワーを浴びたいという欲求が、俺の足を別の方向に向かわせた。


 それは本当に気まぐれだった。

 別の方向、つまり〝ちょっとした近道〟を俺はいつもだったら使わない。

 

 左右を林に挟まれたその近道は、その長さの割には街路灯がなかった。漫画のように月の明かりに照らされるわけでもなく、ただひたすらに暗く、不安を掻き立てる。


 何者かが木の奥から出てきそうで、ホラーの類が苦手な俺にその近道を通るという選択肢はなかったはずなのだが――。

 

 だから気まぐれなのだ。

 俺は足早にその近道を進む。入ってしまったことを後悔しながら。


 残りはあと一〇〇メートルくらいか。ここで何者に驚かされれば、一〇〇メートル走でのベストタイムでもでそうだな。なんて思ったそのとき。


(――ぃゃッ)


 誰かの声が林の中から聞こえた。

 今の声質からして女性だろう。


(だまれ、静かにしてればすぐ終わるから。なっ?)

 

 また別の誰かの声。これは男。


(ゃめ、て……っ)


(だから、黙ってろって)


(おねが……い、やめて……こんな、ひどいこと……)


(静かにしろってっ。す、すぐ済ませるからっ)


 ああ、これは。

 

 ここまでの流れでピンとこない奴はいないだろう。

 間違いなく、


「いやあぁぁっ」


「うるせーっつってんだろっ!」


 ドンッ。


 なんとか絞り出した女性の拒絶の声が、男の怒号によってかき消される。何か重い音が聞こえた気がしたが、今のは――、


「や、やめ、て……っ、誰か、たすけ」


「だまれって、言ってんだよッ!!」


 ドンッ、ドッ、ドンッッ。


 まさか、殴っているのか?


 刹那、脳裏にフラシュバックする父親の映像。酒を飲んで赤ら顔のその父親がお母さんをなぐりつける。理不尽に何度も何度も。助けに入ればこっちも殴られる。だから俺はそれが怖くてお母さんを守ってやれなくて――。


 でも俺は本当は――……っ。


「……や、ぃや、お、お願い、だか、ら……」


「頼むって。これ以上怒らせないでくれよ。ずっとさ、ずっと好きだったんだよ。一目見たときからずっと。なのに俺のこと無視するから、だから、だから俺にこんなことまでさせちゃってさぁッ! おめえがわりぃんだよっ!」


「う、ううぅ、やめて……」


「だからぁ、うるせぇって――」


 無意識だった。

 俺は林の中に飛び込むと「うわああああっ」と叫んだ。


「な、なんだぁっ!?」


 男の声が聞こえる。

 それで方向は分かった。だが、暗くて全く見えない。俺はスマホを取り出すと、ライトを付ける。

 

 いた。ライトの光に照らされる男が。

 自身に向けられるLEDの光を鬱陶しそうにしている、四〇がらみの男。「いや、これは……っ」と、悪事を照らし出された男の表情は動揺に満ちている。

 

 その暴漢の下には襲われている女性がいた。上着をはぎ取られたのか、露出の多い白い肌には紫のブラジャーのみ。そのブラジャーも外れ掛かっていて、今正に俺の目の前で外道の所業が明るみとなった。


 理不尽な暴力にさらされる女性のその姿が、お母さんに重なる。

 何かが頭の中でプツンと切れた。

 

「お前……クソがぁぁぁぁっ」


 男に向かって走る俺は、そのまま体を暴漢にぶつける。勢いが強すぎたのか、俺は暴漢と一緒に地面に倒れ、転がった。


「いってぇ。あ? ガキかよっ」


 声と体格から、俺が二〇歳に満たない子供だと分かったのか、暴漢の態度が豹変する。


「うおおおぉぉぉっ」


 俺は恐れを消し飛ばすかのように叫びながら、暴漢を殴りつける。なんどもなんども。

 

 人を殴るのは初めてだというのに、こんなにも殴り続けることができるとは思わなかった。それだけ俺は怒っているのだろうか。自分事だというのに、客観視している俺がいた。


「今のうちに逃げてくださいっ」


 俺は女性に声を掛ける。刹那――。


「て、てめえっ!!」


 という暴漢の声が聞こえたかと思うと、視界で火花がはじける。

 頭を横から思いっきり殴られたようだ。

 

 俺のパンチは効いていなかった? 全部、腕で防御されていたのか? じゃなかったら殴り返してこれるわけが――……。


 あれ? やばい。意識が飛んでいく。うそだろ? 一発食らっただけだぞ。

 待て。待ってくれ。俺が意識を失ったらあの女性はどうなってしまう。

 また襲われてしまうんじゃないのか。


 くそ、くそ、くそっ。


 ごめん、ごめん、本当にごめん――


 お母さん。



 ◇



「――お母さん」


 俺はゆっくりと目を開ける。

 目の前には真っ白い天井。背中にはベッドのような柔らかな感触。そして、鼻を刺激する消毒液や薬品のそれに似た臭い。

 

 なんだろう、別段居心地がいいわけでもないのに、妙な安心感を抱かせるこの感じは。


 ――病院?

 

 俺はそれを確かめたくて周囲に目を向ける。すると予想通り、病院としか思えない空間がそこにはあった。

 

 そのとき、顔を背けていたほうから気配がした。

 俺は振り向く。椅子に女性が座っていた。女性は首を傾げるようにして寝ている。すると俺の視線に気づいたかのようにゆっくりと目を開け、途中でパッと見開いた。


「あ、起きたんだっ。良かったぁ」


 目鼻立ちの整った、それいで柔らかいフェイスラインの大人っぽい顔。背中まで伸びたエアリーなウェーブヘアもとても似合っていて、フェミニン系特有の色気も滲みでている。

 

 視線を下に降ろせば、やけに胸の張ったピンクのニット(メロンでも入っているのか?)。スカートはシトラスグリーンのタイトなもので、立てばそのスタイルのよさが一層際立つだろうなと確信できた。


 更には、病院特有の臭いを押しやるように、女性から発せられる甘美な匂いが俺の鼻孔をくすぐってくる。


 そういったことも含めて、眼前の女性はとにかく美人だった。


 そして――俺の第一声はこれだった。


「あの、?」


 こうして俺とお姉さんのどこまでも甘く、且つ残念なラブコメは始まったんだ。

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