第51話 二度目の案件動画も身内だった件

「わーわー…。燃えてますねぇ、前の会社。

ここぞとばかりに内部告発が多発してますし、潰れちゃうんじゃないですかねぇ」

「僕の時を思い出しますね」


事務所のカフェテリアにて。

スマホに流れるネットニュースを前に、フタリさんが興味なさげにこぼす。

対岸の火事を見てる感じが、もはや懐かしい。

僕の場合は前職に愛着があったから引き摺ってたけど、フタリさんの場合はそれがカケラも見られない。

本当に嫌だったんだなぁ。

よく10年もの間、耐え忍んだものだ。

僕だったら一ヶ月で辞表を叩きつけてる。


「本当、なんで私らの周りって、ネットでキャンプファイアーしかねない着火剤が多いんですかねぇ」

「そういう星の下に生まれたって割り切ると楽ですよ」

「テラスくんの場合はまだマシじゃないですか。

私の場合、実の親までもがファイアー案件なんですよ?」

「違法薬物の売買、殺人も視野に入ってるビジネス、人に言えない風俗への人身売買、その他もろもろやらかしてた巨大新興宗教の幹部ですもんねぇ」


僕らの場合は身内に恵まれてたけど、フタリさんは身内が終わってたからなぁ。

よくこれでマトモな子に育ったものだ。

…いや、フタリさんの場合、家庭環境のストレスで生まれた「誰が見ても真面目で普通の人格」なのだけど。

しみじみとそんなことを思っていると。

マネージャーさんが凄まじい勢いでこちらへと走ってくるのが見えた。


「テラス先生!!」

「…またなんかしましたか、僕?」

「本気でやらかしてそうですよね、テラスくんって」

「あ、いえ!今回は違ってですね…。

案件です!案件が来たんですよ…って、なんですか、その顔?」


今の僕はきっと、チベットスナギツネみたいな表情を浮かべていることだろう。

自分のことながら、またやらかす未来が透けて見える。

僕は表情を緩めることなく、マネージャーさんに問いかけた。


「……獄中堂々のやつじゃないですよね?」

「違いますね。今度は大人気漫画、『ラスト・ハンズ』の格闘ゲームですよ!

これでコトバさんと対戦してもらいます!」


ラスト・ハンズ。少し前まで週刊誌にて連載されていた、ファンタジー漫画である。

ファンタジーと言っても、頭に「ダーク」どころか「ダークネス」が付くくらいに陰鬱な展開が続き、「人の命をなんだと思ってるんだ」とかいうセリフが飛び出る割には、やたらと心を抉る死亡シーンが多い。

過去編までガッツリやったメインキャラクターが、次の章で遺言すら残さず、エグい死に方するような鬼畜展開まであるくらいだ。

誰が呼んだか、「推しが死んだオタクの気持ちを簡単に味わえる漫画」である。

僕はサブカルチャーには疎い方だが、この作品については作者に次いで詳しい自信がある。

僕は深いため息を吐き、深くなった眉間の皺を伸ばすように指を当てた。


「…世間狭っ」

「その作者、テラスくんの妹さんですよぉ」

「………ぁえ゛っ!?!?」


マネージャーさんが素っ頓狂な声を上げる。

何を隠そう、ラスト・ハンズは、僕の妹が描いている漫画なのである。

つくづく世間は狭い。

僕は「保険のために言いますけど」と、マネージャーさんに前置きした。


「今回ばっかは、流石にネタバレ要素は知りませんからね?」

「もし知ってたら、ギャラ良かったのに断ってましたよ…」

「まぁ、キャラクターの誕生秘話程度だったらすると思いますけど」

「その程度だったら是非…、あ、いや、物語の根幹に関わる部分はぼかして!」

「わかってます」


流石に前回みたいな炎上はしたくない。

僕は気を引き締めながら、当日のスケジュールを頭に叩き込んだ。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「どうも、案件動画でやらかさないか不安で震えてました、陽ノ矢 テラスと」

「ラスハンはラスティ様推し!言霊 コトバです!」

「えー、今回は大人気漫画、『ラスト・ハンズ』の格闘ゲーム、『ラスト・ハンズ・シェイク』を先行プレイさせていただけることになりました」


コメント:信じられるか…?パッケージにいるやつら、8割死んでるんだぜ…?

コメント:生き残ってるやつを探す方が難しい定期。

コメント:ハンドシェイクできましたか…?

コメント:↑やめろダボハゼ。

コメント:タイトルがこれ以上なく心を抉りにくるのなんなん?

コメント:【速報】コトバ様、未亡人。

コメント:ラスハン知らんのやけど、ラスティ様って誰ぞ?

コメント:古本屋行って泣け。アレは語るもんじゃない。

コメント:二次元の地獄と三次元の地獄を掛け合わせるな。


作品に対するコメントばっかだ。

まぁ、キャラゲーを実況するとなると仕方ないことではあるのだけど。

そんなことを思いつつ、僕は注意事項を述べる。


「えー、このゲームにストーリーモードはありませんが、キャラ同士のある程度の掛け合いはあるので、ネタバレ注意になります。

前回みたく、ネタバレになりかねない体験はないので、ヘマはしないと思います」

「先生、それ身内に作者居るって言ってない?」

「ああ、コトバさんにはまだ言ってませんでしたね。

ラスハンの作者、僕の妹です」

「………………ぱーどぅん?」

「漫画家、『うずま いまい』は僕の妹です」


コメント:ファっ!?!?

コメント:これマ?

ヒトエ フタリ/フタリ ヒトエ:マジ。

テラス嫁:マジ。

テラス義妹:マジ。

MAIC:マジ。

テラス弟:マジ。

ヨイヤミ フチロ:マジ。

コメント:いつもいつも証人強すぎなぁい…?

コメント:世間って狭いね。

コメント:案件動画、全部身内じゃねぇか!

コメント:長男Vtuber、長女漫画家、末っ子ゴリラ…。なにこの家庭?

コメント:ワイ、テラスにわか。情報が濃すぎて胸焼けするんだけど。

コメント:これがテラスの洗礼やで。


どうせ後々バレるんだ。

先に言っといた方が楽だろう。

僕は一昔前のコントローラーに近いものを握り、スタートボタンを押す。

数秒のロードが入った後、モード選択画面へと移り、僕はその中から対戦を選ぶ。

と。まるで絢爛なステンドグラスを模したキャラクターウィンドウが、画面に広がった。


「ああ、こんなにキャラいるんですね。

妹が中学の頃にノートに殴り描いてたキャラもちらほら」

「え、どれ?」

「んー…。多すぎて判別しきれませんけど、コレとかそうですね」

「………ラスティ様じゃん」

「早々に殺すことを決めてましたね。

『主人公に想いを伝えきれずに後悔と失意の中、無意味に死んでいくキャラが描きたい』って願望から生まれた悲しき存在ですよ」

「やめて。泣く」


コメント:グワーーーーッ!?!?

コメント:ラスティ民を確実に殺しにくる情報をありがとう勘弁してくれ。

コメント:致命傷なんだけど。

コメント:いまい先生の人の心どこ…?

コメント:キャラへの愛が歪すぎる…。

コメント:「俺たちの命は死ぬためだけのものじゃない」ってセリフを考えた人間とは思えん鬼畜っぷりで草も生えん。

コメント:人気投票一位のキャラが、「命の尊さ」って作品のテーマに全力で逆らって生まれたの悲しすぎるだろ。


アイツ、創作の時だけはサイコパスみたいな思考回路してるぞ。

道徳倫理のテスト受けたら0点だと思う。

僕はそんなことを思いつつ、目についたキャラクターを選ぶ。


「まずは適当なキャラで一戦、やってみましょう。

僕もコトバさんも操作がわかってないので、格ゲーマーの方々には見苦しいプレイを晒すでしょうが」

「先生!対戦中は裏設定暴露無しね!?」

「わかってます」


コトバさんがラスティ様と呼ばれたキャラクターのアイコンを選び、スタートボタンを押す。

僕もそれに続いてスタートボタンを押し、1戦目が開始した。

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