第50話 闇を競え、ブラックバトル その3 〜飛んで火に入る夏の虫〜

「ちょっと休憩入ります。

流石に疲れました」

「私も休憩しますぅ。ちょっと、殺意に歯止めが効かなくなってきたのでぇ」


配信が始まって、かれこれ二時間。

ネタ切れはなかったが、逆にありすぎて選ぶのに困るという状況を何回か繰り返し、僕たちは休憩時間をはさむ。

流石に嫌な記憶ばかり想起するのは疲れる。気分も落ち込むし。

そんなことを思っていると、フタリさんがふと、口を開いた。


「ライブプラス…っていうか、茶道グループ傘下の企業って、なんか全然悪い噂聞きませんねぇ。なんででしょう?」

「『法律に触れたら面倒な支出が増えるから、まずやるな』って御触れが出てるみたいですよ。

どんな手を使ってるかは知りませんが、やった途端に見つかって、クビを切られるそうです」

「……想像つきますけどねぇ、あの代表なら。

あ。知らない方のために言うと、茶道グループの代表って、MAICちゃんの妹なんですよぉ」


コメント:ま???

コメント:割と有名な話だぞ。それでMAICも本名バレてる。

コメント:妹っていうと、MAICと年齢近くても30代前半か。やばっ。

コメント:↑高2やで…(小声)

コメント:ファっ!?!?

コメント:高2で日本経済支えてる企業グループの代表になってんのほんま頭おかしい。

コメント:なんで茶道なん?

コメント:代表が中、高と茶道部だから。去年のインタビュー記事より抜粋。

コメント:適当すぎて草。


本当に適当だよな、そこらへんのネーミング。

ライブプラスって名前も「シャワー浴びながら3秒で考えました」とか言ってたし。

あの子が最初に作った会社の名前なんて「お茶」だぞ。

飲料メーカーだからという理由があるにしても、適当すぎる。

…まあ、おかげでわりと好き勝手出来てるんだけど。

教職よりか、Vtuberの方が気を使うことは少ないなぁ、と思いつつ、僕たちは休憩中の雑談に花を咲かせる。


「まさかオムツを変えたことのある子に拾われるとは、世の中わかんないもんですね。

……あれっ?僕、もしかしてだけど、コネ入社に見えなくもない?」

「コネ入社は私の方ですよぉ。

テラス先生の場合、最初は普通に面接して通ったって言ってたじゃないですかぁ」

「んー…。マネージャーさん、そこんとこどうなんです?

…カンペによると、僕の方は『普通に面白そうだから起用したら人脈がヤバすぎてビビった』…ですって」


コメント:俺らも現在進行形でビビってる。

コメント:世間狭すぎん?

コメント:コトバ様、有名歌手、天才芸術家、大学教授、売れっ子小説家、元傭兵、企業代表、エトセトラ…。なんこれ?

コメント:イラストレーターさん、元は紛争地出身じゃなかったっけ…?(小声)

言霊 コトバ:先生の人脈がおかしいの、生徒どころか教師の間でもめちゃくちゃ言われてたから。

コメント:言われへん方が不自然やわ。

コメント:嫁さんがバリキャリなのが霞む霞む。

テラス嫁:他が異常すぎるだけやろ。

コメント:↑アンタも大概なんですがそれは。


これでも氷山の一角だぞ。

同じレベルでヤバい奴らがゴロゴロしてるからな、僕の知り合い。

そんなことを思いつつ、僕は話題を切り上げた。


「さ、休憩はこれくらいにして、次にいきましょうか。

えっと、どっちからでしたっけ?」

「テラス先生ですぅ」

「ああ、そうでしたね。

じゃ、休憩明け一発目は、コトバさんのやらかしから行きましょうか」


言霊 コトバ:心当たりが多すぎてどれかわからないけどやめてください。

コメント:何言ってもコトバ様の株は下がらないよ、安心して。

コメント:ヒント…下限。

コメント:ヒントちゃう。答えや。

コメント:コトバ様が今更アホを露呈したところで誰も驚かんわ。

白百合 スノウ:むしろ興奮する。

言霊 コトバ:↑疾く去れ。目障りだ。

コメント:天敵前にするとIQ高くなるの草。


そのIQ、学業に発揮してくれないか?

文句が出そうになるも、僕はなんとかそれを飲み込んで、当時の思い出を語る。


「『やる気がないなら帰れ』って、生徒指導の先生がよく言ってたんですよ。

友人がそう叱られてるのを横で聞いてたコトバさん、何を思ったか『はいっ!』てめちゃくちゃ真面目に返事して、猛スピードで帰ってったんですよ。生徒指導の先生が唖然とするくらいのダッシュで。

その日、テスト前の問題作りでアホみたいに忙しいのに、親御さんともども呼び出して大説教です。

生徒指導の先生にめちゃくちゃ小言言われるわ、業務全然進まんわ、もう散々でした」

「…えっと、アホというかなんというか…」


言霊 コトバ:申し訳ございませんでした。本気で帰っていいって思ったんです。

コメント:↑本気で思った時点で救いようないレベルのアホやで…?

コメント:フタリさんにもバカにされてて草。

コメント:従ったのがコトバ様の友人に向かって言った罵倒ってのもポイント高い。

コメント:ワイ、おんなじようなことやらかした学生。今度からは帰らんようにする。

コメント:↑やらかすな。

コメント:ただでさえ保護者とかから圧力かかってんのに、苦労を共有すべき同僚からも小言言われるとか頭おかしなるで。


その教師、次の年には麻薬所持で捕まってたけど。

生徒指導すべき立場で何やらかしてんだか、と今更ながらに思いつつ、僕はフタリさんに続きを促した。


「じゃ、次どうぞ」

「はぁい。…んー、そうですねぇ。

またクソブタの話になるんですけど、アイツ散々社内の女に手ェ出しといて、全然満足できなかったのか、業務中に風俗行ってたんですよね。しかも、残業申請して毎度毎度通してたんで、私らのサビ残代、アイツ吸われてるって思ってました。

極めつけに、その費用って横領した金だったんですよ。

政治家に知り合いがいるとかで、横領がバレても揉み消してたあたり、もう地獄に落ちるだけじゃ生ぬるいと思います」

「語るたびに殺意漏れてますよ」

「そりゃ出来ることなら…、あ、コンプラ違反になりそうなんで、これ以上は言わないでおきますねぇ」


コメント:こんなクリーチャー、世の中におるんやなぁ…。

コメント:カゲロウのがまだ命の価値ある。

コメント:最長でも2週間しか生きん命より軽い命は草。

コメント:親の金食い潰すだけのワイがまだマシに思えてきた。

コメント:↑どっこいやで。

コメント:下手に地位のあるボンクラほど腹立つもんないな。

コメント:先生みたく、身バレしたらとんでもないことになりそう。


僕からしたら、対岸の火事だったけど。

なんか知らん間に解決したしな、アレ。

確か、裁判も終わって、塀の向こうに行ってるんだっけか。

僕がそんなことを考えていると、フタリさんが画面を見て声を上げる。


「……すみませぇん、マネージャーさん。

私のこと名指しで『名誉毀損で訴える』とかコメント欄で言われてんですけどー」

「気にしなくても大丈夫じゃ…、あ、秒でIP特定されてますね」


特定班ってすごいなぁ。

そんなことを思っていると、続く「ハッピーカンパニー」という社名と思しき文字列に、フタリさんが顔を顰める。


「………私の前の職場の名前出てるんですけど、なんでですぅ?」

「IPアドレスって、いわばインターネット上の住所なんです。それで特定されたわけです」

「ああ、なるほど」


わざわざ自分で死ににくるとか、フタリさんの言うクソブタって、相当なアホなんだな。

飛んで火に入る夏の虫とはこのことか。

元凶の自滅により、爆速で流れてくコメント欄を横に、僕たちは時間が来るまで愚痴を言い合った。

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