第38話 先生の子育て(弟)奮闘記 その1

「なぁ。弟くんの成長記録的なの、配信してみん?」

「ウチの弟まで見せ物にする気か」


暑い日差しが続くこの頃。

ベーコンを頬張り、とんでもないことを言い出した嫁に、僕は軽く怒りを吐き出す。

確かに、弟も僕並み…。いや、僕以上に濃い人生を送っている。

話題を出せばそこそこに伸びるだろうが、弟の許可が降りなければ、それをメインに据えた配信は、あまりしたくない。

面倒なことが大嫌いな弟のことだ。きっと、許可を出すことはしないだろう。

そんなことを思っていると、嫁が「ふっふっふっ」と笑い声を漏らした。


「実はもう許可貰っとるんやで」

「んぶっ!?」


言って、くっきりと弟の名前が刻まれた紙を見せる嫁。

嘘だろ、おい。どんな魔法を使ったんだ。

もしくは袖の下か?

僕がそんなことを思っていると、嫁が携帯をいじり、ある動画を再生した。


『ぶは、ぶはははっ!!はは、似合いすぎてて、ぶ、ぶふふふっ!!』

『笑える可愛さね。頑張った甲斐があったわぁ』


画面の中心に立っているのは、金色の髪を腰にまで伸ばし、青を基調としたゴシックロリータに身を包み、化粧を施した美少女。

彼女は画面の端で笑い転げる店長の娘と、弟の友人であるゴスロリ少女に向け、恥辱に押しつぶされた声を漏らした。


『テメェら、ごろずっ…!!』


前言撤回。美少女じゃなくて、美少女に扮していた弟だった。

「声を除けば美少女」という状況は、僕の黒歴史を彷彿とさせる。

共感性羞恥によって湧き上がってきた恥辱に、僕が眉を顰めていると。

弟がカメラの方を向き、ぎょっ、と目を丸めた。


『ん!?ちょっ、義姉ちゃんマジで撮ってんの!?待って待って待って!?

おいテメェら笑ってんじゃねぇ!!』

「な?許可取れた理由、わかったやろ?」

「……あ、はい」


多分、「許可すれば消す」って条件で迫ったんだろうなぁ。

それで消してないあたり、コイツの性格の悪さが滲み出てる。

僕が呆れていると、嫁はウキウキしながら、実家に置いてる筈のアルバムを広げた。

…多分、僕のやつもあるよな。いや、絶対にあるよな。


「わかりました。やりましょう」


すまない弟よ。兄はお前を売る。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「どうも、弟との仲はそこそこいいですが、今回の配信で亀裂が走りかねないと戦慄してる陽ノ矢 テラスと」

「その嫁ちゃんやでー」


コメント:待ってたぜ、この時をよォ!

コメント:弟くんの失恋を語ってくれ!

コメント:弟くんの女装写真とかない?

コメント:久しぶりに嫁さんのモデルがまた見れただけで満足。

コメント:もっと嫁さんも配信出て。

コメント:嫁さん、本業の方は大丈夫なん?

コメント:↑しばらく休業するって書いてあったから大丈夫なんじゃね?


ああ、とうとう始まってしまった。

弟が見てませんように、と思いつつ、僕は今回の企画について説明する。

…企画といっても、ただ弟が生まれた時から今までの記録を見返していくだけなんだけど。

そこまで説明すると、僕は弟についての紹介に入る。


「ギャルゲーをやっていた方なら知ってるかもですけど、弟が生まれたのが僕が高二に上がるちょっと前ですね。

ちょうど、店長の娘が生まれたあたりです。

つまりは幼馴染なんですが、今は腐れ縁みたいな関係に落ち着いてます。

…まあ、僕と嫁みたいに、最終的に好き合うような関係ではないですが」

「アレは確実に恋に発展せんやろなぁ。

なんせ、弟くんの好みがヒトエちゃんらみたいな『めちゃくちゃ強がってるけど、確かな弱さがある人』やし。

アレ、正反対やん。神経が店で出てくるアスパラのフライくらい太いやん」


コメント:弟くん、全国規模で女の好み晒されてんの草。

コメント:店長の娘さんが問題児なのはわかった。

コメント:性癖、完全にヒトエちゃんらに歪められてるやん。

ヒトエ フタリ/フタリ ヒトエ:マジか。今でも引きずってんの?

コメント:無自覚なのが1番タチ悪い。

コメント:ヒトエちゃんは弟くんの告白を一回受けておくべきだった。

コメント:↑当時3歳ぞ?

コメント:冗談にしか捉えられんわなぁ…。


ああ…。弟がブリッジしながら羞恥に悶えている姿が目に浮かぶ。

多分、数日…いや、数年は友人にこれでもかと馬鹿にされるだろう。

アイツの友達、みんな性格がありえない方向に捻じ曲がってるしなぁ。あ、僕らもか。

そんなことを思いつつ、僕は画面を操作した。


「顔は隠してますが、この抱っこされてる赤ん坊が生まれたばっかの弟です。

抱っこしてるのがウチのじいちゃん。

現在85で、バチクソ健康です」

「むしろ、体積は増えてへん?」

「……増えてますねぇ。なんでだろ?」


コメント:えっと…。先生のおじいちゃん、ムキムキやな…。

コメント:「外国の方」って情報が吹っ飛ぶくらいムキムキなの草。

コメント:こんなん赤ん坊泣くやろ。

MAIC:ところがどっこい、めっちゃ笑顔。

コメント:うせやろ?……うせやろ???

ヨイヤミ フチロ:マジ。

コメント:証人いるの強い。

コメント:弟くんから注目逸れ始めてて草。

コメント:85で、これよりムキムキなん…?

コメント:バケモンで草。


おっと、いけない。注目がウチのじいちゃんに寄り始めてる。

僕は写真をスライドさせ、嫁に抱えられた一歳の弟の横で、僕がずぶ濡れになっている写真へと切り替える。


「んで、これが一歳の頃。

流石は僕の弟というべきか、かなりのトラブル体質でして。

この時は…確か、強盗犯に人質にされたんでしたっけ?」

「うん。それで店長になんとかしてもらったはいいけど、弟くんが派手に飛んでなぁ。

旦那が頑張って受け止めようとしたんやけど、ウチんとこ飛んできたからウチが受け止めて。

んで、旦那はその勢いのまま川にドボン。二月やったし、見事に風邪ひいとったわ。

あ、こん時はコイツも弟くんも怪我しとらんで。濡れただけ」


コメント:ヒェッ…。

コメント:先生らの住んでる地域、治安悪くなぁい…?

コメント:治安悪いの一言で済ますな。

コメント:どっちにも怪我なかったのは救いやったな。

コメント:そもそも誘拐されないような街づくりを務めた方がいいのでは…?

ヨイヤミ フチロ:「ゴリラになる」が最適解。

コメント:嫌すぎるけど、そんくらいしか解決策思い浮かばんのホンマ…。

コメント:むしろゴリラが何体かいてここまで治安悪いとか奇跡よ。


全くもってその通り。

月一の頻度でゴリラどもが伝説を作ってるのに、いまだに治安の改善が見込めないのは何故だろうか。

…多分、僕らの周りだけだろうけど。

そんなことを思いつつ、僕は次の写真に移った。

大きさ、顔つきからして3歳くらいの頃のものだろうか。男泣きのように顔を隠し、涙をこぼす弟を、義妹が宥めている。

僕には見覚えのない光景だ。

訝しげに眉を顰め、僕はわざとらしく疑問を口にした。


「見覚え無いですね、コレ」

「そらそうやろ。失恋したばっかの弟くん本人が『にいちゃんにはないしょ』って妹に釘刺しとったからな。

ま、もうだいぶ経つし、ええやろ別に」

「失恋って、前に言ってた?」

「おん。ヒトエちゃんに花持って行こうと思ったら、お前に向けた笑顔見て『自分じゃこんな顔させられんな』って思って身を引いたんやと」

「3歳ですよね?3歳でしたよね??」

「今流行りの転生モノとかやろか」

「占い師によると、弟の前世はマウンテンゴリラだったそうです」

「今世でもゴリラやんけ。

前の正月、イギリス義祖父さん家にお邪魔した時、薪割りを素手でこなすどころか、木材引き千切っとったの見たぞ」


コメント:草。

コメント:弟くん並みの強さがあったら先生も怪我せんかったんやろなぁ…。

言霊 コトバ:↑前提が逆。先生みたいな目に遭ってもいいようにって鍛えさせた。

コメント:弟くん、精神年齢も高くて筋肉もあるとか、完璧か?

コメント:ゴリラすぎてむしろマイナス。

コメント:木材って、普通手で引きちぎれるようなモンじゃないんですがねぇ…。

コメント:店長とクソレズ義妹ちゃんも出来そう。

コメント:誰も触れてないけど、この写真のクソレズ義妹ちゃん、めちゃくちゃ母性あって好き。

コメント:ほんそれ。

コメント:弟くん、次の恋は義妹ちゃんとかじゃなかったんか?

MAIC:なかったね。てか、失恋のショックデカすぎて、恋愛観全く育たなくなっちゃったね。余程の子が現れないと、恋とかしないと思う。

コメント:弟くんの人生めっちゃ歪まされてて草。


最低限の良識と常識は叩き込んでるから、大丈夫だとは思う。

恋愛については、心苦しいけど責任を取りきれない。いい子が現れるのを待つくらいだ。

そんなことを思ってると、携帯が鬼のようにバイブレーションを繰り返す。

バレたな、と思いつつ、僕はそれを無視して次の話題に移った。

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