第21話 嫁作ギャルゲー その4
「結構、好感度稼げてきましたね。
一緒に事件やらなんやらを解決して回ってたので、当たり前感ありますが」
コメント:何度目かも分からないけど言わせて?コイツの青春なんなんだよマジで。
コメント:普通、高校生はこんな頻度で事件に巻き込まれないんよ。
コメント:こんだけターゲットにされて生き残れてるのが不思議。
コメント:↑ありがちな「主人公は敵組織関連以外になかなかピンチにならない」とかじゃなく、ガッツリ狙われてるってのがまた…。
コメント:にしても狙われる頻度高くね?
コメント:周り美少女だとヘイト買うかもだけど、普通ここまでじゃねぇよ…。
コメント:俺らが思ってた数百倍は苦労してたんだな、コイツ…。
コメント:そりゃ表情筋死ぬわ。
コメント:前世でありとあらゆる犯罪やったとかじゃないとこんな目に遭わないだろ…。
コメント:教職とかいうブラックでやってけるわけだ。学生時代にもっと酷い目に遭ってんだもん。
画面に映る凄絶な青春を前に、視聴者が一様にドン引きしてる。
それも無理はない。出くわす事件のほとんどが、僕をターゲットにしてるのだから。
銀行強盗に人質にされたこともあれば、通り魔に腹を刺されて搬送されたこともある。
もう15年は経ったが、いまだに身体中に手術の痕があるせいで、気軽に温泉に行けないのがキツい。
そんな悲惨な目に遭いながらも、病みに病んだ女五人を相手にカウンセラーしていた僕を誰か褒めて欲しい。
そんなことを思いつつ、僕は次の日付に進んだ。
「…っと、この日ですか。
この日は…、嫁と過ごさなきゃダメですね。
これ、一定以上好感度ないとどうなるんでしょうか?」
コメント:あっ(察し)
コメント:とうとう来たか…。
コメント:まだ一年の5月よ?早すぎん?
コメント:入学一ヶ月で波乱すぎるだろ、コイツの青春…。
コメント:発言の一つ一つが重すぎる…。
言霊 コトバ:だから地獄と言ったんだ。
コメント:地獄過ぎるわ。
コメント:先生の声でコトバ様のアホエピソードが聞きたい…。こんな闇の深い話聞きたくない…。でも気になるから聞きたい…。
コメント:どんな人生送ってたらコレをゲームにしようとか思えるの?
テラス嫁:↑今画面に映っとるやんけ。
コメント:そうだった…。
コメント:キャッキャウフフなギャルゲーを期待してたのに、中開けたらクソみたいな地獄が煮詰まっていた件。
コメント:↑なんてラノベ?
この日付はよく覚えている。
僕はカーソルを嫁のアイコンに当て、決定ボタンを押す。
と。嫁は僕を見るなり、駆け足でその場を去っていった。
追いかけるかどうか選択肢が現れるが、僕は迷わずに「追いかける」コマンドを選ぶ。
僅かな暗転とロードを経て、フェンスの向こう側に立つ少女のイラストが広がる。
5月1日。重度の人間不信を患った嫁が自殺を図った日。
脳裏に16年前の景色が鮮明に浮かぶ。
同時に、すでに治った足に、鋭い痛みが走ったような気がした。
『…なんのつもりですか?』
『お前ならわかるやろ。なんせ、2回もおんなじ死に方を見とるんやから』
「『小学生の頃、僕は2人の友人を失った。
どちらも屋上から飛び降りて、僕の目の前で地面に叩きつけられた。
呼吸がはやる。心臓がうるさい。
僕の顔は、情けない表情を浮かべていることだろう』」
コメント欄が阿鼻叫喚だ。
とうとう直面した自殺イベントを前に、僕は軽く息を吐く。
画面の向こう。空想の世界の出来事だとわかっていても、やはりこの空気は慣れない。
「もう助けた」とわかっていても、すぐそこに同じ目をした彼女が立っているような気がする。
息が詰まっているような感覚を誤魔化すように、僕はモノローグを読み上げた。
『見ぃ。ウチのこの傷を。
ただ「気に食わん」ってだけでハブられた挙句につけられた傷や。
一歩間違えてたら、死んでた。
ウチの人生なんて他人にとっちゃ、簡単に捨てられるようなモンなんやって。
誰がウチのことを捨てるかわからんのが、普通なんやって』
『だから、自分で捨てるってわけですか?』
『おう。自分のモンや。自分で捨てて何が悪いんや?
むしろ、自分で捨てられるだけ幸せやろ』
いつ誰に殺されるかわからない恐怖。
それは女子高生1人を狂わせるには、十分すぎた。
16年も前だが、思い出せる。
画面に走る文字列は、確かに僕と嫁が屋上で交わした言葉だ。
夕焼け空もフェンスの歪みも、何もかもが僕の記憶をそのまま画面に落とし込んだように、細かく再現されている。
延々といじめられたことを語る少女を前に、選択肢が浮かぶ。
「馬鹿なことはやめろ」と言うか、彼女の元に行くか、好きにさせるか。
僕はカーソルを真ん中に合わせ、決定ボタンを押した。
『来ん方がええよ。ウチを殺したって思われてまうで?』
『そんな優しいことが言えるのに、誰かと関わるのは怖いんですね』
『…アンタと百合は例外や。
ずっと、一緒に育ってきたもん』
『じゃあ、これからも育ちましょうよ。
これ以上、一緒に卒業式に出れない友達が増えるのはごめんなので』
『…ごめん。無理』
『……ちょっと待っててください』
画面の向こうの僕は言うと、靴を脱いでフェンスをよじ登り、彼女の隣に立つ。
パチクリと目を丸くする彼女を横に、「高い」という当たり前の事実を、語彙を振り絞ってモノローグに浸る主人公。
せいぜい、「高い」としか思っていなかったけどなあ。
そんなことを思いつつ、僕は彼女の手を握った。
『これで一連托生。君が飛び降りたら、僕も死ぬことになります』
『なっ…!?は、離して…っ!!』
『無理です。君の力で僕が振り解けるわけないでしょ』
『ぐっ…、ひ、卑怯やで!?』
『こうでもしないと死ぬでしょうが。
人にトラウマ押し付けて1人だけ満足に死のうとか、頭がいいくせにアホなこと考えないでください』
「…ここまで再現しますか。恥ずかしいんですけど」
ここで折れてくれたら、怪我もしないハッピーエンドだったのだが。
嫁が惚気て回るコメント欄を横目にそんなことを思いつつ、僕はテキストを進めた。
『…じゃあ、一緒に死んでくれるん?』
『いえ。ただ、君の隣にいるだけです。
君が自殺を思いとどまるまで、ただ話をして、ただ一緒にいるだけです。
僕と少し話をしてから、生きるか死ぬかを決めてください。
それでも死にたいっていうなら、一緒に飛び降ります。今はそれで我慢してください』
『……わかった』
この時は、お互いに寂しかったんだと思う。
僕は高校までの人生で、親友を2人もいじめの末の自殺で失っている。
それに加え、あまりにも理不尽な不幸がこれでもかと身に降り注ぎ、自暴自棄になっていた時期でもある。
ここまで言えばわかるだろう。
彼女の自殺を止めた理由は、これ以上心を削りたくなかっただけなのだ。
『昨日の晩御飯、何でしたか?』
『…カレー。お肉いっぱいのやつ。
…アンタも一緒に食べたやん』
『そうでしたね。スパイスから作ってみたんですけど、美味しかったですか?』
『…ん。美味かった』
『そういえば。ウチのバイト先で新しい商品を作ってみたんですよ。
チョコプリンです。甘いもの、好きでしょ?
今度、食べにきませんか?奢るので』
『……ははっ。ドケチのアンタが奢るんやったら、行こっかなぁ』
他愛のない会話が続く。
と。そこで初めて、少女の相貌から涙が溢れた。
『なんで…、なんで、今更助けるんよ…!
なんもかんも信じれんくなりたいのに、なんで止めようとするんよ…!!』
『そんなの僕もですよ。
僕だって、全部を疑えば楽だと思います』
『なら、なんで…』
『カレーも、チョコプリンも美味しい。
そういう変わらずに好きなモノを、二度と純粋に味わえなくなるのが嫌なので』
『……は?』
主人公は言うと、困惑を露わにする少女に淡々と語る。
こんなことも言ったなぁ。
人に誇れない黒歴史を前に、僕は羞恥に口をつぐんだ。
『○○くんが自殺した時の晩御飯は、ゲロの味がしました。
■■くんが自殺した時の晩御飯は、クソの味がしました。
その時のメニューはまずすぎて、今でも喉を通りません。
君が死んだ時の晩御飯は、きっと大好物でも食べられないほどにまずいですから。
だから、僕の晩御飯のために、生きて欲しいんです。
僕も、君の晩御飯が美味しくなるように、君が毎日幸せだと言えるように、努力します。
どうです?最高のギブアンドテイクだと思いませんか?』
『………ははっ。ははは。なんや、それ』
『こんな土壇場で告白するテンプレ青春ドラマよか、信用できるでしょ?』
『……ん。ありがとな』
僕が言うと、彼女は心底呆れたように息を吐き、薄く笑う。
と、その時だった。
ばぁん、と扉が勢いよく開いたのは。
『こらぁ!!そこで何してる!?』
『ひゃっ…、あっ…』
『あっ…』
そうだ。タイミング悪く、巡回していた先生が入ってきたんだ。
ようやく嫁が自殺を思いとどまったのに、2人して屋上から足を踏み外してしまった。
僕は落ちる中、何とか自分を下にして、彼女を庇ったのだ。
結果。奇跡的に植えてあった木に突っ込んで嫁は無事だったものの、僕は右足がぼっきりと折れてしまった。
イベントを最高の結果でクリアしたことを賞賛する文字が並ぶ前で、僕はため息を吐いた。
「…だからやりたくなかったんですよ。
こんなセリフ、素面で言えるわきゃないでしょうが」
僕はそう言うと、シメの挨拶に入った。
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