第18話 嫁作ギャルゲー その1
「ああ、そういや新学期の頃合いですね」
窓から見える桜を見下ろし、小さく呟く。
卒業祝い配信という企画をしてみようと思っていたが、時間が取れなかったせいで、もう4月に入ってる。
新入生たちのあの「制服に着られている」という感じがもう見れないのか。
そんなことを考えながら、次の企画について考える。
新生活に向けて、不安を抱く人たちにアドバイスでもするか。
そんなことを思っていると、だだだ、と机を激しく叩く音が響く。
僕がそちらを見ると、なんとも気色の悪い笑みでノートパソコンのキーボードを叩く嫁がいた。
「…なにやってんですか?」
「ギャルゲー作っとる」
「……仕事?」
「や、パーペキ趣味やけど」
パソコンの画面を見やると、個人では到底作れそうにもないクオリティのギャルゲーが鎮座している。
今映ってるヒロイン、見覚えがある。
昔、僕のバイト先に足繁く通っていた、歌唱力に才能を極振りしすぎた同級生だ。
肖像権の侵害で訴えられたら負けるだろ、と思いつつ、僕は嫁に質問を続ける。
「もしかしなくても、僕らの高校時代モデルにしてます?」
「うん」
「…公開はやめた方がいいかと。一部、表現が過激と言うか、なんというか…」
「ヒロインの自殺未遂騒ぎが5件、学級崩壊寸前イベント1件、交通事故による主人公の入院1件。
ぜーんぶイベント入れとるよ」
「僕の苦労をイベントっていうな」
本当、なんで5回も自殺未遂に巻き込まれてるんだ、僕。そのうち1件、こいつだし。そのせいで全治三ヶ月の複雑骨折だぞクソッタレ。
当時を思い返して渋い顔を浮かべる僕に、嫁がからからと笑い声を漏らす。
あまり思い返したくない記憶まで詰まっているであろうデータを前に、僕はため息を吐いた。
「で。コレ、実況すりゃいいんですか?」
「話早いなぁ、さっすがウチの旦那。
細こい部分は変えとるし、当時の思い出と一緒に実況してぇや。
ウチの小遣い稼ぎのええ宣伝役になってくれること、期待しとるでー」
「人の黒歴史ゲームにしといて勝手に売り出す気ですか?」
「みんなにはもう許可取っとるし、大丈夫大丈夫。アンタ今、生きるフリー素材みたいな感じやし」
「畜生テメェら僕の傷口抉る時だけ自傷覚悟で団結しやがって」
僕の交友関係に碌な奴はいないのか。うん、いなかったわ。
今思い返してみても、当時は社会で生きていけるのか不安になる程のアホとイカれポンチしか浮かばなかった。
…いや、今では全員が人に誇れる職業に就いてるんだけど。むしろ、権力に負けてクビになった僕がああだこうだ言えない程に稼ぎに稼ぎまくってるんだけど。
ここ10年ですっかり立場が逆転したな、と思いつつ、僕は嫁からデータの入ったメモリーを受け取る。
「…ま、ネタにも困ってましたし、実況しますよ。終わったら焼肉食べに行きましょう」
「いつもンとこ?」
「ええ」
「しゃあっ!みんなも呼んどくわ!!」
「まだ朝の7時ですよ」
相変わらず、気が早い嫁である。
はしゃぐ嫁を横目に、僕はスマホから、各種SNSで配信を告知した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「えー、視聴者の皆さん、新生活が始まっていかがお過ごしでしょうか。
嫁が帰ってきて、家が騒がしい陽ノ矢 テラスです。
今日は嫁が小遣い稼ぎで作ったギャルゲー、『怪物学級』をやっていきます。
タイトルは僕が高校の頃に働いていたバイト先の名前を意識してるらしいです」
コメント:小遣い稼ぎで作ったにしてはタイトル画面の作りガチ過ぎん?
コメント:イラストも奥さん作かな?
言霊 コトバ:この画風は奥さんの妹さん。見たことある。
コメント:↑先生の交友関係まで細かく把握してるのなんで?
言霊 コトバ:奥さんといとこ。ちっちゃい頃は面倒見てもらった。
コメント:めちゃくちゃ親戚で草。
コメント:あれ?身内って担任になれないんじゃ?
コメント:嫁のいとこって、身内って言えるほど近いか?
またコトバさんの家庭事情が考察されてる。
ウチの奥さんが特定されたりしないだろうか、と危惧しながらも、僕はゲームについての説明を述べる。
「このゲームは僕たちが送った青春をモデルにしたものですので、結構ヤバめの表現とかあると思うんで、注意です。
コレを見て興味を持った方は、概要欄にURL貼り付けてるんで、飛んで買ってください。
ソレで嫁と焼肉行くつもりなんで」
コメント:そんな宣伝あるか?
コメント:気にはなるんだけど、なんでだろうか。買う気失せる。
コメント:すげぇ。こんなに気になるゲームなのに、宣伝する人間の言葉ひとつで購入意欲が失せた。
コメント:そんなんだから燃えるんだよ。
コメント:いや、でも気にはなるから買っておこうかな…?
コメント:↑コイツのイチャイチャ焼肉代になるんだぞ、考えろ。
コメント:焼肉で、イチャイチャ…?
コメント:コイツら結婚10年目だぞ。家族と飯くらい普通に行くだろ。
コメント:↑突如として放り込まれたマジレス。全くもってその通りである。
買わせる気がないからな。
何が悲しくて、自分の黒歴史が詰まったゲームを売り出さなきゃならんのだ。
殴り合うコメント欄を流し見ながら、僕はゲームのスタートボタンを押す。
「もうとっくに晒されてるんで言いますが、デフォルトネームは僕の本名ですね。
ヒロインたちの名前だけは変えられてますが…、見た目は割とまんまですね。今でも交流ある人たちです。
右端のがウチの嫁で、その隣が嫁の双子の妹。真ん中のがバイト先の常連で、その左が生徒会長。左端が美術部の子です」
コメント:そんなに女子と関わることある?
コメント:めちゃくちゃ青春楽しんでるじゃねぇか。
コメント:美術部の子、見間違いじゃなかったらバチクソにピアス開けてない?
コメント:ホントだ。
コメント:真ん中の子、どことなくコトバ様臭がするのは気のせい?
コメント:肖像権どうなってんの?
コメント:↑概要欄に「全員に許可取った」って書いてたゾ。
コメント:こんな子たちに囲まれて青春を過ごしたい人生だった…。
やめとけ。いいことないぞ。
嫁は言わずもがなだし、その妹はシスコンが過ぎて、塩対応どころか岩塩で撲殺するレベルで悪態を吐くし。
生徒会長は育った環境がヤバすぎて解離性同一性障害を患っていたし、常連のヤツは虚言癖が酷すぎて、言うことのどれが嘘で、どれが真実か、最初は見分けがつかなかった。
美術部なんて、ミステリー漫画から飛び出してきたのかと思うほどの不幸体質で、行く先々で筆舌に尽くしがたい不幸に出会してきたせいで、知り合った当初は軽く精神崩壊していた。
ソレらの介護に回る学生生活を考えろ。過労死するわ。
そんなことを思いながら、僕は初期設定を終え、懐かしき青春時代を画面越しに振り返り始めた。
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