第93話 突きつけられる言葉と膝枕

「もっともっと行くよー!!」

「いいぞ嬢ちゃん!!」

「ヒュー!」


 ホセたちと合同で遺跡での夜を過ごす事になった与人たち。

 点けられた灯りの中で、クラリッサは見事としか言えない舞踊を見せている。

 持ち前の明るさもあり、人気者となった彼女の姿に一同は盛り上がる。

 そして別の所では。


「オイオイまだまだだぜ! アタイを酔わせたきゃ、この五倍は持ってきな!」


 トロンが男たちと飲み比べをしていた。

 既に大量の酒樽が転がっており、酔い潰された者たちが転がっている。

 また別の所では。


「思うにこの商品の値段を下げる事で、対のこの商品の購入意欲につながると思われます」

「ふむ。しかしそうなるとコチラとの釣り合いが……」


 ストラがホセと商品の値段について話している。

 彼女にとってはいい脳の運動であり、ホセにとっては別角度から商品の価格に見直す機会であった。

 この話し合いは既に長時間行われており、二人は食事もほどほどに話し合っている。


「……」

「……」


 だがその一方で、これらの輪に入らない者もいた。

 リルとライア。

 この二人は何を話す訳でもなく、ただ黙って星を見上げていた。


「二人ともここにいたのか」


 だがその静けさも、与人のこの一言で崩れ去る。


「ご主人」

「何か用?」

「ん? 食べ物を持って来ただけだけど?」

「「……」」

「嘘ですごめんなさい。酒臭さに耐えられなくなったんで逃げてきました」

「しょうもない嘘を吐くんじゃないわよ。これ貰うわよ」

「……僕、これ」


 二人は与人から食べ物を受け取ると、黙々と食べる。

 それを見ていた与人も、適当な遺跡に腰かけて食べ始める。


「って。何でアンタまで此処で食べてるのよ。あっちで食べればいいじゃない」

「向こうにいても皆は皆で盛り上がってて居づらいんだよ」

「まったく」


 ライアは不満げではあったが、無理に追い払う事もせず黙々とよく焼かれた串を頬張る。

 リルも何も言わず干し肉を噛みしめている。

 それからしばらく三人共黙ったまま食事をしていたが、やがてリルが寝息を立て始めた。


「……ったく。こんな砂漠のど真ん中で何も引っ掛けずに寝るんじゃないわよ」


 そう文句を言いながらもライアは持っていた防寒用の布を優しくリルにかける。

 その様子に思わず笑みが出る与人であったが、ライアに睨まれ引っ込める。


「「……」」


 その後、妙な緊張感が流れていく。

 賑やかな声をバックに、互いに何も話さない時間が続く。


「ら」

「ちょっと聞いてもいい?」

「え!? ど、どうぞ」

「何で動揺してんのよ」


 突如質問され、動揺する与人を呆れたように見るライア。

 彼女は深呼吸を一つしてから、真面目な顔で与人に問いかける。


「リットトの件なんだけど」

「な、何かあったけ?」

「アンタ、あの店長に言ってたわよね。大切な仲間だから金を積まれても、みたいな事」

「? 言った……と思うけど?」

「それって今ここにいない、屋敷にいる連中にも言える?」

「そりゃそうだろ」

「ふーん」


 ノータイムで言ってみせる与人を、何かを探るような目で見つめるライア。

 それが妙に突き刺さり、与人は居心地がとても悪かった。


「えっと、ライア? 何が言いたいの?」

「……まあ回りくどいのは好きじゃ無いし、言わせてもらうけど」


 ライアは与人の目を見て、ハッキリと断言する。


「アンタ、少し異常よ?」

「……」

「言い返さないのね」

「いや、まず驚いて。何と言うか……手厳しいね」


 思わぬ言葉に半笑いで返す与人に、ライアはため息を吐く。


「怒り散らすよりはマシ、か。で? 自覚ある訳?」

「えーと。……無い、かな?」


 そう正直に与人が言うと、ライアは眼前に指を一本突きつける。


「まず前提としてアンタの目的。楽園が云々とか言ってるけど、普通そんなの思っても作ろうとか思わないから」

「そう、かな?」

「勘違いしないで欲しいけど、別に否定してる訳じゃないわよ。そう思えるのは立派だと思う」

「……」

「だけど思っても普通はしない。費用とか土地とか、そんな理由じゃなくて。何でか分かる?」

「それは……」

「答えはシンプルよ。それは不可能だから」


 与人にそう断言するライアは、まるで言い訳の無い子どもに言い聞かせるように説明していく。


「人間になって日の浅い私が言うのはアレだけど。人間は他者と比較して自分の優位性を確保する。それは避けられない事よ」

「……」

「それなのに誰も差別されない楽園? 仮に作っても破綻は目に見えているでしょ? それがまず一点」

「……まだあるんだ」


 そう苦笑いを返す与人に突き付けていた指を、ライアはもう一本増やす。


「第二に、アンタの仲間への態度」

「それが?」

「金では渡せないとか何とか言ってるくせに、個人の意思なら許そうとか言うその態度。アンタ、本音ではアイツらが自分を見放すんじゃないかと恐れてるでしょ」

「そ、そんな事」


 与人は何か言い返そうとするが、それすら言わさずにライアは口を開き続ける。


「自分に自信がなくて愛される理由もない。だから何時か誰かが離れても仕方がない。だけど叶わない目的のために虚勢を張るしかない。そうやって取り繕ってボロボロになってるのが今のアンタ。これが異常って言う根拠」

「……」

「別にアンタの責任って言ってる訳じゃ無いわよ? むしろ知ってて放置してるだろう一部に言ってやりたいぐらいだけどね」


 ライアはそこまで言うと、突きつけていた指を引っ込める。


「そろそろ向こうもお開きね」

「……みたいだな」


 既に賑やかな声は聞こえず、静かな夜となっていた。


「……一緒に戻る?」

「……いや、もう少し此処にいる」

「そう。じゃあ伝言お願い。狼のくせに狸寝入りしてんじゃないわよ、てね」


 ライアはそう言うと、一人で戻って行った。

 それからしばらくして、寝ていたはずのリルが起き上がる。


「バレてた」

「うん、途中から俺も気づいた」

「不覚」


 リルはそう言いながら、与人の隣に座る。


「……ご主人。大丈夫?」

「……まあ今は。整理がついてないだけだと思うけど、ね」


 そう与人が言うと、リルはすっかり冷えた彼の手に自分の手を添える。


「リル?」

「ご主人、頑張ってる。みんな知ってる」

「あ、ありがとう」

「……ご主人のお陰で、僕はここにいる。だから役に立ちたい」


 リルはそう言って、そっと与人の体を自分の方に倒す。

 結果、与人の頭がリルの太ももに乗せられる。


「え? リル?」

「……よしよし」


 リルは与人の頭を優しく撫でる。

 最初は起き上がろうとしていた与人であったが、脅威的なスピードを生み出しているとは思えない脚の柔らかさ。

 そして睡魔によって、与人の目蓋は段々と落ちていくのであった。


「……」


 そんな与人を見ながら、リルは黙ってただ願っていた。


 —―せめてこの瞬間だけでも、彼が安らげるように。




 あとがき

 今回はここまでです。

 かなりシリアス傾向なお話になりました。

 ……この辺、軽く流すつもりだったんですけどね(笑)

 ですが良いエピソードになったのでは? と自分では思っています。

 では、また次回の更新にて。


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