第71話 仲間たちとの夜

「……どうしよう」


 既に真夜中となった『フォルテクス』の王城、その来賓用に造られた客室にて与人は深くため息を吐いていた。

 その近くには黙ってその様子を見守っているユフィ、心配そうに見守っているサーシャ。

 そして申し訳なさそうな顔をしているアイナがいた。


「我々が来賓として迎えられて既に数週間、どうやらフレイヤ王女は本気で主殿と持久戦をするつもりのようですね」


 ユフィが呆れたように言った通り、大会終了から既に三週間が経とうとしていた。

 その間、今は部屋の前で番をしているスカーレットも含めた五人はまさに最重要な要人としての扱いを受けていた。


「申し訳ありません主様。本来ならば私が一番に否定しなければならなかったのですが……」

「あ、アイナさん。速攻で丸め込まれていたもんね」

「うっ!?」


 さらっと吐かれたサーシャの言葉の毒に顔を歪めるアイナであったが、与人は大して気にしてる様子は無かった。


「まあアイナが丸め込まれなくてもこの状況は変わらなかったと思うし、責めても仕方が無いんだからこの話は終わりにしよう」

「あ、ありがとうございます主様」

「では話を戻します。フレイヤ王女は損得を抜きにして主殿を夫として迎え入れる気です」


 その言葉に与人は頭を抱えるが、この話から逃げる訳にもいかないのでユフィは話を続ける。


「その証拠に『フォルテクス』の内部に分かりやすく探りを入れましたが何も言って来ませんでした。そしてアイナ殿には兵たちの調練を依頼し、スカーレット殿には武具を与えています」


 武器と言えるような物を持ってなかったスカーレットであったが、それを知ったフレイヤによって大型のメイスを送られたのである。

 ただ礼を言った与人に対してフレイヤが返した言葉は。


「気にする事では無いわ。側室に気を使うのは正妻として当然ですもの」


 既に彼女の中では自分との結婚が決まっている事に、与人は身震いが収まらなかった。

 そして問題は彼女だけでは無かった。


「それに加え主殿に今のうちに取り入ろうとする者も用心しなければなりません」

「い、一時期なんて贈り物で部屋が一杯だったからね」


 そう今のうちに与人に恩を売っておこうとする輩が続出し、精神的に参っていた時があったのである。

 今はそれを知った王女の一声で減ったが、それでも未だに宝物などが送られてくるのである。

 だが、その一方で与人を排除しようとする動きも当然あった。


「ですが、主様を直接狙う者はあの件以来全く無いのは喜ぶべき事です。無論油断はできませんが」


 その事件が起こったのは城へ滞在して数日経ったある日の事であった。

 その日与人はアイナを連れてフレイヤと共に城の中庭を散歩している最中であった。

 ある護衛についていた兵士が突如、隠し持っていた短剣で与人の命を狙ったのである。

 幸いにもアイナがいち早く気づき短剣を握っていた腕ごと切り伏せ取り押さえたのである。


「流石ですわね。是非ワタクシともいつか勝負くださいませ」


 アイナにそう言うとフレイヤは自らその兵を尋問。

 関わっていた貴族を聞き出すと、すぐさまその名家は没落の憂き目に合う事となった。

 その上、実行犯と主犯が口には出せない程の罰を受けたのもあり与人を狙う者はいなくなった。

 そのような経緯もあり、部屋は『フォルテクス』の兵士ではなくアイナとスカーレットが交代で番をしているのである。


「幸いだったのは毒に関してはサーシャ殿がいます。大概の毒は見破れますから」

「う、うん。役に立てて良かった」


 食事に関しても、毒は効かずに見破れるサーシャがいるため与人の守りは厳重といえた。

 この一連の動きで与人が悲しむべきはお詫びと表してフレイヤからの誘いの頻度と露骨さが増えた事ぐらいであろう。


「……手紙の返事は?」

「返ってきていません。やはりストラ殿は静観が吉と見たようですね」

「そっか。……まあ無計画に取り戻しにこられても危ないけど。返事ぐらい書いてもバチは当たらない気が」

「も、もしかしたら。迷惑になるって思ったのかも知れないよ?」

「ま、そう言う事にしとこうか」


 サーシャの言葉に頷きながら与人は部屋の中にいる全員を見渡して改めて問う。


「……で、これからどうしようか?」

「「……」」


 与人の質問に何も反応は返ってこない。

 実際、打てる手は無いと言ってもいい。

 逃げ出そうにも経路は兵士たちによって固められている状態である。

 他の兵士を呼ばれでもすれば如何に実力の差があろうとも逃げ出す事は難しい。

 まして実力が乏しい与人を連れてなら尚更である。


「で、出来れば兵士さんたちも怪我をさせたくないけど」

「そうなれば更に脱出は難しくなりますね……」


 そう言いながら、サーシャとアイナが頭を悩ましている中でユフィは会話に加わらず与人を見ていた。


「ユフィ?」

「主殿、失礼を承知で問いたいのですが。主殿は本当にここから逃げてもよろしいのですか?」

「?」

「……ユフィさん?」


 意味が分からないといった表情をする与人とサーシャを余所にユフィは淡々と話し出す。


「話を総合的に考えれば今回の婚姻話、悪い事では無いかと思います。何より主殿が傷つく可能性も減少します」

「……それは主様をバカにしてる。そう取っていいのですか?」

「アイナ」


 今にも切りつけそうなアイナを与人は抑えるとユフィに続きを促す。

 ユフィはその対応に感謝してか頭を下げると改めて口を開く。


「突然の展開ではありますが、フレイヤ王女も主殿を好いているのは明白。……もう十分旅はしてきたはずです。この話を受ければ『グリムガル』もこれ以上の干渉はしてこないはずです」

「……」

「……本来異世界で平和な日々を送ってきた主殿が、これ以上追われる事も傷つく事もないのであれば。どのように思われようと進言させていただきます」

「……」


 ユフィの言葉に心配そうにしていたサーシャも話を聞く内に殺気が薄れていったアイナも何も言えなくなっていた。

 そしてユフィは与人に一番重要な事を問う。


「主殿。全てはアナタの心次第。……故に問わせて頂きます。アナタはどうしたいのですか」

「……」


 その問いかけに、しばらく与人は答えなかった。

 痛いほどの沈黙が部屋を包む中でようやく与人が口を開こうとした時であった。

 コンコンと扉をノックする音が聞こえたのであった。


「使い手さん。王女さんから伝言なんやけど」

「……何て?」


 与人がそう聞くとスカーレットは少しばかり言いにくそうにしながらも、ハッキリと内容を伝えるのであった。



「今から王女さんの私室に来ませんか。やって」

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