第8話 嬉しい再会と嬉しくない再会

『グリムガル』の王都から最も近い『神獣の森』入り口に一人の少女が立っていた。

 だが重要なのはその少女の服装は与人と同じ高校の制服である事だ。


「全く、面倒を掛けてくれる」


 呆れたように呟きながら彼女は自分のしなければならない事に集中する。

 彼女がこの『神獣の森』に来た理由はこの場所が立ち入り禁止と言われていたにも関わらず勝手に飛び出したクラスメイトを連れ帰る事であった。

 だが彼女が呆れているのはその事だけでは無かった。


「……まさか志願したのが私一人とはな」


 そう飛び出した仲間を連れ戻そうと言い出した者は彼女一人であった。

 皆自分の事にしか頭が回っていないのだ。

 ある者は与えられた『スキル』に興奮し舞い上がり人の話を聞かない。

 またある者はこれから先の戦いに怯え部屋に引きこもりがちになってしまっている。

 探すべきクラスメイトも同じである。

 元々大人しかったというのに『スキル』を与えられた途端に偉そうに振る舞うようになってしまった。


「だが、私も同罪か」


 少女の胸に過るのはあの『スキル』を与えられた日。

 そうある一人のクラスメイトをどこかへと飛ばしてしまったあの罪深い日。

 彼女を始めとした何人かが必死に止めようとはしたが突如得た力に舞い上がったクラスメイトは聞く耳を持たなかった。

 この右も左も分からない『ルーンベル』で頼るものなく生き残るのは不可能と少女も理解している。

 だがクラスメイト一人を殺したも同然だというのに仲間たちは平然としている。


「大きな力を得るには代償がいる、か」


 彼女は空手の師範によく言われていた言葉を思い出す。

 力を得る為には時間や努力といったものを積み重ねていかなければならない。

 楽して力を得れば他の大切なものを失ってしまう。

 意図せず彼女は師範の言葉の意味がよく理解出来たのであった。

 クラスメイトたちは『スキル』という強大な力を手に入れた代わりに人間として大切な何かを失ってしまったのではないか。

 彼女はそんな気がしてならなかった。


「……今は考えてる時では無いな」


 とにかく今は例のクラスメイトを探すのが先決と一歩ずつ歩みを進める。

 森に入った途端に薙ぎ払われた木々や切り刻まれた動物の残骸。

 そしてむせ返るような血の匂いが視覚と嗅覚に襲い掛かる。


「……っ!」


 正しく手当たり次第といった惨劇に苛立ちを覚える少女は歩きから走りに変えてとにかく急ぐ。

 これ以上無駄な血が流れるのは見ていられないと思いを足に込めて。


(いざという時は)


 最悪の場合殴ってでも止めようと心に決める少女は惨劇の森を駆け抜けるのであった。



「いっ……つ」


 頭や足に痛みを感じ擦りながら与人は何故こんなに痛むのか考える。

 数分考えてそこでようやく自分が崖から滑り落ちた事を思い出す。

 上を見てみればそこそこ高さのある崖が見える。


「よ、よく生きてたな俺。実は悪運強い?」


 とにかく今はセラと合流して他の三人とも合流しないといけないと思い横になっていた体を起こす。


「ん?」


 そこで頭に何か葉っぱが乗せられていた事に気付く。

 いや頭だけではなく足や傷があるところには全て葉っぱが乗せられている。


「治療……なのか?」


 その手の知識がある訳では無いが怪我した所に乗せてあるところから見ても葉っぱを乗せた何者かは治療が目的だったと与人は推測した。


 ――ガサガサ


 すると近くの茂みから音がしだし与人は思わず身構える。

 そこから現れたのはゴブリンであった。

 ゴブリンは与人に気付くと持っていた何かを手放し茂みの中に隠れてしまう。

 与人がゴブリンの持っていたものを見ていると大量の先ほどと同じ葉っぱであった。


「これは……お前が?」


 と茂みに隠れているゴブリンに与人が問いかけると顔を覗かせ頷く。


「でも何で? ……ん? もしかしてお前」


 与人はこのゴブリンに見覚えがある事に気付く。

 そうリントに頼み込み見逃してもらったあのゴブリンであった。


「た、確かにあのゴブリンにも右目に傷が……もしかして恩返しなのか?」


 与人の言葉を完全に理解しているのかゴブリンは激しく何度も頷く。


「そうか、ありがとうな」


 そう礼を言う与人にゴブリンは茂みから出てきて頭を下げる。


「ん? お前も礼を言ってるのか?」


 与人がゴブリンの頭を撫でると嬉しそうにしているのを見て与人も少し嬉しくなる。


「けど悪いな。そろそろ仲間と合流しなくちゃいけないから行く事にするよ」


 そう言って立ち上がり取り敢えず崖の上に行こうと進み始めるがそれに合わせてゴブリンも後をついて来る。


「……何で付いて来るの?」


 とゴブリンに問いかけても何も反応もしない。

 振り切ろうと走ってみるがモンスターとの身体能力の差が埋められるはずもなく途中でばててしまう。


「はぁ、はぁ。そ、そんなに俺に付いて来たいのかお前は?」


 与人がそう聞くとゴブリンは何度も頷く。


(いて迷惑になる訳じゃ無いしな。……合流した時に説明が少し面倒だけど)

「分かったよ。けど後悔するなよ」


 それを聞くとゴブリンは大きく飛び跳ね喜びを表す。


「そうなると名前が必要だな。……ゴブリンだとリン? いやそもそもこいつがオスかメスかさえも分からないんだが。……しょうがない。いいか? お前は暫定的にゴブだ。仲間が集まったらもっといい名前を付けてやるがな」


 ゴブリンことゴブも頷いているためこの名前に決定し与人とゴブは崖を登り始めるのであった。



「セラはいないな。探すために動いたか?」


 ゴブと一緒にラボ入り口への道を上がった与人であったがそこにセラはいなかった。

 ラボに入って待っている事も考えたが何やらバリア的なものが張られており入る事は出来なかった。


「となるとここで待っているか探しに行くかどちらかだと思うけど……どうしようか」


 このままセラが提案した狼煙作戦を実行するのが確実だと思い始めた所で何やらゴブが騒ぎ始めている。


「どうしたゴブ?」


 ゴブは何やら指を指し何かを伝えようとしているようである。

 与人がゴブが指し示す方に目線を向けるとその先の一角のみやけに大地がむき出しになっているようにも見える。


「ん? もしかして。セラかリントたちが?」


 話し合っていたセラは勿論であるがリントたちも狼煙の代わりにあの位の事はしかねない。

 だがそのいずれでもなく危険な猛獣が暴れまわっている可能性もある。

 その可能性も考えつつ与人は結論を出す。


「よし、取り敢えず近づいてみよう」


 ゴブは首を横に振り行かない様に説得しているように見えるが与人は結論を変えなかった。


「大丈夫だって、近づいてみるだけだよ。もし仲間じゃなかったら逃げるし万が一には『スキル』があるから」


 最悪の場合でも暴れてるモンスターが人型でなければ『スキル』を使ってどうにか出来ると判断していた。

 与人が来た道を戻り始めるのを不安そうな顔をしつつゴブはその後をついて行くのであった。



「ゼェ、ゼェ」


 勢いよく目的地へ向かったのはいいが途中で息が切れてしまった与人は休憩を挟んでいた。

 ゴブは与人が休むのを見てどこかへ走っていってしまった。


「ゼェ……。失望させたかな」


 そもそも与人はゴブが何故ここまで付いて来るかもよく分からないでいた。

 人間の言葉は分かる様であるが伝える方法が身振り手振りだけでは限界がある。

 助けてもらった恩返しならば治療の件でもう済んでいるはずである。


「でも、悪い気は……しないかな」


 どんな相手であろうと慕われるという行為に与人は喜びを感じていた。

 ゴブの真意がどうであろうとその間は仲間として信頼しようと考えていた。

 するとゴブが何かを持って戻って来た。


「おお、ゴブ遅かったな……ん?」


 その手には大きな葉がありその上には水が盛られていた。


「それ俺のためにわざわざ?」


 与人の質問に対しゴブは頷き水を差しだして来る。

 差し出された水を躊躇なく飲み干し与人は生き返った気持ちになった。


「ふ~。ありがとうなゴブ。なんか世話になってばかりだな」


 そう与人が言うと何やらゴブが手振りで何かを伝えようとするが残念ながら伝わらない。


「あ~。ごめんなゴブ。ちょっと分からないや」


 それを聞いたゴブは肩を落として落ち込む。

 与人はそんなゴブの頭を撫でつつ改めてお礼を言うのであった。


「けどゴブが俺の事を思ってくれているのは分かったよ。……ありがとうなゴブ」


 ゴブはそれを聞いて少しは元気を取り戻したのか笑みを見せる。


「さて沢山休憩したしそろそろ行くか。あれが仲間だったらこの森が更地になる前にな」


 ゴブは腕を真上に上げて同意して二人は再び向かうのであった。



「音が段々と大きくなってきたな」


 近づくにつれ徐々に木を切り倒す音が大きくなっていき与人にもゴブにも緊張の汗が流れている。

 そんな中で近づく中ゴブが与人の服を引っ張る。


「な、なんだゴブ? 何か見つけたか?」


 切り倒してるのがモンスターである可能性も考え小声で話す与人の考えを汲んだのかゴブも無言で指で指し示す。

 与人がその方向に目をやるとそこには信じられないものが広がっていた。


「な、何だアレ」


 その方向には木が倒れているだけでなく動物やモンスターが切り倒されていた。


「な、何か異臭がすると思ったら……」


 自覚すると気になって仕方ないのか与人とゴブは鼻を塞ぐ。

 与人は改めて動物やモンスターの死骸を見て思う。


「これはリントたちでもセラでも無さそうだな」


 実力的には四人とも出来そうではあるが無意味に殺す、それも無害な動物も含めてなんてことはしない筈と与人は思っている。

 それではモンスターだという事になるがそれでも疑問が残る。


「こんないきなり暴れるようなモンスターっているのかな?」


 与人はモンスターに対して全ての認識を持っている訳では無いがこんなに無駄に殺して回るモンスターが『神獣の森』にいるとはリントたちからは聞いていない。

 勿論リントたちがこの広い『神獣の森』について全て知っているとは思わないがそれでも可能性は低いはずだ。


「となると……一体?」


 そうこう考えている間にも音が間近にまで迫ってきていた。

 与人とゴブは茂みに隠れその正体を見ることにした。


「静かになゴブ。こうしていれば気づかれない……はず」


 ゴブは静かに頷き迫り来る音の正体が来るまで待っていると突如鼻歌が聞こえ始めた。


(ん? ……まさかこの声って?)


 与人がある人物を想像しているとゴブが服を引っ張り指を指す。

 その先には金色に輝く剣を振り回しながら鼻歌を歌う与人と同じ制服を着た人物がいた。

 そしてその人物に与人は見覚えがあった。


「やっぱり……あいつ二宮だ」


 二宮琢磨。

 当然ながら与人のクラスメイトであり会話をする程度ではあったが交流もあった人物だ。

 どちらかと言えばオタク気質でクラスから浮いていたのでボッチ気味であった与人と気があった。


「あいつとならまだ話が出来るかも」


 他のクラスメイトならともかく二宮であれば向こうの状況も教えて貰えるかも知れないと与人は考える。

 何故ここにいるかは不明であるがこの状況を逃す手は無いと与人は茂みから顔を出そうとするがゴブがそれを必死に静止する。


「大丈夫だってゴブ。お前はここにいろよ、いきなり攻撃されるかも知れないしな」


 そうゴブを説得し与人は茂みから抜け出す。


「二宮……二宮琢磨だよな」

「葉山!? なんだよお前ここにいたのかよ」


 二宮は与人を見ると気軽に近寄って来る。

 それを見て与人は違和感を覚える。


(あれ? こいつこんなに明るかったけ?)


 与人の知っている二宮はいつも暗めでボソボソと話す奴であった。


(まあ異世界とか好きな奴だったし、こんな状況は逆に嬉しいのかもな)


 と思い直し与人は笑顔で二宮に質問する。


「えっと二宮。いきなりで悪いけど聞きたい事があるんだけど」

「ちょうど良かった是非お前に頼みたい事があるんだ」

「俺に?」

「そうそう。葉山ちょっと俺に殺されてくれよ」

「!?!?」


 そういきなり振るわれた剣を寸前のところで回避した与人であるが信じられないものを見る目で剣を振るった二宮を見る。


「あ~!! 惜しいやっぱ生きてる相手だとまだ上手く当たらないな」


 そう悔しがる二宮の目に確かに狂気が滲み出ているのを与人は感じた。

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