第十話 馬鹿と天才

―――ああ、イライラする。

いつもあの馬鹿は私の邪魔をする―――、

最近では周囲に複数の女を侍らせて―――、

ああ本当にイライラする―――、

あの馬鹿はこの学校にはいらない―――、

必ず追い出してやる―――。




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「”矢凪龍兵”って―――、

 天城市における”矢凪龍兵”って言ったらあの人しかいないよね?」


天城高校の昼食時、俺の隣で弁当を食べているかなめがそう言う。

俺はそれに対してはっきりと答える。


「誰だっけ?」

「アンタ―――、本当に男には興味ないんだね。

 あの”矢凪龍兵”氏を知らないの?」

「しらん」


俺のその言葉に周囲にいる女の子たちが一様に苦笑いする。


「矢凪…龍兵さんは…。

 あの天城市の…中心に立っている、天城ビルのオーナーであり…、

 日本有数の経営者…である”天城商会”の会長さんの事です…」

「へえ…日陰ちゃんって詳しいんだね」


そう言って彼女に笑いかけると、その隣の香澄が俺をジト目で見て言った。


「司郎君がモノを知らないだけでしょ?

 あの人って良くテレビに出てる人じゃない」

「そうなん?」


俺は心底つまらなそうな顔で首を傾げた。


「しかし、その”矢凪龍兵”氏が、かつてハーレムマスター契約をしていた男の子なのかしら?」

「それは…わかりません」


かなめと日陰ちゃんが顔を見合わせて考え込む。

―――と、それまで黙って聞いていた藤香さんが口を開く。


「おそらく―――氏はその男の子である可能性は低いですわ」

「え? ソレってどういうことです?」


かなめが藤香さんに聞き返すと、彼女は真剣な表情で答えた。


「実は、女将に言われたとき、わたくしも真っ先に氏の事を思い出し、写真を提示して尋ねてみたんですの。

 そうしたら女将は”この人はあの時の男の子ではない”とはっきり言っておりました」


その話を聞いたかなめが言葉を返す。


「その男の子が整形でもして顔を変えている可能性は?」

「それなら―――そもそも自分の事を”矢凪龍兵”とは呼ばないのではないですか?

 顔を変えてしまっているなら、そもそも名前も証拠にはなりえません―――」

「そうか」


かなめたちはそう言って黙り込んだ。

俺は少し考えると、おそらく一番確実である方法を提示する。


「”姫ちゃん”に聞いてみれば?」

「姫ちゃん?」


俺の言葉にかなめが首をかしげる。


「女神様の事だよ」

「ああ―――」


かなめがそう言って頷くと―――、


『は~~~~~い、呼ばれたみたいなんで。

 来てみましたよ~~~~!!』


俺の頭上にふわりと浮かんだ状態で”姫ちゃん”が現れた。

その姿を見てかなめが”姫ちゃん”を睨む。


「聞いてたんなら早く出て来なさいよ」

『いや~~~、呼ばれてないところにまで、ポンポン出てくるわけにはいかないですし。

 とりあえず”矢凪龍兵”という方の話でいいですか?』

「そうよ―――知ってるの?」

『う~~~ん、私の記憶では”矢凪龍兵”と言えば、天城商会の会長さんしかいませんよ?』

「それじゃあ―――」

『―――でも正直、彼がかつてハーレムマスター契約をしたかどうかはわからないです』

「え? なんでそうなるの?

 あんた女神なんでしょ? あの契約をできるのはあんたしかいないんじゃ―――」

『私の代でハーレムマスター契約をしたのは司郎君だけです』

「私の代?」


かなめはその言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返す。

”姫ちゃん”は真面目な表情で言った。


『そうです―――、女神って言うのは、ある理由からその社を離れていくときに”分霊”という事を行います。

 ”分霊”とは一定の記憶を継承した分身体で、記憶の一部が同じの双子の姉妹のようなものです。

 私はだいたい二十数年前に先代に生み出された存在であり、まだ女神としては生まれたばかりなんですよ』

「それじゃあ―――、かつての男の子”矢凪龍兵”の事は知らないのね?」

『その通りです』


かなめは少し疑いの目で”姫ちゃん”を見る、そして―――、


「ならば―――この話は?

 ―――ハーレムマスター契約で集まった女の子と、その”矢凪龍兵”という子が行方不明になったって話―――、

 何か心当たりはないの? まさかこの契約って―――」

『う~~~ん、かなめさんは私を疑っているようですが、まず第一に”ハーレムマスター契約の効果によって行方不明が起こる”事はありません』

「本当に?」

『はい、このハーレムマスター契約はあくまでも、少女たちとの”絆”を束ねるための物であり、神隠しのようなことが起こる要素を含んでいません。

 貴方は信じられないかもしれませんが―――、これだけは断言します。

 ”ハーレムマスター契約で行方不明は起きない”です』


その言葉を聞いた藤香さんが呟く。


「という事は―――、行方不明は別の理由によるもの、だという事になりますわね?」


俺は”姫ちゃん”に聞いてみる。


「じゃあ、その先代さんって今どこにいるの?

 その人に聞けば―――」

『それは―――私が知りたいくらいですよ』

「え?」

『先代は、いきなり私に女神の仕事を押し付けていなくなったんですから』


そう言う”姫ちゃん”の表情はいつになく暗かった。

結局、”矢凪龍兵”に関する謎は解明されることはなかった。

―――ただ、漠然とした不安だけが俺たちに残ったのである。




-----




その日の放課後、俺たちが帰り支度をしていると、近くの女子たちの声が耳には入ってきた。


「ねえ―――アレって本当なのかな?」

「アレってまさか―――」

「そうよ、今度の期末テストの話―――」


そう言えば、もうすぐ期末テストがあるんだっけ。

俺は全く勉強していないが。


「なあ? 今度の期末テストって、なんか特別なのか?」


俺は近くでプリントを整理している香澄に聞いてみた。

香澄は俺の事をあきれたように見つめて言った。


「何? 聞いてなかったの? この間の先生の話―――」

「うん―――、特に興味ないし」

「それはいろいろ不味いわよ―――、

 今度の期末テストで赤点評価だと退学になるんだから」

「え?! マジ?!」


この天城高校はれっきとした名門である。

名家の者が通う学校であるゆえに、一定レベルの評価に満たない生徒は積極的に切り捨てる制度が確立している。

香澄の話では、最近、全生徒の成績平均の低下が問題視されて、生徒に発破をかけるためにもこのような制度が追加されたという話だった。


「そうか―――でも、俺ってばいつも赤点評価ギリギリ合格してるから問題ないよね?」

「司郎君―――」


香澄が何か言いかけた時―――、


「大問題だ馬鹿め―――」


俺の背後から野太いおっさんの声がした。

後ろを振り向くと、そこに学年生徒指導の”梶田かじた”が立っていた。


「げ―――」

「何が”げ”だ上座―――、お前は馬鹿なんだから、居残って勉強したらどうだ?」

「む―――」


このおっさんは本当にむかつく。

さすがは全生徒評価において”一番嫌いな先生”に輝いたことがある人物である。

生徒に対して馬鹿だのクズだの平気で宣い、普通に見下してくる男であった。


「おい岡崎―――、お前は風紀委員なんだから、こんなクズの相手をするな。

 クズがうつりかねんぞ?」

「先生―――」


香澄が抗議しようと口を開くと。


「まあまあ―――梶田先生、そこらへんでいいでしょ?」


梶田の後ろから女の子の声がする。

そこにいたのは―――、


「あ、かいちょー?」

「よ、しろー」


そこにいたのは、現生徒会長である”小鳥遊空たかなしそら”であった。


「しろー、お前―――確かいつも赤点評価ギリだったよな?」

「え? ああ―――」

「なら、ヤバいぞ?」

「へ?」


俺が馬鹿みたいに口を開くと。

それを見た梶田がいやらしい顔で笑って言った。


「次の期末テストでは、赤点評価の点数が大幅に引き上げられる―――。

 それ以下は全員退学だ」

「な?!」


俺はいきなりの話に驚く。

俺はかいちょーの方を向いて聞く。


「マジ?」

「マジさ―――、一応うちは名門だからな、遊びに来てるような奴はいらないって判断だ」

「う―――」

「まあ―――今回ばかりは、アンタも観念した方がいいかもね―――、

 最近―――周りに女侍らせて―――いい気になってるみたいだし」


かいちょーは棘のある言い方で笑う。

それに梶田も同調した。


「そうだな―――、お前みたいな馬鹿は退学するべきかもしれん」

「く―――」


散々に言われて言葉を返したいが―――、実際俺は馬鹿だから仕方がない。

俺が黙っていると、そこにかなめがやってきた。


「ソラ―――あんた、ちょと言い過ぎ―――」

「うん? かなめ? 馬鹿に馬鹿って言っただけだぜ?

 何かおかしなことか?」

「ソラ―――」


小鳥遊空―――、

かなめの親友であり現生徒会長。

その知能指数は200を超えると言われている天才少女であり、全校生徒の頂点に常に立つ存在である。

その性格は極めてめんどくさがりで、よく生徒会室で居眠りしているところを見ることが出来る。

授業中も大体寝ているが、授業を聞いていないのにもかかわらず常に成績トップを走っている。


「宮守要―――か?

 お前も大変だな―――幼馴染がこんな馬鹿で」


梶田がそう言って笑う。

かなめは梶田を睨みつけた。

そんなかなめにかいちょーが言う。


「かなめ―――やめておきな。

 先生に失礼だろ?」


かなめは何かを言おうとしたが、かいちょーはため息をついて手を振った。


「かなめ、アンタもそこの馬鹿の道連れになる必要はない。

 よく考えて行動しな―――」


馬鹿って俺の事か?

なんか最近のかいちょーは俺に当たりがきつい。


「じゃあ―――、せいぜい頑張って勉強しなしろー。

 退学したくなかったらな―――」


そう言って梶田と連れ立って去っていくかいちょー。

むう―――、なんか嫌われることしたか?

俺たちはただ黙って見送るしかなかった。




-----




翌朝、俺が学校に登校してくると、俺の机の上に紙袋が置いてあった。


「なんだコレ?」


俺がその紙袋を手にすると、そこにかなめがやってくる。


「なにそれ司郎」

「俺が聞きたい」

「?」


俺たちは袋の中を覗いてみる。そこには―――、


「これって―――誰だ?」

「わからないけど―――」


その中身を見て俺たちはただ首をかしげる。

ただ、何者かが俺に対して差し入れをしてくれたことは理解できた。


―――そして、


その昼食時、俺たちは集まって期末テスト対策を話し合っていた。


「う~~~ん。あたしは何とかギリギリ合格できそう」


そのかなめの言葉に香澄が言葉を返す。


「私の方もほぼ合格圏内だね―――」


でも―――、


「司郎に勉強を教えられるほどの余裕はなさそうだね」


かなめは申し訳なさそうに俺を見た。

俺は笑う。


「まあ仕方ないって。

 俺の勉強をみるために自分の勉強をおろそかにしたらヤバいし」


俺は日陰ちゃんの方を見る。


「ごめんなさい…私、人に教える自信…ない」


日陰ちゃんはそう言って俯いた。

―――と、その隣に座っている藤香さんが俺に笑いかけてくる。


「大丈夫ですわ!! 授業をしっかり聞いていれば、普通は90点以上取れます!!」


いや藤香さん、あなたと一緒にしないでください。

俺はれっきとした馬鹿です。


「これは―――不味いよね」


俺がそう腕を組んで考えていると―――、


「こりゃ、やっぱ諦めたほうがいいんじゃない?」


そう俺に声をかける者がいた。


「ソラ―――」


かなめが声の主を睨む。


「おや? かなめ―――、あたしをそんなに睨んで、嫌われちゃったかな?」

「ソラ―――あんた」

「フフ―――人生諦めが肝心って、彼に言ってあげたら?」


かいちょーはそう言って俺を見る。

やっぱ俺は嫌われることしたのか?

俺を見る目が冷たいように感じる。


「ソラ? 最近、司郎にきつく当たってるみたいだけど。なんで?」

「おや? わからないのか?」


かいちょーは不思議なものを見る目でかなめを見る。


「最近、そいつ―――しろーは、女周りに侍らせてるからね。

 かなめの親友としては―――やっぱ思うところがあるんだよ」

「―――ソラ。それは―――」


かなめは何かを言いかけるが黙って俯く。


「考えてもみな―――、もしこいつが学校を退学になったら。

 学校の女―――そこの連中とのつながりは薄くなる―――

 そのままなら切れるかもしれない―――、

 残るのは、幼馴染のかなめとのつながりだけ―――、

 かなめだけがしろーの側に残る―――」

「まさか―――、そのためにアンタ。

 梶田とつるんでるの?」

「さあ―――どうだろう」


かいちょーは薄く笑いながら俺を見る。


「なあしろー、これだけは覚えておけ?

 お前みたいな存在を―――嫌ってるヤツもいるってことを」


かいちょーはその言葉を残して去っていく。

俺はただそれを見送るしかなかったのである。



<美少女名鑑その5>

名前:小鳥遊 空(たかなし そら)

年齢:16歳(生年月日:6月4日 ふたご座)

血液型:A型

身長:145cm 体重:39kg

B:72(A) W:53 H:78

外見:二本の三つ編みがトレードマークの小柄少女。

性格:めんどくさがりでサボり魔。いつも寝る場所を探している。

しかし、実のところ世界最高峰の天才頭脳を持ち、それによるトラブル処理能力の高さは一部で有名になっており、それゆえに生徒会の委員長をやらされている。

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