第九話 湯之源温泉の怪
その夜、私―――宮守要は、妙な悪夢にうなされていた―――。
その悪夢とは、司郎の顔をしたタコに絡みつかれ、いろんなところをまさぐられる悪夢であり―――、
「うう…」
私は極めて危ういところで跳ね起きる。
すると―――、
「う~~~ん、おっぱいぱい―――」
熟睡中の司郎が私の腰に抱き着き―――、こともあろうに私の胸をまさぐっていた。
「―――」
とりあえず私は司郎を引きはがして蹴り飛ばした。
それでも全く起きる気配のない司郎―――。
とりあえず、旅館のテラスに担いでいってそこに放置した。
―――まあ、かわいそうなので毛布はかけてあげたが。
「ふう―――暑い」
私はそのまま旅館の廊下へと出て自動販売機に向かう。
そのままジュースを一本購入して一気飲みした後、廊下を部屋へと戻っていく。
―――と、その時、
「ん?」
不意に廊下のはるか向こうに青白い人影を見た。
「女の…人?」
それは、浴衣を着崩した青白い光を放つ女性。
先の通路を横切っていったのである。
「―――」
とりあえず―――、
悲鳴を上げていいかな?
―――って、いやなんかの見間違いかもしれないし。
恐る恐る私はその人影がいたほうへと歩いていく。
そして―――、
「…」
その先は行き止まりだった。
―――うん、たぶん目の錯覚、気のせいだね。
私はそう心の中で呪文のごとく唱えながら部屋へと戻る。
そのまま私は布団を頭からかぶって眠りについた。
-----
「う~~~ん?」
翌日の朝食時、俺は首をひねって考え事をしていた。
「どうしたの? 司郎」
かなめがそう俺に聞いてくる。
「俺って確か、みんなの真ん中で寝てたよな?」
「うん? そうね。イヤらしいことしないって条件付きで―――」
「それが―――、俺ってばテラスで寝てたんだが?」
「ふ~~~ん? ソレって相当寝相が悪いのね。
そこまで転がっていくなんて」
「いや? さすがにそこまで寝相悪くないだろ?
誰かなんかしたのか?」
「私じゃないわよ?」
かなめがきっぱり言い切る。
むう―――、一体誰の仕業だ?
さすがに風邪をひきかけたぞ。
おれがひたすら首をひねっていると―――、
「すみません―――」
日陰ちゃんが少し頬を赤くして立ち上がる。
「どうしたん?」
俺がそう聞くと―――、
ドカ!
かなめに蹴られた! いてえ!
「女の子に何聞いてんのよ」
「え?」
日陰ちゃんは赤い顔で部屋を出ていく。
その段になってやっと俺は気づいた。
この旅館は部屋にトイレはなく、共同の男子・女子トイレがあるだけであり―――、
ようはそう言うことである。
そのまま俺たちは部屋で朝食の続きをとる。
しばらくすると―――、
キャーーーーー!!!!!!!!
旅館の廊下に鳴が響き渡った。
それは確かに日陰ちゃんの悲鳴であり―――、
「日陰ちゃん?!」
俺は跳ねるように立ち上がって、悲鳴のあがった方に走った。
「日陰ちゃんどうした!!!!―――って、へぶん!!!!」
俺が女子トイレに飛び込もうとすると、かなめに思いっきり蹴り飛ばされた。
とても痛い―――、
そのまま廊下に突っ伏していると、トイレからかなめに連れられて日陰ちゃんが出てきた。
「日陰ちゃん? どうした?」
「それが―――」
怯えた表情で震える日陰ちゃん、その肩を心配そうに抱くかなめ。
そのかなめの顔は、なぜか少し青ざめている。
「かなめ?」
「部屋で話す―――」
そういってかなめは日陰ちゃんと共に部屋へと向かう。
俺は芋虫のごとくはいずりながら部屋へと戻った。
-----
「幽霊を見た?」
「―――」
俺は黙ったままの日陰ちゃんを見る。
いや―――幽霊って―――マジで?
かなめが代わりに話す。
「日陰ちゃん手を洗ってるときに、窓からのぞく女の人の顔を見たんだって」
「レズの覗き魔?」
「それなら警察呼ぶだけだけど―――
その顔には生気がなく、青白く光ってたって―――」
「それで―――そいつは?」
「そのまま窓を横切って消えたって言ってる」
俺はかなめに疑問を投げかける。
「消えたって―――霞のように?」
「うん? そこまでは見てないみたい。
怖くて目を瞑ってたって―――」
「むう―――」
俺は首をかしげる。
それでは本当に幽霊なのかわからん。
しかし―――、
「まさか―――アレも?」
不意にかなめがそう呟くのを俺は聞き逃さなかった。
「かなめ? アレって?」
「う…」
かなめが青い顔をして言い淀む。
「なんかあったのか?」
「それが―――」
かなめは―――、
暑くて夜中に起きた時―――、
俺をテラスに放置したのちに、廊下で同じような青白い人影を見たのだという―――。
―――って、やっぱり俺をテラスに放置したのはかなめか!!!!
「私は気のせいだって思ったんだけど―――」
「同じモノを日陰ちゃんも見たのか」
俺たちは五人で考え込む。
不意に藤香さんが呟く。
「そう―――見てしまったのですか」
「ん? ソレってどういう意味です?」
「司郎君―――実は」
藤香さんは深くため息をつくと話し始めた。
「この湯之源温泉にはとても悲しい逸話があるのです。
かつて、この湯之源温泉にある男女が泊まりました。
男は名家の貴族であり―――、女はその使用人だった―――、
その男女は故郷で身分違いだと結婚を禁じられ、駆け落ちでこの権現温泉郷へとやって来た。
しかし、追手はこの温泉郷にまでやって来て―――、
女は追手によって滝の上から投げ落とされ命を落とした。
男はそのまま連れ戻され、別の女性と無理やり結婚させられたそうです。
―――それ以来、この権現温泉郷には、女の幽霊が彷徨い歩くという噂がよく聞かれるようになった―――」
「―――」
その話に俺たちはさすがに息をのむ。
かなめたちが見たのはその幽霊?
「はははははは!!!!!」
いきなり香澄が笑いだした。
「なんだいきなり?!」
「司郎君? こんなの噂、噂!!!
そんな幽霊だなんているわけないじゃない!!!!」
そう言う香澄の足は震えている。
「香澄? 大丈夫か?」
俺がそう言うと―――、
「大丈夫って何が?
あたしは幽霊なんて信じてないし!!!!」
そう言ってテラスの方へと歩いていく。
「はははは!!!! いい天気だな!!!
こんないい天気の時に幽霊なんて―――」
不意に香澄が動きを止める。
「どうした?」
俺がそう言って香澄の肩に手を置くと。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」
「?!!!」
おもいっきり悲鳴をあげられた。
「香澄?! どうしたの?」
「あ…あれ」
そう言って香澄がテラスの向こうの林の中を指さす。
「ん?」
なんか青白い何かが林の隙間を横切ったような?
「みちゃった―――」
半泣きで香澄がそう言う。
どうやらあの青白い何かがその幽霊らしい。
「あら―――とうとう、香澄さんも見てしまいましたのですね?」
「香澄”も”?」
「そうです―――、実はわたくしも昨日の夜見てしまったのです」
「え?!!!」
「それはわたくしたちの部屋の隅に座っておりました」
「!!!!」
その言葉に全員がびくりとして部屋を見回し始める。
「そして―――、わたくしを恨めしそうに見ると―――
す―――と消えてしまったのです!!!」
「ひ」
女の子たちが顔を引きつらせて震え始める。
マジか?! ソレって本当に幽霊じゃないのか?!
さすがにかわいそうになった俺はおどけてみせる。
「はは!!! 大丈夫だって!!!!
そんなの迷信!!! 藤香さんは夢を見たんだ!!!」
「でも、私確かに今見たよ!!
林の中を歩く女の人―――」
「それは―――多分旅行客だって!!!
それより温泉行こうぜ!!! 皆で温まれば嫌なことも忘れるさ!!」
俺がそう言ってみんなの背を押す。
女の子たちはしぶしぶと言った感じで温泉へと向かった。
-----
―――で、
「みんな―――、なんで俺に抱きついてるの?」
湯船の中、かなめたちは涙をこらえながら俺にくっついている。
俺としてはうれしいが―――なんか動き辛い。
「―――大丈夫だって言ってるのに。
万が一幽霊が現れても俺が何とかするよ」
そう言ってみんなに笑うが。
「―――」
なんか嬉しそうに笑ってる藤香さんを除いて、みんなかわいそうなくらい震えている。
困った―――何とかならんものか。
俺がそう心の中で考えていると。
「お?」
不意に露天風呂の向こうの林に中に青白い人影を見た。
「アレって―――」
俺が何事かと立ち上がると。
「ひ!!」
かなめたちが小さく悲鳴を上げて同じ方向を見た。
「もしかしてアレが?」
「!!!!!」
かなめたちは顔を引きつらせて頷く。
俺はその姿をよく観察する。
―――それは浴衣を着崩した女性?
確かに青白い光を放っているが―――、これは?
「おい!!」
俺はその人影に向かって叫ぶ。
するとその人影は俺から離れるように歩いていく。
「待て!!!」
俺は急いで追いかけようとした。―――しかし、
「しろう~~~~~!!!!!!」
「ちょ、離して―――、かなめも、日陰ちゃんも、そんなに抱き着いたら追いかけられないって!!!」
「いや~~~!!!」
「おい!! 香澄も離して!!!
―――って、俺の”急所”握ってるのは誰だよ?!!!
そこはダメだから!!!!!」
かなめたちは錘のようにくっついて追いかけることが出来ない。
そのうちに人影が林の向こうへと消えていくのが見える。
これは不味い―――、
俺は仕方なく、無理にかなめたちを引きはがして追いかけることにした。
「ごめん!!!!」
俺は謝りつつかなめたちをその場に放置して林へと走った。
―――そして、
「ん?」
さっきまで青白い人影がいたところへと立った時、俺はあることを理解した。
(―――なるほど、そう言う事か)
俺はそう心の中で呟くと、かなめたちのもとへと帰っていった。
-----
旅館の俺たちが泊まっている部屋に、俺を中心にかなめたちが座っている。
一様に青い顔をした彼女らを見渡して俺は宣言する。
「なぞは全て解けた!!!!!
犯人はこの中にいる!!!!!!」
その俺の言葉を聞いてかなめと香澄が口を開く。
「司郎? そのセリフ色々危ないんじゃ―――」
「司郎君は探偵ってがらじゃ―――」
「お黙りなさい!!」
俺は二人を叱咤する。
「さて―――今回の事件。
もう一度、目撃者の証言をまとめてみようか?」
「うん? それで何かわかるの?」
「無論だ!」
<目撃証言1:かなめ>
廊下の向こうに青白い女性を目撃。
追いかけてみたらそこは行き止まりだった。
<目撃証言2:日陰ちゃん>
トイレの窓からのぞく女性を目撃。
その人影はそのまま横切って消えた(消える瞬間は見ていない)。
<目撃証言3:香澄>
林の中を歩く女性を目撃。
そのまま林の向こうへと消えた。
<目撃証言4:藤香さん>
部屋の隅に座っている女性を目撃。
そのまま霞のごとく消えた。
<目撃証言5:俺>
露天風呂から見える林の向こうにいる女性を目撃。
追いかけるがそのまま林の向こうへと消えた。
「―――というわけだが?
どうだい?」
「どうって?」
かなめが俺に聞き返す。
「わからない?
一人だけおかしな証言をしている人がいるんだが?」
「え?」
その場のみんなが顔を見合わせる。
どうやらわかっていないようなので種明かしをした。
「かなめ、日陰ちゃん、香澄、この三人の証言の”幽霊”は何らかのトリックを使えば普通の人間でもそのような行動は可能だ。
しかし―――藤香さん? あなたの証言の”幽霊”は、目前で消えている以上明らかに現実ではありえない話なんですよ」
その俺の言葉に一斉にかなめたちが藤香さんを見る。
「あら? わたくしですか?
その証言が超常的だから”嘘を言っている”と言いたげですわね?
そもそも”幽霊”なんですから目前で消えてもおかしくはないでしょ?」
「それはその通りなんですが―――、
あの”幽霊”少なくとも俺が目撃したモノは、生きた人間である証拠があるんですよ」
「え?!!!」
その場の全員が驚きの声をあげて俺を見る。
俺は真剣な表情で言った。
「あの”幽霊”は生きた女性です!!!!!
なぜなら!!!!
―――――――――――――生きた女性の”香”がしたからです!!!!!!!」
パシ!
思いっきりかなめに頭をはたかれた。
痛い―――。
「アンタ!!! 女の子を匂いで識別してるのか?!!!!」
「司郎君…正直キモイです」
「うわ~~~ドン引きだわ」
―――非難轟々である。
むう―――。
「―――と、そう言うことで。
あれは明確に生きた女性であり。
おそらくかなめや日陰ちゃん、香澄が見たモノも生きた人間である可能性が高い―――。
これってたぶん藤香さんの―――」
「―――」
藤香さんは無表情で俺を見る。そして―――、
「そう―――、さすがは司郎君ですわ。
わたくしの犯行を見破るとは―――」
(犯行?)
かなめが心の中で突っ込む。
「そうですわ。
今回の殺人事件の犯人はわたくしです!!!!」
(殺人事件?)
ついでに香澄も心の中で突っ込む。
「なんでだ!!!! 藤香さん!!!!!
なんでこんなことを!!!!!」
俺がそう叫ぶと、藤香さんはその場に泣き崩れた。
(何この茶番劇―――)
かなめと香澄が呆然と俺たちの様子を見つめ。
日陰ちゃんは訳も分からずきょとんとしている。
「これって―――ようは藤香さんが考えた悪戯なんです?」
そうかなめがまとめると。
藤香さんは笑って答えた。
「まあ、わたくしが考えたのではなく、旅館の支配人”湯之源泉太郎”さんが考えたんですけどね。
今回の事は、この権現温泉郷を繁盛させるべく企画した、”幽霊出る温泉郷探訪”という企画の試験運用ですの」
そう、これはまさしく温泉郷全体を利用したドッキリだったのである。
「なんだ―――そんな話だったの」
かなめが安心したようにため息をつく。
「でも―――この企画って、一部のマニア以外は怖がって、温泉郷に近づかなくなるんじゃ―――」
「まあ―――そういかもしれませんわね」
藤香さんはかなめのその言葉に苦笑いしたのである。
そして―――、
-----
瞬く間に湯之源温泉での騒がしい休日は終わりを告げる―――。
俺たちは帰り支度をすることとなった。
「今回はお騒がせして申し訳ありません」
湯之源温泉の女将がそう言って頭を下げる。
「いいっすよ! 結構楽しかったっす!!」
そう言って俺は女将に笑顔を向けた。
女将は笑いながら―――、
「そう言えばお客様方は天城市からいらっしゃったのですね?」
「そうっすが? なんかありました?」
「実は私も昔、天城市の高校に通っていたんですよ」
「へ~~~」
俺が右手で頭をかくと、不意に女将が驚いた顔をして呟く。
「その右手のあざ―――」
「ん?」
その女将が指さしたのは、俺の右手の星印だった。
「これが何か?」
「お客様は―――」
女将が少し青い顔で俺を見る。
「そのあざは―――、昔同じあざを持った人を見たことがあります」
「え?!」
「それは私が高校生だったころ―――、
いつも女の子に囲まれていた男の子がいて、その手にあったのがその星印と同じものでした」
「―――!」
「でも―――、ある日その男の子の周りにいた女の子たちは―――」
その後の女将の言葉に俺たちは息をのんだ。
「行方不明になったんです―――。全員―――」
「行方不明?! じゃあその男の子は?」
「その子の話はそれ以降聞かなくなりました。
おそらく女の子と一緒に行方不明になったんだと思います」
「…」
女将の言葉に俺たちは顔を見合わせる。
「その男の子の名前だけははっきりと覚えています」
――――――その名前は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます