空飛ぶ手紙

霞(@tera1012)

第1話

「おとうさん」

「ん?」

「きょうは、おしごと、いかないの」

「ああ、うん。ママに聞いたの?」

「うん。でも、ほんとに? ずうっと、おうちにいるの?」

「ふふ、本当だよ」

「おでんわは、こない?」

「来ないよ。……いつも、ごめんな」

「ううん。キュウカンは、たいへんなんでしょう。おとうさんしか、やっつけられない、びょうきなんでしょう」

「……そうだね……」

「うふふふふ。うれしいなー」

「……っ。お父さんも、嬉しいよ。一緒に、何がしたい?」

「うーんとねえ、うーんとねえ、おはなし!」

「おはなし? それでいいの?」

「うん! おとうさんの、ひみつのおはなし、おしえて」

「秘密の話かあ……難しいな」

「うふふふー」

「そうだなあ。じゃあ、お父さんの秘密のお友達の話、教えてあげようか」

「わあ! おしえて、おしえて」



「お父さんがまいちゃんぐらいの年だったころ……多分、小学校4年か5年生ぐらいだな」

「まいは、にねんせいだよ!」

「うわ、ごめんごめん。そうだよな、2年生と4年生は大違いだな……。まいちゃんよりちょっとお兄さんの4年生か5年生ぐらいの頃、学校で、クラスのみんなで、手紙をつけた風船を飛ばしたんだ」

「へええー! ふうせんー?」

「今じゃ多分、やらせてもらえないだろうな。お父さんが子供の頃は、今より色々、おおらかだったんだよな。とにかく、何かのイベントで、風船に手紙を付けて飛ばした。見つけたら、お返事くださいと、学校の住所付きで」

「おへんじ、きたの?」

「そう。来たんだよ。すごく遠くの町の女の子から、学校に返事が来た」

「うわあ、すごいねえ!」

「そうだろ。クラスのみんな、担任の先生も、興奮しちゃってさあ。全員で一通ずつ、その返事にお礼の手紙を書いたんだ。そうしたら、なんと、もう一回、しかも一人一人に返事が来た。その子のお母さんから」

「ひとりひとり?」

「びっくりするだろ。お父さんのクラス、41人いたんだぜ? 担任の先生の申し訳なさそうな顔、今でも覚えてるよ」

「まいのくらす、30にん!」

「そう、あの頃、ひとクラスの人数が多くてさあ、……それはまあいいや。それで、お父さんの手紙にだけ、他の子よりも長いお返事が来ていたんだ。内容も、他の子へのものとは違っていた。多分、お父さんの書いた手紙の内容に、お母さんが思うところがあったんだろうね。そのあと、お父さんへのお返事だけ先生が預からせてくれって言われて、朝礼で校長先生が、その返事を読み上げたんだ」

「おもうところ?」

「そう。七郷のおばあちゃんちから見える山、分かるだろ。お父さん、『僕たちの学校の近くには、有名な○○山があります。とてもきれいな山です。××県に来ることがあったら、ぜひ登ってみてください』みたいなことを、書いたんだよね。そうしたら、お返事には、こう書いてあった。『●●――女の子の名前だよ――は、こうげんびょうという病気にかかっていて、車いすで生活をしています。○○山に登れなくて、残念です』……お父さんも担任の先生も、びっくりしちゃってさあ」

「びょうき? ……くるまいす?」

「そう。お父さんは、膠原病こうげんびょうという言葉も知らなかった。周りの大人に聞いても、よく分からない。どこが悪くなる病気かすら、ちゃんと知ることができなかった。それからお父さんの中には、ずうっとその手紙の女の子が住みついていて、時々、ひょいっと顔を出すんだよ」

「こうげんびょう。でも、おとうさんはおいしゃさんだから、なおせるんでしょ? なおしてあげたの?」

「膠原病は、とても難しい病気なんだ。医学生になってたくさん勉強して、医者になった今でも、まいちゃんに分かりやすく説明することが、できないくらい」

「むずかしいの……? なおらないの?」

「そうだね。どんどん治療薬は進化しているのだけど、今でも、根本的に『治す』ということは、難しい病気だ」

「おへんじくれたおんなのこ、なおらなかったの?」

「……分からない。その後で、手紙をやり取りし続けるのはお相手の負担が高すぎると先生たちが判断して、やりとりは終わりになったから」

「なおってたらいいね」

「……そうだね」

「おやま、のぼれてたらいいね」

「……そうだね。……お父さんが、お医者さんになった根っこのところには、たぶん、あの手紙がある。それから、あのとき女の子のお母さんがどうして、クラス全員に返事をくれたのか、それは、お父さんがまいちゃんのお父さんになって、ようやく本当に、理解できた」

「おとうさんが、おとうさんになって?」

「……うん。まいちゃんにも、いつか、分かるかもしれないね。それまで、このお手紙のお話を、覚えていてくれると嬉しいな」

「うん! まい、わすれないよ! こうげんびょう!」

「ふふ。……これが、お父さんの秘密。誰にも言っちゃダメだよ。みんなには、ブラックジャックがカッコよかったから医者になった、って言ってるんだから」

「ママにも?」

「うん、ママにも」

「分かった!! まいとおとうさんだけのひみつね!……ねえおとうさん、モシモシセットしたい!」

「もしもし、セット……?」

「うんとね、ポポちゃんをモシモシするの!」

「あー……うん。お人形さんね。……ふふ、家にいるのに仕事してるみたいだな……」

「はい! おとうさんがポポちゃんね!」

「あ、お父さん、患者の方ね……」

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