第40話 ムーバーの意地と乙女の涙

 アンスフェルムについて白い壁紙が貼られた廊下を歩いていると、前からやって来た男から彼に声がかかった。旦那様、と呼びかけてきたので、この家の使用人なのだろう。アンスフェルムが気軽な様子で応じ、足を止めた。


「先に行っておいてください、ロクサーナ様。その角を曲がってすぐの扉ですので」

「ええ、分かりました」


 角を曲がれば、右手側に両開きの扉があった。軽くノックすれば、中からルックではない男の声で「どうぞ」と声が返る。ロクサーナは、そっと扉を押し開けた。


 部屋に入ると、正面奥のベッドにルックが腰掛けていた。壁際に大きな白い棚と、今ルックが座っているベッド。傍にあるデスクには、カルテと思われる紙の束の上にペンが転がっている。ここは医務室のようだ。漂う消毒液のにおいが、ロクサーナの鼻をツンと突いた。


 ベッド向こうには大きな窓があるが、丁度大きな緑葉が重なり合い、外の景色を楽しむことはできなさそうだ。逆にいえば、外から覗かれる心配は少ないだろう。


 ルックの傍には、彼を客間から連れていった丸眼鏡の男。そしてルックが「ソフィー」と呼んでいた女がいる。顔を上げたルックの眉は痛みのためかしかめられていたが、すぐにそれは緩められ、口元には自嘲気味な笑みが浮かんだ。


「ああー、お嬢さん。見ての通りだ。随分と男前になっただろう?」


 彼の左腕は首から三角巾で吊られており、上半身を脱がされた状態であちこちに包帯が巻かれている。右足は固定されていないことから骨折はまぬがれたようだが、それでも巻かれた包帯からは血が滲み出ている状態だ。そんな酷い状態でありながら軽口と共にウィンクを寄越され、ロクサーナは彼のたくましさに舌を巻いた。


「本当に、いくら礼を言っても足りないくらいなんだ。ありがとう、お嬢さん。紹介するよ、こっちが、ここで医者をやってるフィン」


 ルックの右手側で、丸眼鏡の細身の男が「よろしく」と言ってくれる。ルックとそう歳が変わらないようだ。


「で、こっちがソフィー。ここで住み込みのメイドとして働いているんだ」


 次にルックが紹介してくれたのは、左手側にいる、客間でルックを叱り飛ばしていた女だった。彼女からは、丁寧なお辞儀が向けられた。


「彼女はロクサーナ。知っての通り、俺の命の恩人だ」


 名乗る前にルックが二人に紹介してくれ、ロクサーナはフィンとソフィー双方に「どうぞよろしく」と挨拶を返した。


「実は、ここでしばらくお世話になることになったのです」

「そりゃいい! ここなら安全だし、食事も美味うまいよ。彼女の作る菓子も格別に美味いしね」

「それは、良いことを聞きました」


 彼自身が得意そうに言ったことで、ロクサーナは彼らが親しそうなことに納得する。きっと彼は、ここでよく彼女の作る菓子を食べる機会があるのだろう。


 そう思っていると、物言いたげなソフィーと目が合った。


「あの、私からも、お礼を言わせてください、ロクサーナ様。この人を助けてここまで連れてきてくださって、本当に、ありがとうございました」


 ソフィーが改めて丁寧に礼を述べてくれた。心底安堵したような微笑ほほえみが、彼女の頬に浮かんでいる。ああ、もしかしたら彼女にとってルックは特別なのではないか――、なんとなくそう感じながら、ロクサーナは彼女からの礼を受け止めた。


「私の方こそ、礼を言わねばなりません。ここへ来たお陰で探していた妹に会えたのです」

「えっ! そうなの!」

「ええ」


 目を丸くして声を上げたルックに肯定して笑みを見せると、彼は我が事のように破顔した。


「そりゃあ良かった! ……ん? じゃあ、まさか、あの子だったのか? そういや……の色そうだよなァ」


 驚いたのはルックだけでなかった。ソフィーも目を丸くしている。


「旦那様からは、今度ファル・ハルゼに行く時まで置いておくと言われていたんです。まさかそちらから迎えに来ていただけるなんて……」

「本当に、運が良かったです。シュナイダー様にはお礼を申し上げたところです」

「そうか。そりゃあ、もう一件落着ってやつだな。なぁソフィー、はるばるやって来た姉妹を早々に引き合わせちまうあたり、俺ってやっぱりだろう?」


 ルックがソフィーにウィンクを送るが、こういう態度はいつものことなのだろう。彼女は相手にせずといった様子で、ロクサーナに話しかける。


「良かったですわ。とても気丈な妹さんですけど、時々、本当に寂しそうにしていましたから……」


 しみじみと感慨深そうに笑みを向けてきたソフィーに、ロクサーナも感謝の笑みを返した。彼女はここで、ティアリーの世話を焼いてくれていたのかもしれない。


 ひとまずティアリーの報告をして話が落ち着いたところで、ロクサーナは気になっていたことを聞いてみることにした。


「ところで、ルック。一体何があったのですか? あの時逃げていった女性は、貴方あなたと一緒に酒場を出た女性でしょう?」

「え、ああー、うん。そうなんだ」


 何故なぜか言葉をにごしたルックを不思議に思ったと同時に、ソフィーの咳払いがあった。ルックに向けられた彼女の視線が、急に冷ややかさを帯びた気がする。


「ルック? 貴方あなたまた……?」

「いや、違うんだよソフィー! 知らない女だ! 大事な話があるって言われたんだよ、相談したいことがあって助けて欲しいって!」

「知らない女ならもっと警戒すればいいでしょう! どうせ出るとこ出た美人だったんでしょうけど!」

「そりゃあ……否定ハシマセン」


 まるで宣誓するように無事な方の片手を挙げ、何故かカクカクとした話し方をするルック。そのおどけた態度に、ソフィーが呆れたように口を開ける。


「まったく……反省の色なしね!」


 ――ああ。


 ロクサーナは喧嘩のような二人の応酬を前に、口を挟めないでいた。余計なことを聞いたかもしれない。


 ちらとフィンを見れば、目が合った。彼の両肩がすくめられる。いつものことだとでも言うような小さな笑みが、彼の口元に浮かんでいる。


「それで? その女と何があったんだ、ルック」


 フィンが二人の会話に割って入った。それでようやく、ルックとソフィーが口を閉じた。ロクサーナ含め皆の視線を浴びているルックが、沈黙の中、そろそろと口を開く。


「それがさ……、人気のない路地裏で……誘われたんだよ。いや! さすがに俺も、そうも露骨だと……いや、違う! ちゃんとすぐに立ち去ろうとしたぞ!? 本当だ! そしたら奥から男が二人出てきやがった。彼女がおびえて俺の後ろに隠れようとするからさ、なんか追われてるのかと思って、それで――」

「ヒーローみたく女をかばったところ、その女に後ろから肩を刺されたってわけかい」

「そう! フィン、よく分かったな。まさか見てたんじゃないだろうな?」

「お前も女運がわる……、いや、何でもない。災難だったな」


 一瞬、フィンがソフィーに目をやり――、取りつくろうように言葉を並べた。ソフィーは呆れ半分、怒り半分といったところだろうか。軽くルックをにらんでいる。


「どんな奴らだったか分かるか?」


 フィンがルックに問えば、ルックの青い瞳が少しばかり陰った気がした。彼の右手が、忌々いまいましそうに頭を掻く。


「デカいヤツと、そうデカくない奴。知らない奴らだったが、まぁチンピラだろうよ。人を痛めつけ慣れてやがった」


 ルックの説明を聞きながら、ロクサーナは少し遣る瀬無い気持ちになった。工業的に最も発展していると聞くこの都市であっても、そのような人間が居るのだ。犯罪なんてものは国がいくら豊かになっても無くならないものなのかもしれない。


「だが、誰の指図かは想像つくぜ。どうせキャバリエ商会が仕組んだに決まってる」

「キャバリエ商会?」


 ほぼ断定的に出た名前についてロクサーナが問えば、ルックの鋭さが宿った目と目が合った。


「このシュナイダー商会の商売敵で、明日の試合相手の支援者パトロンさ。随分と強引な取引きもしているってうわさだ。奴らにとっちゃ、これも取引の一環なんだろうぜ」


 ルックが吊るされた片手を掲げ、口元を歪めた。


「評判が良くないのですね。でも、それだけで決めつけるのは早計では?」

「このタイミングだぜ、お嬢さん。アイツらならやりかねないさ」


 ルックの中では、その線で決まりのようだ。この都市に住んでいるルックがそう思うのであれば、その可能性は高いのだろう。


 その時、アンスフェルムが部屋に入ってきた。巨漢の護衛も一緒だ。


「怪我の手当は終わったかい? フィン、どんな具合だ」

「左腕は確実に折れています。右足は裂傷、こちらも骨にヒビが入っているかもしれません。あとは切り傷と打撲です。しばらくは安静が必要でしょう」


 フィンが、淡々と告げた。


「そうか……。では、明日の試合は棄権きけんするしかないな」


 そういえば、ルックが決勝だと言っていたことを思い出す。確かに、これほどの怪我ならば棄権するしかないだろう。そう思った時、ロクサーナはルックの眉が深くひそめられるのを見た。


「俺は出ますよ!」


 部屋に響き渡ったルックの声は、力強かった。これだけはゆずれない、という気持ちが見えそうなほど、かたくなな強さだ。フィンが軽く首を振りながら肩をすくめ、反対側にいるソフィーは顔を強張こわばらせた。


「何を言っている、ルック。その怪我では無理だろう。違約金なら問題ない、私には払える額だ」

「違約金のこともありますけど、俺は闘技場コロシアムM.O.V.乗りムーバーですよ! 骨が折れた状態で動かすのは初めてじゃあありません!」

「しかしな、ルック」

「試合を放り出すなんて有り得ない! 太守も観覧する決勝試合だ。生身の殴り合いなら勝ち目はないが、M.O.V.ムーブに乗ってんです。棒で縛ってくれさえすれば動かせます!」


 随分と無茶を言う――。ロクサーナはそう思った。しかし同じくM.O.V.ムーブに乗る身としては、彼の覚悟も理解はできる。しかも、太守も観覧するとなれば、このストラングル・コーストの一大事業と言ってよい。そこに懸ける意気込みはめられるべきものだ。


「で、でも……っ」


 震える声を絞り出すように発したのは、ソフィーだった。


「すごく痛いんでしょう? そんな状態で戦えるわけがないじゃないの!」

「なら痛み止めをくれ。俺は、絶対に試合に穴を開けるような真似はしない。敵に背を向けて逃げ出すなんてこと、親父から受け継いだクラージュに恥は掻かせられないんだ」

「でも」


 ぐっと喉元で言葉を抑えたように声を詰まらせたソフィーが、青褪めた顔でこちらに視線を向けてきた。正確には、ルックの支援者パトロンであるアンスフェルムに、だ。彼女は、アンスフェルムにルックを止めて欲しいのだろう。彼女同様に視線を上げたルックは、逆にアンスフェルムからのGOサインを待っているように思われた。


 アンスフェルムからの言葉は、すぐには発せられなかった。彼を見れば、ほんの僅かに眉根を寄せている。彼はこの商会を切り盛りしているやり手の商人だ。おそらくは様々な要素を踏まえ、どうすべきか考えているのだろう。


「……違約金を払うことは構わない」


 そう彼が口にすれば、ソフィーが小さな吐息を漏らした。しかしそれはすぐに悲痛なほどの声無き悲鳴に変わった。ロクサーナは、確かにそれを感じた。アンスフェルムが「だが、ここで怪我を押して戦う方が、ルックの価値を高めるやもしれん」と続けたからだ。


「運営は『悲運の闘士』という見せ方をするだろう。もし負けたとしても、ルックに同情が集まれば、再戦のチャンスが得られるかもしれない」

「そうですよ、旦那さん! 俺はその『悲運の闘士』とやらを演じ切ってみせます!」


 表情を明るくして満身創痍の体で闘志を燃やすルックと、それを良しとして彼の要求を呑もうとしているアンスフェルム。ルックのM.O.V.乗りムーバーとしての秩序は言わずもがな、ロクサーナはアンスフェルムの考えに思考を巡らせていた。


 少し話しただけだが、このアンスフェルムという男は人間であると思う。ティアリーを大切に保護していてくれたことからも、それは疑うべくもない。そして、支援者パトロンをしていることから考えても、M.O.V.ムーブのことに関して無知ということもないだろう。覚悟無しに動かせるような玩具ではないことは、分かっているはずだ。ましてや今のルックのように重傷を負った状態で操縦し、戦うことが、彼の命を確実に脅かすということくらい、知識として知っているはずなのである。


 それでも彼がルックの要求を呑もうとしているのは、彼がそのことを『リスク』としてはあまり考えていないからなのだと、ロクサーナは推察していた。人道的観点を無視して言ってしまえば、M.O.V.乗りムーバーは替えがく。しかもここはM.O.V.乗りムーバーが集まってくるストラングル・コーストなのだ。しかしアンスフェルムはルックのことを、『死んでもいいか』などとは思っていないだろう。おそらくは彼の無意識下で、自身の商会の運営に致命的な結果は生まないだろうという感覚があるのだ。そんなアンスフェルムの考え方を、ロクサーナは否定しなかった。経営側からのそれは、貴族であるロクサーナにとっても理解できることだからだ。むしろ『駒』の一つであるM.O.V.乗りムーバーに寄り添った考え方である、と評価した。


「あの、よろしいでしょうか」


 しかし、ロクサーナはこのまま傍観していることはできなかった。ルックのことを心配するあまり顔を青褪めさせ、あれ以上、口を出すこともできず、目に涙を溜めているソフィーの姿を、どうしても見過ごせない。もしルックが試合の最中に不幸に見舞われたと想像するだけで、彼女の流す涙が目に見えてしまう。そしてロクサーナ自身も、ルックのそんな未来を現実にはしたくなかった。


 ルックとアンスフェルム、そしてソフィーとフィンの視線も感じながら、ロクサーナは発言の許可を得たと認識し、口を開いた。


「もし、大会規定で問題が無ければ、私が代役を務めるというのはどうでしょう?」

「えっ、お嬢さんが!?」


 ルックが目を丸くして驚いた声を上げた。

 ロクサーナはそれに対し、頷いてみせる。


貴方あなたの気概は素晴らしいものですけれど、さすがにその怪我では危険が過ぎると思います。シュナイダー様、貴方も腕の立つパイロットを再起不能にしたくはないでしょう」


 アンスフェルムに視線を送れば、彼も驚いた様子ではありながら頷いてくれた。彼の中ではすでに代役についての考えが吟味され、使える手だと答えを出したに違いない。


「それは仰る通りです。ですが、それでは貴女あなたが危険な目に遭うかもしれません」

「承知しています」


 闘技場コロシアムで戦ったことなどないが、ブリガンダインなら大丈夫だろうと思う。ルックは確か中量級の決勝と言っていたし、まるっきり戦いにならないような巨大な相手は出てこないはずだ。これまでも、ブリガンダイン=ヴァージルと共に戦ってきたのだ。そう簡単に負けるつもりもない。


「大会規定的には……、おそらく問題ないはずです。過去にそういった事例を聞いたことはありませんが、パイロット交代に対する規定はあったような……つまり禁止されていなかったはず。すぐに確認しましょう」

「えっ、旦那さん! じゃあ、本当にこのお嬢さんに出てもらうん――テェッ」


 立ち上がろうとしたルックが、顔をしかめてうめき声を上げた。痛みをこらえているのだろう、ソフィーに支えられている体が強張こわばっているようだ。顔を上げた彼の青い瞳には、申し訳無さが見て取れた。


「棄権しないのであれば、そうする他あるまい。すぐに運営本部――もう今日は閉まっているか……とにかく連絡はしよう。ルック、明日の大会に顔だけは出せるように休んでおきなさい」

「わ、分かりました……。お嬢さん、本当にいいのか?」

「はい、お気になさらず」


 ロクサーナはルックに笑みを返した。これは、二人へ恩を返す良い機会だ。特にアンスフェルムには、ティアリーを保護していてくれた大きすぎる恩がある。


「それで、試合に出るにあたって私のM.O.V.ムーブの整備をしたいのですが、格納庫ハンガーを使わせていただいてよろしいでしょうか?」


 長旅をしてきた直後だ。試合とはいえM.O.V.ムーブと戦うならば、完璧に整備をしておきたい。BGGの窯入れができる設備も整備士も、彼は持っているはずだ。だが間に合うだろうか? それが心配だった。これらのことは、アンスフェルムもルックも承知のことだと、ロクサーナは思っていた。


 しかしアンスフェルムから返ってきたのは微妙な表情だった。拒否というわけではない、困惑、だろうか。ルックを見れば、こちらは目をまたたかせ、合点がてんがいったように大きく口を開いた。


「ごめん! お嬢さん! 試合に出るM.O.V.ムーブは俺ので登録されてるんだ。これは変更できない」

「あ!」


 そうだったのか。

 ロクサーナは大きな思い違いをしていたことを知った。焦りが顔に出ただろうか? 実際、胸の内では不安の芽が顔を出している。


「と、いうことは、貴方あなたM.O.V.ムーブに私が乗る、ということになるのですね」


 確認するように言うと、ルックの眉が心配そうにひそめられた。


「大丈夫? ――じゃ、ないよな。やっぱり俺が出る。元々そのつもりだったし、問題ないよ」

「いえ、多分、大丈……」


 大丈夫、と言いかけ、ロクサーナは言葉を止めた。明日の試合はルックやアンスフェルムにとっては大事なものだ。軽率な返事をすべきではない。心情的には自信を持って任せて欲しいと言いたいところだが、それに見合う実力が自分にあるかと自問すれば、はっきりと今、答えることはできなかった。


「断っていただいても構いません、ロクサーナ様。M.O.V.ムーブはパイロットによる個々の設定や調整がされるものだと聞いています。ルックのM.O.V.ムーブを練習もなしに操縦するのは、どんなパイロットであっても難しいでしょう。勿論、貴女のM.O.V.ムーブは、私が所有している格納庫ハンガーに入れていただいて結構です」


 アンスフェルムの言葉を聞き、更に『パイロット交代』の難しさを認識する。その通りだ。ロクサーナも、ブリガンダインに独自の調整を加えている。武器の重さや長さも異なるだろう。となれば、当然、射程距離も異なり、必要な踏み込みの幅も変わる。考えれば考えるほど、難しさを自覚することになった。


 それでも、ロクサーナは「できない」とは口にしなかった。ルックの代わりに試合に出ることは、今の彼のためには必要だ。そして、自分でも意外なことに、未知への挑戦という課題に対して、心の一部が浮き立っているのを感じていた。


「一つだけ聞かせください。ルック、貴方あなたの乗るM.O.V.ムーブのOSは何でしょうか」


 Operatingオペレーティング Systemシステム。複雑な装置を動かすのに必要なソフトウェアのことだが、M.O.V.ムーブに使われている種類は複数ある。


 ルックが難しそうな顔をした。


「すまんね。クラージュはポーラ・スターなんだ」


 M.O.V.ムーブのOSとして最も普及しているのは、「ランナー」だ。「ポーラ・スター」はランナーに比べれば扱いにくいと言われている。プログラミング技術がなければ使いこなせないからだ。故に、ポーラ・スターに慣れた者がランナーへ乗り換えることに比べれば、その逆はハードルが高いとされている。


 しかし、ロクサーナはルックとは対照的に笑みを浮かべた。ブリガンダインはまさに、ポーラ・スター派閥のOSだからである。


「であれば、慣れているOSです。ですが一応、確認させてください」


 そう答えたが、ロクサーナが確認するつもりなのはOSのバージョン差ではなかった。と言うよりもだ。いつも自分が乗っているブリガンダインに居るヴァージルならば、この自分がルックのM.O.V.ムーブを動かせるかどうかが分かるだろう。ああしかし、その前にティアリーとフェリオンに会って安心させてやらねばならない。


 一旦返事を保留し、ロクサーナはソフィーにティアリーの部屋への案内を頼んだ。


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