第41話 相棒の手
「――と、いうわけなの」
ロクサーナはヴァージルに諸々の出来事を簡単に説明し終え、操縦席の
ここはシュナイダー商会所有の
アンスフェルムの好意で、返事
『まずは、おめでとうございます。お
「ええ、ありがとうヴァージル。アンスフェルムは信用の置ける人だと思うわ。ティアのことを本当に大切にしてくれているの」
ここへ来る前、ティアリーに宛がわれている部屋に行ってきた。話し合いが穏やかに終わったと察したのか、ティアリーの安堵したような表情が見られた。フェリオンにも簡単にアンスフェルムから聞いた話を説明し、出発の
『それで……、
ヴァージルのバリトンボイスが、硬質さを帯びた気がした。少し
「無用かどうかは私が判断するわ。
これまで
『勿論、
「良かった! じゃあ、なんとかなるのね」
後発であるポーラ・スターが生まれたのは、ランナーへの反発からだった。ランナーは内部がブラックボックス化されており、改良が
「それじゃあ、今夜一晩と明日の午前中を設定と調整作業に
試合は明日の午後だと聞いている。初見の
「それでも感覚は違うのだろうけれど……、戦っているうちに掴むしかないわ」
ロクサーナはそう言いながら、自身にも言い聞かせた。
今、キャットウォークを挟んだ隣に立っているルックの
槍はどちらかといえば形状が
『やはり引き受けることは決定事項なのですね』
「……いけない?」
『
「理由ならあるわ、私が彼らの力になりたいの。今の私にできる恩返しはこのくらいだからよ」
そう伝えれば、また短い沈黙があった。
『恩返し……ですか?』
「そうよ、大切なことなの。お
早くに亡くなってしまった祖父にも、よく可愛がってもらった記憶がある。
『――分かりました』
ヴァージルから、了承の言葉が返った。それにホッとしつつも、ルックの
『ところで、マスター。明日の試合は、どのような場所で
「えぇとね……。確か、この近くの
町の傍にある
『では、観客席はどうなっているのでしょう? ファル・ハルゼでの模擬戦のときは離れた高台でしたので、それほど気を
「うん、そうよね。でも、遺跡には観客席は無いみたいなの」
『無いのですか?』
「そう。その代わり、動画撮影されるらしいのよね」
そうなのだ。撮影したものを編集し、後日、都内の劇場で上映する仕組みらしく、聞いた時は驚いた。
「外からも、内側もよ」
『内側とは?』
「コックピットよ。カメラとかの機材を中に設置されて、私がずっと撮影されちゃうの。これは決まりで、拒否できないんですって。筋書きのない映画を撮るようなものだって」
この都市では、
『色々と難儀な試合のようです』
「まぁ、仕方がないわ。ここでは
『そのようですね』
「じゃあ、アンスフェルムとルックに返事をしてくるわ。それから、あっちで作業する。ねぇ、たまに話しかけてもいいかしら?」
『それは構いませんが……、マスター。もしや思い違いをなさっておられるのでは』
「えっ、何を?」
ふいにそんなことを言われ、疑問と共に胸の奥が妙に騒いだ。
『時間がないのでしょう。早く私を出していただけますか』
「……出す?」
『イエス、マスター』
ロクサーナは言われたことがすぐに理解できず、小首を傾げてしまう。ミュウ、と鳴いた
慌てて操縦席の後ろに回り、狭い床に膝をつくと、壁の一部を開く。ここはブリガンダインの中枢だ。そして、ヴァージルの居る場所でもある。彼を設置できるよう
「もしかして、あっちにも繋がれるの? ヴァージルってブリちゃん専用だと思っていたわ!」
『それは
「そっか……確かに
『そうとも言えるかもしれませんね。しかしそれならば、パイロットもモジュールの一つと表現できます』
「あっ。ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃなかったの」
『いえ。マスターの「そういうつもり」が何を
物扱いしてしまったことへの謝罪だったが、ヴァージルは気にしていないようだ。
『マスターに確認していただきたいのは、搭載先の
「UDBポート……多分あるとは思うけれど、調べてみるわね」
『よろしくお願いします。もう一点、これは確認と言うより懸念点なのですが』
「え、何かしら――、あ、もしかして、乗り換えちゃったら戻せないとか……?」
まさかとは思いつつも、口にしてみれば心配になる。焦りと不安がヴァージルに伝わったのだろうか、『それは問題ありませんよ』と返ってきた。
『問題となり
「ああ――、ええ、確かにそうよね。その場合、どうなるの?」
『何らかの方法で固定していただくことになります。
「そうね。……となるとロープか何か……」
『どういう方法で固定していただくにしても、私も乗り物酔いしないよう気を付けますよ』
ロクサーナは一瞬、不安になった。やはりブリガンダインではない機体に載せることでヴァージルのパフォーマンスが低下するのではないか、と思ったからだ。それを「乗り物酔い」と表現したのだと理解――しようとしたが、直後にヴァージルが乗り物酔いで苦しんでいる情景が思い浮かび、思わず笑ってしまう。笑ってしまってから初めて、冗談を言われているということに気が付いた。いつもと変わらない真面目な口調で言われたため、ついこちらも一旦真剣に受け止めてしまったのだ。
「……ふふっ。もし酔っちゃったら、後で介抱してあげるわ!」
ロクサーナは嬉しさと
「でも、ホントにいいの? 私としては助かるけれど」
『勿論です。私は
見下ろせば、自分の影の中に浮かぶ紫色の光が、こちらを見上げている。そこに
「――ねぇ、久し振りに出てきたのだし、手を見せてくれない?」
『手? ――ああ。どのみち、あちらに繋がる際に見られると思いますが……』
そう言いつつも、そう時を置かず髪に触れてきた感覚があった。黒い
ロクサーナは箱を膝の上に置くと、
ちょっとした悪戯心で、ロクサーナはそれを掌に添わせるようにして、頬を寄せた。ほんの僅かな振動を頬に感じたが、一瞬だった。驚かせたのかと思ったが、触れてきたのはヴァージルからだ。きっと問題があるなら、彼ならそう警告するだろう。
『……ロクサーナ』
「なぁに」
名を呼ばれた。その後に訪れる沈黙。ロクサーナはこういう時、ヴァージルを
『
受け止めた胸の奥が、少し震えたかもしれない。
「嬉しいわ、ヴァージル。ええ、私には
触れていた
「なんだか……なんて言えばいいかしらね。そう、なんでもできそうな気分になったわ、ヴァージル。ありがとう」
ロクサーナはヴァージルを両手で抱えたまま立ち上がった。実は
『どういたしまして、マスター』
また、ヴァージルの声が、ロクサーナの耳を心地良く
そうしているうちに
『ミュ』
『……
『ミュゥ?』
『あなたがそれをしても許しませんよ』
頭を傾げた
それが
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