第41話 相棒の手

「――と、いうわけなの」


 ロクサーナはヴァージルに諸々の出来事を簡単に説明し終え、操縦席の背凭せもたれに背を預けた。膝にはC.L.A.U.-1クロウ・ワンが乗っている。胸元へ抱き付かれている状態だ。甘えたいのか、小さくミュウミュウと鳴き声が上がり始める。そんなC.L.A.U.-1クロウ・ワンの柔らかな頭を、ロクサーナは優しく撫でた。


 ここはシュナイダー商会所有の格納庫ハンガーだ。ブリガンダインを停めていた場所から、壁伝いに奥へと回った場所である。傍には巨大な闘技場コロシアムらしき建造物があり、そこへ至る広い道も整備されていた。この区域には、他の格納庫ハンガーも幾つかあるようだ。一帯を警備している兵士たちの姿も見え、ここは公的に護られた場所なのだろうと思われる。


 アンスフェルムの好意で、返事如何いかんかかわらず格納庫ハンガーの使用を許可してくれたのだ。早速ブリガンダインを移動させてもらい、今はルックのM.O.V.ムーブクラージュ――機体名称は『ベルラトール』であるのだが、ルックはクラージュという愛称を付けている――の隣に立っている。


『まずは、おめでとうございます。おさがしの女児が見付かり、何よりでした』

「ええ、ありがとうヴァージル。アンスフェルムは信用の置ける人だと思うわ。ティアのことを本当に大切にしてくれているの」


 ここへ来る前、ティアリーに宛がわれている部屋に行ってきた。話し合いが穏やかに終わったと察したのか、ティアリーの安堵したような表情が見られた。フェリオンにも簡単にアンスフェルムから聞いた話を説明し、出発の目処めどが立つまではここで厄介になることを伝えてきたところだ。無論、まだ試合のことは話していない。


『それで……、貴女あなたは無用な試合を引き受けるおつもりですか?』


 ヴァージルのバリトンボイスが、硬質さを帯びた気がした。少しとがめられている気分になってしまう。


「無用かどうかは私が判断するわ。貴方あなたに聞きたいのは、そのM.O.V.ムーブをなんとか私にも動かせないか、ということよ。同じポーラ・スターなんだし」


 これまでM.O.V.ムーブ相手に勝ててきたのは、ブリガンダインの機体スペックの高さに加えヴァージルが居るからだ、と自覚はしている。だが、今のルックをM.O.V.ムーブに乗せたくはないのだ。今以上の重傷を負う可能性が高く、最悪の場合、命を落とす危険性もあると分かっている。ただ彼の出場を見守っているような真似まねはできない。


 しばらくの沈黙の後、ヴァージルから「いいえ」という否定が返った。


『勿論、貴女あなたに動かせないことはありません。仰る通りであれば、対象のOSはブリガンダインと同じです。バージョンまでが同じとは考えられませんが、大きな問題はないと推察されます』

「良かった! じゃあ、なんとかなるのね」


 M.O.V.ムーブ制御用のOSは、ほぼ二つの派閥で占められている。ポーラ・スターとランナーだ。M.O.V.ムーブを生み出したクードス社が搭載し、以後もバージョンアップされ続けているのがランナーである。その経緯からこちらの方が幅広く使われており、大半のM.O.V.ムーブはランナーで動いている。ビジー、或いは処理中を示すアニメーションアイコンが「走る」ことが有名だ。人が走る横シルエットや、足だけが走るアニメーションなど、バージョンによって違いがあるらしい。


 後発であるポーラ・スターが生まれたのは、ランナーへの反発からだった。ランナーは内部がブラックボックス化されており、改良が為難しにくい。辺境惑星では特に、いちいち遠く離れた内陣サンクチュアリの正式サポートを受けてはいられない。そこでフリーソースプログラムとして組み上げられたのがポーラ・スターなのだ。その背景から、開発されてから長い年月が流れているにもかかわらず、未だユーザーへそれなりのプログラム技術を要求する。統一管理されていないため数多くの派生型を生んでいるが、共通仕様としていつの間にか根付いたのが、輝く星を示すアニメーションアイコンであった。


「それじゃあ、今夜一晩と明日の午前中を設定と調整作業にてればなんとか……なるようにするしかないわね」


 試合は明日の午後だと聞いている。初見のM.O.V.ムーブ、そしてヴァージルの居ない状態で戦うことには不安があるが、やると決めたらやるのだ。


「それでも感覚は違うのだろうけれど……、戦っているうちに掴むしかないわ」


 ロクサーナはそう言いながら、自身にも言い聞かせた。


 今、キャットウォークを挟んだ隣に立っているルックのM.O.V.ムーブは、ブリガンダインよりも少し大きな中量級の機体である。全体的に明るい赤で塗装されており、頭部は少々変わった様相だ。束ねられた髪が垂れているように見える構造物が付いている。左肩には機関銃マシンガンが備え付けられているが、基本的には左腕のシールドで相手からの攻撃を防ぎ、右腕のスピアで敵を攻撃するスタイルのようだ。


 槍はどちらかといえば形状が騎乗槍ランスに近く、先端が円錐状になっている。先端部分を発射することもでき、相手に突き刺した後、繋がっているワイヤーで引っ張ることが可能らしい。相手のバランスを崩すには有用だ。そして、ジャンプ機構は無い。これだけでも、ブリガンダインとは異なっている。問題となる点は、まだ気付けていないものも含め多くあるのだろう。それをかかえたまま、ぶっつけ本番で挑まなければならないのだ。


『やはり引き受けることは決定事項なのですね』

「……いけない?」

貴女あなたが、危険を引き受ける理由がありません』

「理由ならあるわ、私が彼らの力になりたいの。今の私にできる恩返しはこのくらいだからよ」


 そう伝えれば、また短い沈黙があった。


『恩返し……ですか?』

「そうよ、大切なことなの。お祖父じい様が言っていたわ。恩を返す時は、更に贈り物をするつもりでいなさい、ともね。懐かしいわね……」


 早くに亡くなってしまった祖父にも、よく可愛がってもらった記憶がある。悪戯いたずらにも、頭ごなしに怒ったりはしない祖父だった。そういえばいつだったか――、目の前で、祖父と父親が激しい言い争いをしていたことがあった。覚えている中ではそれ一度きりだ。争いの理由は忘れてしまったが、何故なぜか印象的に覚えている。二人が争うのが嫌で、とても怖くて、C.L.A.U.-1クロウ・ワンを抱いて泣いていたのだ。そうだ、その時は母親が二人の仲裁に入ってくれ、兄が自分を抱き上げてくれたのだった。


『――分かりました』


 ヴァージルから、了承の言葉が返った。それにホッとしつつも、ルックのM.O.V.ムーブに乗る許可をヴァージルに得ている自分が少し可笑おかしく思う。自分はきっと、ヴァージルに認めてもらって、背中を押してもらいたかったのだろう。


『ところで、マスター。明日の試合は、どのような場所でおこなわれるのでしょうか?』

「えぇとね……。確か、この近くの闘技場コロシアムじゃなくて、野外だって言っていたわ。町から離れた遺跡だそうよ、前の入植者のね。天然の広い窪地になっているんですって。しかもそこまでは蒸気機関車っていう乗り物が通っているらしいの。M.O.V.ムーブもそれで運んでくれるって聞いたわ」


 町の傍にある闘技場コロシアムか、広い野外の遺跡かは、M.O.V.ムーブの持つ武器や対戦のカードを見て運営が決めるということだった。


『では、観客席はどうなっているのでしょう? ファル・ハルゼでの模擬戦のときは離れた高台でしたので、それほど気をつかうこともありませんでしたが』

「うん、そうよね。でも、遺跡には観客席は無いみたいなの」

『無いのですか?』

「そう。その代わり、動画撮影されるらしいのよね」


 そうなのだ。撮影したものを編集し、後日、都内の劇場で上映する仕組みらしく、聞いた時は驚いた。


「外からも、内側もよ」

『内側とは?』

「コックピットよ。カメラとかの機材を中に設置されて、私がずっと撮影されちゃうの。これは決まりで、拒否できないんですって。筋書きのない映画を撮るようなものだって」


 この都市では、M.O.V.ムーブ戦には公式にけがおこなわれるらしい。むしろ、それでもうけているというべきだろう。勿論、非公式の賭けもそこかしこで行われており、それを含めると都市全体でかなり経済が動くようだ。


『色々と難儀な試合のようです』

「まぁ、仕方がないわ。ここではM.O.V.ムーブ戦は命を懸けた娯楽ごらくで、財政をうるおす興行なのよ」

『そのようですね』


 あきれ混じりの同意が返り、ロクサーナは軽く笑った。


「じゃあ、アンスフェルムとルックに返事をしてくるわ。それから、あっちで作業する。ねぇ、たまに話しかけてもいいかしら?」


 C.L.A.U.-1クロウ・ワンを抱いたまま、ロクサーナは立ち上がった。拒否されるとは思っていないが、一応の確認だ。きっと他人の静かなコックピット内で一人作業をしていれば、寂しくなる自信がある。


『それは構いませんが……、マスター。もしや思い違いをなさっておられるのでは』

「えっ、何を?」


 ふいにそんなことを言われ、疑問と共に胸の奥が妙に騒いだ。


『時間がないのでしょう。早く私を出していただけますか』

「……出す?」

『イエス、マスター』


 ロクサーナは言われたことがすぐに理解できず、小首を傾げてしまう。ミュウ、と鳴いたC.L.A.U.-1クロウ・ワンが幾つもの機械脚をうごめかし、ロクサーナの腕の中から床に降り立った。そのままどこかへ這って行ったかと思えば、壁をカリカリと掻く音がする。その場所が何処どこか気付いたロクサーナは、ようやくヴァージルの言わんとしていることを理解した。


 慌てて操縦席の後ろに回り、狭い床に膝をつくと、壁の一部を開く。ここはブリガンダインの中枢だ。そして、ヴァージルの居る場所でもある。彼を設置できるようけられていたスペースにはまり込んでいる四角く黒いボックス――両腕で抱えられる大きさの箱で、中央より少し上の周囲に紫色の光を放つスリットがある――を、ロクサーナは驚きを持って見つめた。


「もしかして、あっちにも繋がれるの? ヴァージルってブリちゃん専用だと思っていたわ!」

『それはあやまりです。私はブリガンダインに搭載されるよう作製されたようですが、というわけではありません。ポーラ・スターで動作するならばM.O.V.ムーブ理論上、操作は可能なはずです。接続ができれば、ですが』

「そっか……確かにM.O.V.ムーブは、そもそもModuled Operational Vehicle って名前の通り、モジュール化されたパーツを組み合わせられるのが利点だったわ。ヴァージルもそのモジュールの一つというわけね」


 M.O.V.ムーブ変遷へんせんは、故郷に居た頃に習った。W型と呼ばれる側車付二輪自動車サイドカーから、M.O.V.ムーブの歴史は始まったのだ。


『そうとも言えるかもしれませんね。しかしそれならば、パイロットもモジュールの一つと表現できます』

「あっ。ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃなかったの」

『いえ。マスターの「そういうつもり」が何をしているかは分かりませんので、謝罪は不要です』


 物扱いしてしまったことへの謝罪だったが、ヴァージルは気にしていないようだ。


『マスターに確認していただきたいのは、搭載先のM.O.V.ムーブUniversalU DataD BusB ポートがあるかどうかです。私のデータによるとベルラトールタイプには搭載されているはずですが、大規模なカスタマイズがほどこされていれば、無い可能性も考えられます』

「UDBポート……多分あるとは思うけれど、調べてみるわね」

『よろしくお願いします。もう一点、これは確認と言うより懸念点なのですが』

「え、何かしら――、あ、もしかして、乗り換えちゃったら戻せないとか……?」


 まさかとは思いつつも、口にしてみれば心配になる。焦りと不安がヴァージルに伝わったのだろうか、『それは問題ありませんよ』と返ってきた。


『問題となりるのは、ブリガンダインと違い、ベルラトールに私専用の居場所が用意されていない、という点です』

「ああ――、ええ、確かにそうよね。その場合、どうなるの?」

『何らかの方法で固定していただくことになります。M.O.V.ムーブがいして揺れるものですから』

「そうね。……となるとロープか何か……」

『どういう方法で固定していただくにしても、私も乗り物酔いしないよう気を付けますよ』


 ロクサーナは一瞬、不安になった。やはりブリガンダインではない機体に載せることでヴァージルのパフォーマンスが低下するのではないか、と思ったからだ。それを「乗り物酔い」と表現したのだと理解――しようとしたが、直後にヴァージルが乗り物酔いで苦しんでいる情景が思い浮かび、思わず笑ってしまう。笑ってしまってから初めて、冗談を言われているということに気が付いた。いつもと変わらない真面目な口調で言われたため、ついこちらも一旦真剣に受け止めてしまったのだ。


「……ふふっ。もし酔っちゃったら、後で介抱してあげるわ!」


 ロクサーナは嬉しさと可笑おかしさに頬が緩むのを自覚しながら、両手で慎重にボックスを引き抜いた。どうせなら、ヴァージルと一緒に確認に行こう。おそらくUDBポートはあるだろうし、戻ってくる手間がはぶける。


「でも、ホントにいいの? 私としては助かるけれど」

『勿論です。私は貴女あなたのヴァージルなのですから』


 見下ろせば、自分の影の中に浮かぶ紫色の光が、こちらを見上げている。そこに人間ひとのような表情は皆無だ。それでも、優しい色に思える。故郷の宮殿に植わっていたリライの樹に咲く花の色に、よく、似ている。香りが良く、香水の原料にもなる花なのだ。あれは、宮殿の女子たちが恋のまじないによく使う。


「――ねぇ、久し振りに出てきたのだし、手を見せてくれない?」

『手? ――ああ。どのみち、あちらに繋がる際に見られると思いますが……』


 そう言いつつも、そう時を置かず髪に触れてきた感覚があった。黒いボックスの下部から伸びてきた、銀色に光る機械的な触手の一つだ。箱の側面下部には、箱が置かれた状態でも出せる口がある。


 ロクサーナは箱を膝の上に置くと、指無しフィンガーレス・籠手ガントレットから出ている指先で直接、触手に触れた。ひやりとした冷たさが感じられる。幾つものパーツが重なり合ったそれは、意外にもなめらかな感触だ。そういえば初めて会った時も、こんなふうにヴァージルから髪に触れてきたのだった。あの時は、とても驚いたものだ。


 ちょっとした悪戯心で、ロクサーナはそれを掌に添わせるようにして、頬を寄せた。ほんの僅かな振動を頬に感じたが、一瞬だった。驚かせたのかと思ったが、触れてきたのはヴァージルからだ。きっと問題があるなら、彼ならそう警告するだろう。


『……ロクサーナ』

「なぁに」


 名を呼ばれた。その後に訪れる沈黙。ロクサーナはこういう時、ヴァージルをかさないと決めている。言葉を探しているようなを待つのは、苦ではない。


貴女あなたひとりにはしませんよ。貴女が、私を必要としてくださる限り』


 受け止めた胸の奥が、少し震えたかもしれない。何故なぜかほんの少し胸の奥に痛みを感じたが、ロクサーナは気付かないふりをした。


「嬉しいわ、ヴァージル。ええ、私には貴方あなたが必要なの」


 触れていた触手をそっと離せば、それは音もなく黒いボックスに収まった。その艶のある箱を指の腹で撫でれば、つるりとした感触が心地良い。たまにはこうして出してきて、柔らかい布で磨くのも楽しそうな気がしてきた。


「なんだか……なんて言えばいいかしらね。そう、なんでもできそうな気分になったわ、ヴァージル。ありがとう」


 ロクサーナはヴァージルを両手で抱えたまま立ち上がった。実はC.L.A.U.-1クロウ・ワンよりも重かったりする。今はボックスの中に収納されているが、彼の触手は全部で五本もあるのだ。確かその内の一つが、M.O.V.ムーブのUDBポートに差し込み繋がることのできる、UDBコネクタである。


『どういたしまして、マスター』


 また、ヴァージルの声が、ロクサーナの耳を心地良くくすぐった。


 そうしているうちにC.L.A.U.-1クロウ・ワンが足をよじ登ってきて、背中から左肩口に頭を出した。そのまま、ヴァージルを上から覗き込む。


『ミュ』

『……C.L.A.U.-1シー・エル・エー・ユー・ワン、その脚で引っ搔かないでくださいね。あなたと違ってそれなりに繊細せんさいなボディですので』

『ミュゥ?』

『あなたがをしても許しませんよ』


 頭を傾げたC.L.A.U.-1クロウ・ワンに対し、ヴァージルの小言が続く。

 それが可笑おかしくて、ロクサーナは声を上げて笑った。



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