白狐はカクテルを差し出す

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白狐はカクテルを差し出す

 22時を過ぎた夜の街。

 表通りから二本隔てた裏通りは、人の姿もまばらで静かだった。

 街灯が照らすアスファルトの上には、時折人が歩き通るだけで人の気配はほとんどない。

 そんな中、ラクロスケースを肩に担いだ、黒いセーラー服の少女が歩いていた。

 ストレートベースで大人っぽいポニーテールの髪型。

 キリッとしていて凛々しい雰囲気は、どこか冷たく感じる瞳をしていた。

 背筋がピンっと伸びておりスタイルが良いため綺麗な姿勢に見えるが、可愛いというよりカッコイイという言葉の方が合っている少女。

 だが、同時に水のように清らかで透き通った美しさも兼ね備えていた。

まるで芸術品のような少女。

 少女の名を風花澄香かざはなすみかと言う。

 そんな彼女は今、自宅に向かって夜の道を歩いているところだ。

 いつもなら帰宅途中にコンビニへ立ち寄って、おやつと飲み物を買っていくのだが今日は違う。

 気落ちしたように俯き、

 力なく足を引きずるように歩いていた。

 その表情には疲労に似た色が浮かんでいる。

 しかし、それも仕方がない事だろう。

 なぜなら――。

「ねえ。お嬢さん」

 澄香は、不意に声をかけられた。

 見ると一人の少女が通りに立っていた。

 清楚なブラウンカラーのトップスとスカートを着た可愛らしい女の子だ。

 年齢は澄香と同じぐらいだろうか? 大きな瞳をしたパッチリとした目元をしており、髪は長く伸ばしている。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪を靡かせながら佇んでいた。

 肌は白く、手足はとても華奢で長い。

 顔立ちは整っており、まさに美少女と言える容貌をしている。

 身長は高くもなく低くもない平均的な高さで、スラリとしている体型はモデルみたいだ。

 服装は上品な雰囲気のある白を基調としたもので、首からは小さな十字架のペンダントを下げていた。

 一見すると天使と見間違えそうな容姿である。

 夜の街には不似合いなほど眩しい存在。

 そんな彼女が、こちらを見つめながら口を開いた。

 先程の声の主は、この少女に違いない。

 澄香は警戒するように目を細めた。

 見知らぬ人物からの突然の呼びかけに戸惑う。

「良かったら飲んでいかない?」

 少女は、澄香を誘う。

「何言ってるんですか。私、高校生ですよ」

 澄香は警戒したように答える。

 そして睨みつけた。

 だが相手はまったく怯む様子はない。

 それどころかクスッと笑ったのだ。

 余裕たっぷりといった感じだ。

 その態度が気に食わないのか、澄香はさらに険しい視線を向ける。

「良いじゃない別に。ちょっとだけよ」

 少女は、そう言うと手招きする。

 どう見ても怪しい誘い方だ。

 だが澄香は迷っていた。

 澄香には待っている家族は、もう居ない。早く帰ろうと誰も咎める者は居ないのだ。そう思うと、お酒を口にするのも悪くないと思ってしまった。

 今は、そういう気分なのだ。

「そうね。じゃあ、少しだけ……」

 悩んだ末、澄香は誘惑に負けてしまった。

 誘われるがまま店に入ってしまう。

 店の中に入るとカウンター席があった。

 店内はそれほど広くはなく、こじんまりとしていた。

 客の姿は無い。

 澄香と少女だけだ。

 照明が薄暗いせいもあって寂れた印象がある。まるで隠れ家みたいな雰囲気のお洒落なお店だった。

 少女はカウンターに入る。

「お店の人は?」

 澄香が訊くと少女は首を横に振った。

「ここ。私のお店なの」

 どうやら一人で経営しているようだ。

「どんな、お酒がいいかしら?」

 少女は微笑んだ。

 まるで聖母のような優しい笑顔だ。

 澄香は困った。

 なぜなら、お酒を口にしたことがなかったからだ。正直、どれを選んだらいいか分からない。

「すみません。どんなものを頼んで良いのか分からなくて……」

「そう緊張しないで。誰だって初めてがあるわよ」

 少女に言われて澄香は苦笑いを浮かべた。

「日本酒をコーラで割ったスプリングスパークルはどう? 甘くて飲みやすいから女の子にも人気あるのよ」

 澄香はその言葉を聞いて驚いた。

 日本にある、お酒を知らなかったわけではない。

 しかし、その組み合わせは聞いたことがない。

 澄香は興味を持った。

 だから、そのカクテルを作ってもらう事にした。

 少女は慣れた手つきでグラスに氷を入れ日本酒とコーラを注ぎ、マドラーで軽くかき混ぜる。最後にスライスレモンを飾って完成だ。

 澄香の前にコースターを置き、その上にカクテルを置く。

 その瞬間、ふわりと甘い香りが漂ってきた。

 澄香は思わず顔を綻ばせる。

 とても美味しそうだと思ったのだ。

 少女も自分の分を作る。

「乾杯」

 少女はグラスを差し出すと、澄香は自分のグラスを手にして軽くぶつける。

 カチンと音が響いた。

 澄香は一口飲む。

 口に含むと爽やかな甘さが広がった。

 そして炭酸がシュワっと弾ける。

 それが心地よく喉を通り抜けていく。

 あまりアルコールは強くないが、これなら飲めそうだ。

「おいしい?」

 少女が訊いてきた。

 澄香は黙ってコクリと肯いた。

 続けて二口、三口と飲んでいく。

 すると、体が熱くなり頭がボーっとして気持ち良くなってきた。

 それから二人は他愛のない会話をしながら時間を過ごした。

 お酒を飲みながら話したのは、お互いの事についてだ。

「澄香って言うんだ。きれいな名前ね。私は美白みしろって言うの」

 澄香は自分と変わらない年齢なのに、大人びていて落ち着いているように見えた。きっと、この年でも色々と苦労してきたのだろう。澄香は勝手に想像していた。

 すると、今度は美白が話しかけてくる。

「それで、男と何があったのかしら?」

 澄香はドキッとした。

 なぜ分かったのだろう?

「どうして?」

「女の勘」

 当然のように美白は言う。

 澄香は。疑問を抱きながらも酒を口にしていることもあって、答えることにした。

「……憎い男がいるの。私はね。そいつのことを殺したくて殺したくて、ずっと狙っていたのに……」

 澄香は言い終わる頃には涙が溢れていた。

 頬に伝う雫。

 それは止まらない。

 美白は澄香にハンカチを、そっと差し出した。澄香は受け取ると目元に当てる。

 拭っても、また次から次に溢れ出てくる。

 こんなに泣いたのは、家族を失って以来だ。そんな事を思いながら澄香は泣き続けた。

 しばらくして落ち着いた頃、美白は察する。

「そんなに憎かったのね。それでどうしたのかしら?」

 澄香は何も言わずに、ただ静かに肯くだけだった。

 そして再び語り始める。

 その男は、とても酷い奴だった。

 澄香の大切な家族を奪った。

 お父さんと、お母さんを殺したと思っていた。

 でも、違った。

 お母さんは、別の男に殺されており、お父さんは、確かに澄香が憎んでいた男が殺していた。

 だが、それも思い違いだった。男がしたのは、延命だった。父が死んだのは不可抗力だった。

「私、今まで知らなかった。お世話になった方が、今日になって教えてくれたの。そいつは他にも、私のことを命がけで見守ってくれていた」

「複雑な事情ね。そんな人と一緒に居た訳だ。で、澄香の中で色々と複雑な気持ちができた訳ね。殺したいほど憎かったのに、段々とその男のことを知ってしまった。そうなんでしょ?」

 澄香は小さく肯いた。

「あなたは、どうしたいと思っているの?」

 澄香は戸惑った。

 そんな事を急に言われても困ってしまう。

 そもそも自分の気持ちが分からないのだ。

 どうすれば良いのだろうか。

 悩んでいると美白が微笑みかけてきた。

 まるで澄香の心を見透かしているように……

 澄香は、しばらく考え込む。

 それから、ゆっくりと口を開いた。

 そして、澄香の口から出てきた言葉は――。

「私は、殺したい!」

 そう決意したように語ると澄香は、グラスに残ったカクテルを一気に飲み干す。

 勢いよく飲みすぎたせいか、少しむせてしまった。

「あらあら。大丈夫?」

 美白は心配そうに言うと、カウンターを出て澄香の背中をさすってくれた。それから澄香の隣に座る。

「もう平気ですから」

 そう言って微笑むと、澄香は美白を見つめた。

 同じ年頃だと思っていたが、その包容力はまるで母親か、祖母のような温かさを感じた。

「美白って、本当に私と同じ十代? なんか凄く安心するんですけど」

 澄香が訊くと、美白はクスッと笑った。

 それから、ゆっくりと口を開く。

 まるで絵本を読んでくれるような優しい口調だった。

 澄香は聞き入る。

 痴話話をしているはずなのに、なぜか心が落ち着く。

「あらら。バレっちゃったかしら、若い娘相手だったから、とびっきり若い娘に化けたつもりだったけど。実は、おばあちゃんなのよ」

 美白は照れ臭そうな表情を浮かべた。

 どうやら冗談ではなく本当のようだ。

 それを聞いた澄香は目を丸くした。

 しかし、すぐに納得したように肯く。

 たしかに、どこか達観している雰囲気がある。見た目も10代後半にしか見えないのに、実際は50歳を過ぎていると言われても不思議ではないと思えたのだ。

 そう思うと、ますます美白の正体が分からなくなった。

「じゃあ。ちょっと私の自然体にしてみようか」

 美白は髪をかきあげる仕草をすると、少女から、うらぶれた女性の姿に変わった。

 服装も、トップスとスカートだったにも関わらず、着物になり髪の色も茶色から黒に変わる。

 顔つきも変わった。

 丸目から、切れ長な瞳に変化し、小鼻だった鼻筋も通る。

 肌も透き通った白さから、健康的な褐色へと変化していた。

 一瞬で別人になってしまったのだ。

 これには酔が入っていた澄香も驚く。

 何が起きたのか理解できなかったが、妙に納得してしまう。

「実はね。私、狐なの。だから人間に化ける事ができるのよ」

 美白は悪戯っぽく笑う。

 その笑顔は、先ほどまでの少女の時とは打って変わって妖艶な雰囲気を放っていた。

 澄香は思わず見惚れてしまう。

 そして、無意識のうちに呟いていた。

「――きれい」

 すると、美白は嬉しかったのか顔を綻ばせて言った。

「ありがとう。嬉しいわ。あなたは、とても素直な子ね。それに可愛い」

 美白の言葉を聞いて澄香は顔を赤らめた。

 お酒のせいなのか分からないが、急に恥ずかしくなった。

 美白はカクテルを作ると、澄香のグラスに注ぎ込む。

 それから自分の分を作った。

 二人はグラスを無言で傾ける。

 澄香は、ふと思ったことを口にする。

 それは、美白に対しての疑問だ。

「どうして私この店に連れてきたの? なぜ、ここまで熱心に訊いてくれるんですか?」

 澄香が質問を投げかけると、美白は答えた。

 それは、とても簡単な理由だった。

「私はね。痴話話が好きなのよ。私が呼んだか、あなたが呼び寄せられた。どっちでしょうね?」

 美白は含み笑いをして、続ける。

「そうそう。あなたの話しだったわね。興味があったの、男への憎しみ。澄香は、その男を殺したいと言っていたけど、私にはそれが分かってね。だからこそ、その男を憎む気持ちを無くして欲しかったの」

 美白が言っていることは分かる。

 だが、なぜそんな事をする必要があるのだろう?

 澄香は首を傾げた。

「どうして」

 そんな澄香を見て美白は言う。

 これは、澄香にとって必要な事なのだと。

「後悔しないためよ」

 澄香は黙り込んだ。

「私の知り合いの話しをしようかしら」

 美白は話し始めた。

 その男は、武士だった。

 彼はとても優秀で、その国を守り発展させてきた。

 だが、その国は隣国からの侵略により滅ぼされてしまった。

 男は、そのいくさの中で家族を失った。

 両親を失い、妻と子を殺された。

 生き残ったのは、たった一人だけだった。

 傷つき倒れた男。

 そんな時に男は、白狐の娘と出会った。その娘は、まだ幼かったが、とても美しい容姿をしていた。

 男は手当を受けている間に、娘は手当をしていて二人は想いを募らせた。

 それから男は、娘と暮らし始めた。

 蜜月のような日々を過ごす。

 娘は、男に恋をした。

 男も娘を愛した。

 それから二人は結ばれた。

 幸せな毎日だった。

 いつまでも続くと思っていた。

 しかし、ある日の事。

 ある日を境に男は豹変した。

 娘の正体を知っていたにも関わらず、男は娘のことを女狐とののしるようになった。

 それから、男との生活は一変する。

 男は手を上げるようになり、娘は男を憎んでいった。

 耐えられなくなった娘は姿を消し、男を好きになったことを嘆き悲しんだ。

 狐の仲間は、人間の男など好きになるからと慰めたが、その言葉すらも届いてはいなかった。

 それから時が過ぎ、娘は復讐のために、男を殺そうと探した。

 しかし、どこにもいなかった。

 やがて娘は、ある噂を耳にする。

 男が死んだというものだった。

 娘は、せめて男の墓に唾でも飛ばしてやろうと思った。

 それが復讐だった。

 娘が男の墓を尋ねていると、村人から聞いたのさ、あの方の知り合いかと。

 娘は、言葉を濁して言うと村人は涙を流して語った。

 立派な方でしたと。

 娘が事情を訊くと、村人は語ってくれた。

 男は一人で無益な殺生と戦ったのだと。

 その国は南蛮から鉄砲や火薬を購入する為に、南蛮人を接待していた。金銀を渡すだけじゃない。考えうる限りの贅を尽くしたもてなしをしていたという。

 そして、南蛮人がやりたいと言ったのが、狐狩りだった。

 食べる為や、毛皮を取る為じゃない。

 狐を殺して遊ぶ。

 そんな惨いことが行われていたというのだ。

 村人が狐狩りの為に駆り出されることで、この件を知った男は、一方的な殺戮に、たった一人で抗議に向かった。

 だが、それは叶わなかった。

 当然だ。

 国が力を得ようとしていることに意見したところで聞き入れられるハズもない。

 それでも男は、何とかしようと動いた。

 その行動が、男の運命を変えたのだ。

 男は、追い立てられる狐をかばい戦ったのだ。

 たった一人で。

 狩り場に来た南蛮人を斬り、並み居る武士を相手に戦い散った。

 その時になって娘は知った。男の真意を。

 娘を巻き込まないために、あえて突き放したことに。

 男の死に娘は泣いた。

 泣いて、泣き続けた。

 知り合いのことを語り終わった、美白の目元には涙が浮かんでいた。

 澄香は思わず美白の手を握った。

 美白の話を聞いているうちに胸が締め付けられる思いになったからだ。

 すると、美白は微笑む。

「なんて顔をしてるの。ほら、笑って」

 美白は澄香の頬をつねった。

 澄香は、痛いと文句を言う。

 だが、美白は涙を浮かべて笑っている。

 そして、言った。

 もう大丈夫と。

「むかし、むかしの話しなのに、澄香はまるで自分のことのように感じてくれたのね。ありがとう」

 美白は澄香を抱き寄せる。

 寂しさを紛らわすように。

 澄香はされるがままになっていた。

 しばらくして、ようやく美白は離れると、グラスを空にした。

「人には色んな事情があるわ。澄香が、その男とどんな時間を過ごして来たのか私には分からない。だけどね、殺したいくらい憎いなら、最後に自分の気持だけは素直に伝えておくことよ。そうすれば、あの時こうすれば良かったって後悔せずに済むわ」

 美白の言葉は澄香の胸に響いていた。

 確かに、その通りかもしれないと思った。

 それは、美白の瞳がとても澄んでいるように見えたからだ。

「はい……」

 澄香は、美白の言葉に対して返事をしつつ、美白を不思議な狐だと想っていた。


 【おさん狐】

 または、おさんわ狐とも呼ぶ。

 美女に化けて妻帯者や恋人のいる男へ言い寄ってくる狐の妖怪。

 西日本、特に中国地方に多く伝わる。

 おさん狐は痴話喧嘩を好み、嫉妬深い一面がある。現代において、恋路を邪魔する女性や浮気相手の女性に対し、蔑称として女狐と呼ぶ場合があるが、このような呼称はこの妖怪が発祥とされている。

 広島県広島市では、おさん狐が尻尾に火を灯したり獅子に化けたりして人を脅かすので、職人が捕まえて火あぶりにしようとしたところ、翌晩に大名行列に化けて見せると言って許しを乞うた。翌晩に大名行列が現れたので職人は狐を褒めたところ、それは本物の大名行列で、職人は打ち首になったという。

 同じ広島でも、中区江波地区の皿山公園付近に棲んでいた、おさん狐は年齢80歳、500匹の眷属を操り、京参りをしたり、伏見に位をもらいに行ったりと風格のある狐で、決して人を殺めることはなく、地元では愛される存在だったという。

 終戦の頃には、この子孫とされる狐が町の住人たちに食べ物をもらって生きていたという。現在では江波東2丁目の丸子山不動院に小さな祠が祀られており、江波車庫前の電停近くの中央分離帯に、立ち上がった姿の狐像がある。

 大分県・豊後の国を流れる桂川の小野瀬の辺りは、土手一面がススキに覆われており、老いた、おさん狐がいた。

 夕暮れ時になると、そこを若い男たちがやって来ては、おさん狐との出会いを求めた。

 その辺りでは、おさん狐と一晩明かしたという者もいた。

 おさん狐は、河原へ来る者を相手に、人と狐の垣根を超えて、打ち明け話を聞いてやったり、聞かせたりしていたという事だ。

 

 それから、二人はしばらく飲み明かした。

 お酒を飲みながら色々な話をした。

 夜遅くまで話し続けた。

 そして、朝を迎える。

「もう朝ね……」

 美白は、ため息をつく。

 一晩中起きていたにも関わらず、澄香は疲れを感じていなかった。

 それだけではない。

 澄香は心が満たされているのを感じていた。

 こんな気持ちになったのは初めてだった。

 澄香は、美白に感謝した。

 店の外に出ると澄香は、眩しさに目を細める。

「楽しい一夜だったわ」

 美白は微笑む。

「また会えますか?」

 澄香が訊くと、美白は少し考えるような仕草をして答えた。

「さあね。私は、痴話話が好きなの。それも付かず離れずの関係が一番好き」

 美白は、悪戯っぽく笑う。

 澄香も笑った。

 美白は手を振ると、一瞬にして白い狐へと姿を変えた。

 まるで霜が降りたように真っ白な毛並みだ。

 澄香は驚いていたが、すぐに納得する。

 美白の正体は孤なのだから。

 彼女は、そのまま走り出すと何処かへと消えていった。

 見れば店の入口は無く、狭い路地があるだけだった。店もまた幻のように消えたのだ。

 澄香は思う。

 きっと、生きている限り、これからも自分は悩み続けるだろう。

 それでも、前を向いて生きていこう。

 澄香は歩き出した。

 朝日が照らし始めた街並みを。

 帰ったら、あの男に渡す手紙を書こう。

 その先には新しい未来が広がっていると信じて―――。

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