第12話 だから聖女じゃないんだけど……
あれよあれよと言う間に、会議室に人が集まりだした。
正確には議会の間と言うらしいが……いかにもお偉いさん、という感じの人たちばかりだ。全員で8人くらいいるだろうか。
……うーん。
事態のテンポが早すぎてついていけないな。
ははは。
もう、どうにでもな~れ☆
僕は考えることをやめた。
「ミルカ様! 緊急の議会招集とはいったい何があったのですか? 報告によれば、さきほどお帰りの際にドラゴンに襲われたとも聞いておりますが……まさかまた瘴気が発生したのですか?」
息咳切らせたお爺ちゃんがミルカの傍に駆け寄ってきた。
見たところ七十歳とかそれくらいだろうか。こいつだけ昔の音楽家みたいな髪型をしている。チクワを頭にとってつけたようなやつだ。
いやもうこいつ絶対笑わせにきてるだろ。
「爺や、それについては後でまとめて話します。それより、今はすぐにでもみなに知らせておかねばならないことがあります。あなたも席につきなさい」
「はっ、畏まりました」
爺やと呼ばれたお爺ちゃんはすかさず頭を下げ、テーブルについた。
その際、ちらっとこっちを見た。
……いや、その人だけじゃない。集まった全員の視線を感じていた。
誰だこいつは? という視線ではない。
むしろ――なんだか期待されているような目だった。
もしかして……もしかしてそうなんじゃないか!? みたいな血走った感じの目で僕を見ているのだ。
……うわぁ。
なんかもう完全に後に引けない状況になってきてるんだけど……?
「みな集まりましたね?」
バタバタと騒がしかった部屋が、今度はしんと静まりかえった。
縦に長いテーブルは全ての席が埋まり、そして全員がミルカを――そして僕を見ていた。
僕は上座に座らされていて、ミルカとシーリがその左右に立っているという状態だ。普通に考えればここに座るのは女王であるミルカのはずだと思うんだけど、今は僕が座らされていて、彼女の方が右隣に立っているという構図だ。
これ絶対おかしいよね? 何で王女様を差し置いて僕が座ってるの?
いや、むしろ〝聖女様〟ってのはそんなにすごい存在なのか……?
ミルカはすごく真面目な顔で全員の顔を一度見回してから……こう言った。
「――今日、ついに聖女様がご降臨なされました」
瞬間、議会が爆発した。
全員がほぼ同時に椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がり、雄叫びを上げながら天に向かって両手を突き上げたのだ。
それどころかもはや椅子から崩れ落ち、なんか映画のジャケットで見たことのあるポーズみたいになっている人もいた。
錯覚じゃなくて本当に部屋全体が大きく揺れたように感じた。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!」
「ついに、ついにご降臨なされたかッ!」
「こ、この日をどれほど待ちわびたかッ! 今宵は宴だッ! 宴の準備をしろッ!」
「もうダメかと思った、本当に……だがッ! やはりアルベド様は我らを見捨てはしなかったッ!」
「聖女様ばんざーいッ! アルベド様ばんざーーーーーーーいッ!」
「ばんざーーーーーーーーーーーーーーいッ!」
ものすごい熱気だった。もはや異様と言ってもいい。
死ぬ寸前まで砂漠を彷徨っていた旅人が、ようやくオアシスにたどり着いたような感じ――と言えば伝わるだろうか。まさに狂喜乱舞というやつだ。みんな目がマジでちょっと怖い。
「みな、静かになさい」
大喧騒に包まれた議会に、ミルカの凛とした声が透き通るように響いた。
するとピタリと喧騒が静まった。
思わず彼女のことを振り返ってしまった。
……すごい。
たった一言であれだけの喧騒を収めてしまった。
ミルカにはまさに女王の風格があった。見た目は僕と同じくらいにしか見えないのに。
「みなの気持ちは痛いほどよく分かります。ですが、まだ浮かれるには早いでしょう。宴を開くよりも前に、我々にはやるべきことが山のようにあります」
「た、確かにそうだ。ミルカ様の仰る通りだ」
「うむ……まずは聖女様に国内にある瘴気を消し去ってもらわぬことには、安心はできんからな」
「そして我々はそこから先、いかに早く国内の治安と情勢を回復させるか、その具体案を早急に考えねばならぬ」
「ああ、これまでは目先のことで手一杯で、そこまで考えている余裕はなかったからな……確かに、瘴気の問題が片付いたとしてもやることは山のようにある。宴どころではないな」
と、全員が落ち着いたように椅子を起こし、座り直して、議論を交わし始めた。
しかし、そこへミルカが、
「なるべく早い内に聖女様には聖務を行って頂きたいとは思いますが……まだしばらくは王城にて休養して頂こうと思っています」
と言うと、議会が再びざわついた。
「し、しかしミルカ様、事は一刻を争います。出来るならば明日にでも聖女様には聖務へ向かっていただいた方がよろしいのでは?」
爺や――もとい、チクワヘッドがそう進言した。
僕は左隣にいたシーレにこっそりと訊ねた。
「……あの、シーレさん。聖務? って何のことですか?」
「聖務というのは、聖女様にしかできないお役目のことです。まぁつまり瘴気を消し去ることですね」
と、シーレもまたこっそりとそう教えてくれた。
……ええと、瘴気ってドラゴンが生まれる――とか言ってたやつのことだよね?
僕はさきほど見た、ブラックホールのようなやつを思い出した。あれがドラゴンを生み出す根源らしい。
……それってつまり、あれはドラゴンの巣みたいなものってことだよね?
それを消すって……?
いや、ちょっと待って欲しい。それ、どう考えても危ないよね? ようするに蜂の巣退治しろって言われてるようなもんでしょ? いやいやいや、絶対危ないじゃん。しかも出てくるのは蜂じゃなくてドラゴンだ。刺されるどころじゃない、下手したら食われるぞ。
なぜ僕がそんなことをしなくてはならないんだ。そんなの冗談じゃないぞ、いくらなんでも。
つまりチクワヘッドは、さも当然のように僕にそんなことをさせようと言ったわけだ。それが理解できた途端、猛烈に殺意が湧いた。いますぐにその頭のチクワを全部口に突っ込んで窒息死させてやろうかと本気で思った。
こっそりクソジジイを睨みつけていると、ミルカが首を横に振った。
「爺や、気持ちは分かりますが……今すぐには無理なのです。実は聖女様は名前以外、記憶を全て失っておられるのです。これは恐らく〝浄化の力〟が宿った反動でしょう」
「な、なんですと?」
「そのようなこともあるのか?」
「いや、有り得ぬ話ではないだろう。〝浄化の力〟はきっとそれだけ大きな力なのだ。何せ、かの偉大なる女神アルベド様にもっとも近しいとされる力だからな」
「記憶を失うなど、なんとおいたわしいことか……」
チクワヘッドも他の人たちも、驚いたような顔をしたり、気の毒そうな顔をしたりしていた。
ミルカはそんな彼らを再び見回してから一つ頷いた。
「ですから、いまはまず聖女様にはご静養していただこうと思っています。それに聖女様はつい先ほど、聖務を行ったばかりですから、そのお疲れもあるでしょうし」
「すでに聖務を? とすると、もしやミルカ様たちが道中で遭遇したという瘴気はすでに……?」
「そうです、爺や。さきほど発生した瘴気はさきほど聖女様によって完全に滅せられました」
ミルカの説明を聞いた彼らは、驚きと安堵をほぼ同時に見せた。
「そ、それはよかった。これ以上瘴気が増えたらさすがにもう我が国は終わりであったところだ……」
「ああ、左様だな……このタイミングで聖女様がご降臨なされたというのはもはや奇跡としか言い様がない」
「うむ。まったくその通りだ。これも全てはアルベド様の慈悲であろう」
そう言い合ってから、彼らは僕に感謝のこもった視線を向けてきた。
……いや、もはや感謝というか崇拝の対象を見るような目だった。
やめて! そんな目で僕を見るのやめて!
まるで僕が救世主みたいな話の流れになっているが、あれは別に好きでやったわけじゃない。なんか手から光が出て全部消えていたのだ。それもニグレドに騙されて契約しただけのことで、自分の意思でやったことじゃない。
だが、僕の気持ちなどお構いなしに、話は勝手に進んでいく。
「せっかくご降臨なされた聖女様に万が一のことがあっては元も子もありません。とにかく今はご静養なさってもらい、魔力を回復していただくのが先決でしょう。誰か、何か異論はありますか?」
「いえ、ございません。ミルカ様、我が身のことばかり考えて発した愚かなわたくしめの発言をお許しください」
チクワヘッドがミルカに謝罪した。
おいてめぇジジイ、謝る相手がちげーぞ。僕に謝れ、僕に。そんなにチクワまみれにされてーのか。
「爺やの言葉は民のことを思っての言葉です。咎めたりはしません」
「はっ、ありがとうございます……して、ミルカ様。聖女様のお名前は何と仰るのでございましょう? お名前だけは覚えていらっしゃるのでございますよね?」
「彼女の名は――セイヤ様と仰るそうです」
ミルカが僕の名前を口にすると、全員がさらに驚いたような顔をした。
「セイヤ様ですと?」
「こ、これは偶然なのか……?」
「もしかして、これは王妃様が使わしてくれた奇跡なのでは……?」
「いや、きっとそうだ。そうに違いない」
と、そんな会話が聞こえた。
……そう言えば、ミルカの母親と同じ名前なんだっけ、セイヤって。
確か、3年前にミルカの両親は亡くなったという話のようだが……その死んだ母親がセイヤという名前だったのだろう。
「こうしてセイヤ様が聖女としてご降臨なされた以上、もう少しの辛抱です。各方面で瘴気を押さえ込んでいるフェアリーたちにもそのように伝令を出しなさい。もうすぐこの苦しい戦いも終わるのだ――と」
「ハッ! 直ちに伝令を向かわせます!」
議会の一人が慌ただしく部屋を飛び出して行った。
結局、部外者である僕には何が何だかよく分からないまま話は進んでいった。僕はそれをただ、他人事のように傍観しているしかなかった。
僕を置いてけぼりにしたまま話は進み、やがて議会にはちょっとした安堵感みたいなものが漂い始めていた。
「これで聖女様が全ての瘴気を消してくだされば、ようやく我が国も立て直すことができるぞ」
「ようやくだ……ようやく聖女様がご降臨してくださったのだ……これで我々は救われたのだ……」
おっさんたちが涙ながらにそう言い合っていた。
……うーん、気のせいじゃなかったらもうぼくが聖務とやらをやらされるのは決定事項みたいになってる気がするんだけど……?
いや、待て待て。
女装して可愛くなることしか取り柄のない僕に、そんな危険が危ないところに行けと?
まったくもって頭痛が痛い話だ。断る必要があるのは確定的に明らかである。
「あの――」
さすがに一言いわねばと口を開いた。
聖務なんて僕には無理だ。断ろう――と思ったのだ。
すると、全員がバッと僕を振り返った。
「セイヤ様がご発言なされます。みな、静かになさい」
「「「「「「「「「「はッ!」」」」」」」」」」
ミルカの一声で全員が口を閉じた。
びっくりするほど部屋が静かになった。
「……あー、えっと」
全員が食い入るように、血走るような目で僕を見ていた。
その顔はまるで、僕の口からこぼれ落ちる言葉をただの一言も聞き逃すまいとしているかのようだった。
う、うわあ……。
すっごい言いづらい雰囲気。
いや、でも言え、言うんだ!
イヤなことはイヤとはっきり言うんだ!
NOと言える日本人になれ!
同調圧力になんて屈するな!!
「その、僕が瘴気を消すとかいう話ですけど……」
ぐっ、と僕は意を決した。
「せ、精一杯がんばるぞい☆」
「「「「「「「「「「セイヤ様ぁぁぁぁぁッ!」」」」」」」」」」
いい歳こいたおっさんたちの目から感涙の涙が滝のように溢れだした。
……僕は同調圧力に屈した。
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