第10話 色んな疑問

「……」

 ……なんか、すごい違和感あるな。

 着替えた僕はシーレに連れられてお城の廊下を歩いていた。

 もじもじしているとシーレに不思議そうな顔をされた。

「セイヤ様、いかがされました?」

「い、いえ、何でもないですよ?」

「そうですか? 何やらさきほどからもじもじしているように見えますが……ハッ!?」

 シーレは急に何かに気が付いたような顔になった。

 かと思うと、非常に申し訳なさそうな顔に変わった。

「すいません、わたしとしたことが気が利かず……」

「え? 何がです?」

「こちらへどうぞ」

「え? あの?」

 よく分からない内に、よく分からないドアの前へ案内された。

「こちらです」

「は、はあ」

 なにがなんだ……?

 よく分からないまま中に入った。

 二畳のスペースの壁際に、密着するように木の棚が設置されていた。

 いや、棚じゃないのか? 椅子なのか?

 座ったところにはちょうど丸い穴が空いていた。

 僕はしばし考えた。

 ……ああ。

 そうか。

 これ……〝トイレ〟か。

 どうやらトイレを我慢してると思われたらしい。

 別にそういう訳じゃなかったんだが……まぁいいか。ついでだし用を足しておこう。僕はアイドル級に超絶可愛いが、昭和のアイドルではないので出るものは出るのだ。

 ていうかこのトイレ、どういう構造なんだ……?

 いわゆるボットン便所というやつだろうか?

 その割に、まったく臭いがない。現代でもトイレって普通に臭うものだけど、ここは本当に無臭だ。それだけ掃除が行き届いているということだろうか?

 ちょっと穴の中を覗き込んでみた。

 ――ウネウネウネウネウネウネウネウネッ!

 なんかすごい勢いでウネウネしているモノが見えた。

「うわああああああああああああああああ!?」

 反射的に外に飛び出していた。

 思わずシーレに抱きついてしまった。

「ど、どうされました!?」

「いや、なんか中にいるんだけど!?」

「え? ああ、それは触手ですよ」

 シーレはものすごくあっさりと言った。あまりのあっさりぶりに逆に混乱した。

「触手!? なんでトイレの中に触手がいるの!?」

「トイレ用に品種改良された触手は人間の排泄物を分解して肥料にしてくれますから。というか普通はトイレにいるものだと思いますが……?」

 むしろ怪訝な顔をされた。

 いや『トイレ用に品種改良された触手』ってなにそのパワーワード!?

 ものすごく当たり前みたいに言われたけどココどういう世界なの!?

「ていうか触手って危険なやつでしょ!? ドラゴンの仲間みたいなやつでしょ!?」

「え? 触手は普通の生き物ですよ?」

 なわけねえだろ!? どう考えてもモンスターだろ!?

「むりむりむりむりむりむりむり! これはむりです! 絶対使いたくないです!」

「そう言われましても……全てのトイレに触手はいますよ? でないと排泄物が分解されずに悪臭が発生したり、病気が発生する原因にもなりますし……」

「くそ! なんでそこだけちょっとリアルなんだよ! 異世界のトイレ問題はなんとなくお茶で濁すものだろ! そこは濁しとけよ! ていうか異世界なんだったら魔法とかそういうので何とかしろよ! よりによって触手ってなんだよ!? おかしいだろ!? 他になんかなかったのかよ!?」

「お、お気を確かにセイヤ様!?」

「もうイヤだぁ! おうち帰るぅ!」

「お待ちくださいセイヤ様!? 帰られては困ります!?」

「うわあああん!」

 ……我ながらめちゃくちゃ取り乱してしまった。


  μβψ


 ……とまぁ、異世界に来て早々とんでもないトラウマを植え付けられた。

 ドラゴンより恐ろしかったかもしれない。

 もぅマヂ無理……聖女やめょ……。

「シーレ、セイヤ様はどうしてこんなにげっそりしているの……?」

 再び合流したミルカは鎧の姫騎士ではなく、綺麗なドレスを身に纏ったお姫様になっていた。いつもなら可愛さで張り合うところだけど、今はそんな気力がまったくない。

「いえ、それが……」

 ごにょごにょ、とシーレがミルカに耳打ちした。

 ああ、とミルカは納得したような顔になった。

「なるほど……セイヤ様は触手がお嫌いだったのですか」

「むしろ逆に聞きたいんですけど、触手が好きな人っていますかね????」

 お前ら触手って聞いてもどうせエロ同人で見慣れてるから何とも思わないだろ?

 でもよく考えろよ?

 でっかいボンレスハムサイズのミミズが目の前にいると思ったらどうだ? それ手で持てるか? それがトイレの中で蠢いてたんだぞ? それを直に見てしまった僕の気持ち分かるか? もう完全に身も心も穢されたような気分だ。これではもうお嫁にもお婿にもいけない……。

「まぁ触手は他にも色んなところで使われていますから、わたしたちは見慣れていますけれど……」

「すいません、僕がここで生きていくのは無理なようです。さようなら」

「「お待ちください!?」」

 立ち去ろうとしたら二人がかりで僕の身体にしがみついてきた。

「離してください! 触手が身近にいるような場所で生きていくのは無理です!」

「待ってください!? そこは何とかします! 何とかしますから! わたしたちを見捨てないでください!」

「お願いですセイヤ様! このシーレからもお願い申し上げます! なにとぞ! なにとぞ!」

「HANASE!」

 うおー、としばらくジタバタもがいた。

 けど、どうしても振りほどけなかったので根負けした。

 二人とも思った以上に力が強かったのだ。いや、僕が非力なだけと言われればそれまでなんだけども。

「……はぁ、はぁ。分かりました。とりあえず今すぐに立ち去るのはやめます」

「ありがとうございます……本当にありがとうございます……セイヤ様……」

 ミルカは涙ぐんでいた。

 理由はよく分からないが、涙ぐむほど僕にここにいて欲しいらしい。ちなみに今後も立ち去らないとは言ってないぞ☆

「ところで、この広間はなんです? 大きなテーブルがありますけど」

「ここは議会の間です。ここに議会のメンバーが集まり、国の政を行うのです」

「なるほど……で、どうして僕はここに?」

「これから議会を招集し、聖女様が降臨されたことをまず彼らに伝えます」

 すごい勢いで退路を塞がれている気がする。

 いや、このまま状況に流されているだけだと本当に後戻りできなくなるぞ。

 いい加減、ここいらで男だと言っておいた方がいいとは思うけど……でも、ニグレドの言ってたことも気になる。

『もし男だとバレたら――お前は〝裏切り者ウォーロック〟と呼ばれることになる。そうしたら、この世界のどこにもお前の居場所はなくなるだろうぜ』

 とか何とか。

 ……ウォーロックって何なんだろうな?

 そもそも聖女というのが何なのかすら僕は理解してない。

 どうせ記憶喪失だって言ってるんだ。分からないことはいっそ全部聞いておこう。

「……あの、ずっと疑問だったんですが……その〝聖女〟というのは何なんでしょうか、ミルカさん?」

「聖女というのはフェアリーの中で〝浄化の力〟を持つ、特別なフェアリーのことです」

「フェアリーというと……ええと、魔法が使える人のことでしたっけ?」

「はい。使。聖女と呼ばれる存在は、その中でもっともアルベド様に近い聖なる存在であるとされているのですよ」

「アルベド様?」

「千年前、この世界に降り立った女神様の御名前です。人間に魔法という奇蹟を授けた慈悲の女神として、我々が崇めている存在です」

 ふうん、女神様ねえ……?

 なんかニグレドと名前が似てるような気もするけど、もしかして知り合いか……?

「かつてアルベド様が魔法の力を授けてくださったおかげで、我々人間は大いなる繁栄を得ることができました。ドラゴンと戦うことができるのも魔法のおかげです」

「ドラゴンって、さっき襲ってきたあの化け物ですか?」

「そうです。あれが〝人を喰らうもの〟――我々がドラゴンと呼ぶ異形の化け物です」

 さきほどのドラゴンの群れのことを思い返した。

 ……ドラゴンって言うよりは、でっかいカメレオンみたいな感じだったけどな。

 まぁ、ドラゴンと言えば異世界に出てくるモンスターの中では最もポピュラーな存在だろう。きっとあのドラゴン以外にも色んな種類のドラゴンいて、その他にもたくさんのモンスターがうじゃうじゃいるに違いない。だって異世界だもの。

「ちなみにさっきのドラゴンは何と言う名前なんですか?」

「……名前、ですか? いえ、ドラゴンはドラゴンですが……?」

 ミルカが小首を傾げてしまった。

 ……ん? あれ?

 僕も合わせ鏡のように小首を傾げてしまった。

「……えっと、ドラゴンって一口に言っても色んな種類がいるんじゃないんですか?」

「確かに色んな形状のドラゴンはいますし、大きさによって小型級、中型級、大型級などの区別はありますが……個別に名前というのはありません。ドラゴンというのは、つまり具現化した〝厄災〟みたいなものですから」

「……厄災? ドラゴンってようするにモンスターじゃないんですか?」

「〝もんすたー〟とは何でしょう?」

 逆に聞き返されてしまった。

 通じると思っていた言葉が通じなくて、僕は少し戸惑った。

「ええと、まぁようするに危険な生き物の類いと言いますか……」

「ようは猛獣みたいなものですか?」

「まぁ、そう……なのかな?」

「でしたら、それはドラゴンとは根本的に異なりますね。ドラゴンとはそもそも生き物ではありませんから」

「生き物じゃない……?」

「はい。ドラゴンというのは〝瘴気〟から生まれるもの――〝悪しき力〟の片鱗なのです」

「……瘴気? 悪しき力?」

「はい。ドラゴンは我々が瘴気と呼ぶものから生まれる存在で、執拗に人間を襲う恐ろしい化け物です。本当に恐ろしい存在なのです」

 僕は少し、彼女の言葉を整理した。

 ……ふむ。ようするにミルカの言い方だと、僕が思っているような〝モンスター〟的な存在は、つまりこの世界ではドラゴンのみを意味するということになるのかもしれないな。

 こういうファンタジー世界だと色んな種類のモンスターがいそうなものだが、この世界でそれに該当するのはドラゴンだけらしい。

 ミルカは急に沈鬱な表情になった。

「……実は、この国にはもう五年前から聖女様がおられなかったのです。そのため瘴気が発生してもそれを消し去ることができず、そこからたくさんのドラゴンが生まれ、多くの人々に被害をもたらしています。今はまだ何とかなっていますが、いずれ我々では対処はできなくなるでしょう。瘴気そのものを消し去らないことにはどうにもできないのです」

「瘴気が増えたことと、聖女がいなかったことに何か関係があるんですか?」

「もちろんです。瘴気を完全に消し去ることができるのは〝浄化の力〟を持つ聖女様だけですから。ただ魔法が使えるというだけでは、ドラゴンと戦うことはできても、それを生み出している瘴気そのものを消し去ることはできないのです」

「ははぁ、なるほど……」

 と、僕は頷いた。

 だから二人はあんなに僕を引き留めるのに必死だったのか。

 つまり聖女がいないとドラゴンのバーゲンセールということだ。そりゃ聖女がいなきゃ困るだろうな。

 何となくだが、彼女たちの事情と状況はおおむね把握した。

 ……だがしかし、ミルカの説明には大きな矛盾があった。

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