第12話 エターナル・ペイン(尿路に創造した塩の塊)

「……ほう。面白いことをいう童だ。このワシを前にして大言を吐くか」


 テールスが乗り移ったヒナタの言葉に憤りを感じているのだろう。

 ティル・ヴィングの発する言葉の一つ一つに棘がある。

 しかし、それはテールスも同じ。

 神対人間……。神であるテールスからすれば、ティル・ヴィングの発する言葉の一つ一つが大言荘厳。

 ただの人間が、神仏相手に唾を吐きかける行為となんら変わらない。


「『――御託はいいから早く勝負を着けましょう? あなたの吐く息……。臭いんですよ。ちゃんと歯を磨いていますか? 2秒で勝負を着けてあげますから、虫歯にならないためにも、決着後すぐに歯医者さんの予約……。取った方がよろしいですよ? あ、歯医者の予約の仕方、知ってます? もしよろしければ、お勧めの歯医者を紹介しますよ?』」

「――若さ故とはいえ言葉が過ぎるな。童……。吐いた唾は飲み込めぬぞ?」

「『ええ、もちろん。あなたが負けた後、お勧めの歯医者を紹介してあげますよ』」


 観客に聞こえぬよう双方、近くに寄って煽っている。神も剣匠もイメージが大事ということだろうか?

 テールスがそう煽ると、先にティル・ヴィングの方が我慢の限界を迎えた。


「そういうことを言っている訳ではないわっ! 誰が歯医者の紹介なんぞ頼むかっ!」


 鞘から黒剣を抜くと、剣先をヒナタ(テールス)に向け構える。


「――このワシを2秒で倒せるというのであれば、倒してみるがいい。まあ、そんなことできるはずもないがな……」

「『――よく喋るお爺ちゃんですね……。まあ、いいでしょう』」


 2人が向かい合うのを見て実況のピエールが声を上げる。


『――どうやら双方共に試合の準備ができたようです! 果たして、どんな勝負を見せてくれるのでしょうか! お待たせしました。それでは、第1試合、開始ですっ!』


 ――カーンッ!(ゴング音が鳴る音)


 すると、闘技場内に試合開始のゴングが鳴り響く。


「――それでは、いくぞ。童ぁぁぁぁ!」


 相当、怒りを堪えていたようだ。

 いい大人(65歳)が幼気な子供(外見年齢14歳)相手に向けていた剣を思い切り振りかぶる。


「死ねぇぇぇぇ!」

「『――エターナル・ペイン尿路に創造した塩の塊』」


 そんなティル・ヴィングの様子を片目に捉えながら微笑を浮かべると、テールスは軽く指を弾いた。


「――ぎゃあああああっー!?」


 その瞬間、ティル・ヴィングは振りかぶったままの姿勢で剣から手を放し、叫び声を上げ、腰から背中を仰け反らせながら崩れ落ちる。


『ど、どーした、ティル・ヴィング~!? 試合開始早々、ティル・ヴィング選手が自慢の黒剣を落とし、絶叫を上げて倒れ込んでしまいました! 一体、なにがあったというのでしょうかっ!?』


 突然の事態に実況のピエールも驚いているようだ。

 一体、なにが起こったのか理解できず唖然としていると、テールスが地に伏し悶絶するティル・ヴィングに優しく話しかける。


「『あなたの尿道に塩の結晶を創造しました。いかがですか? お産の次に痛いとされる尿路結石の痛みは……。言葉通り、2秒でケリを着けましたが、今、負けを認めるのであれば、その苦しみから解放して差し上げますよ?』」


 しかし、尿路結石を仕込まれたティル・ヴィングはそれ所ではないようで、悶絶していて声を出すことすらできずにいる。

 尿路結石に苦しむティル・ヴィングを見て、テールスは少し考え込む。


「『……おや、もしかして、痛みで声が出ないのですか? これは想定の範囲外ですね……。で、あれば、他の方に勝敗をつけてもらいましょう。審判員さーん!』」


 闘技場の外側で様子を伺っていた審判員に声をかける。

 すると、様子を見ていた審判員がリングに上がりティル・ヴィングの下にやってきた。

 集まってきた審判員は片膝を着くと、危険な状態だと判断し、担架を呼ぶ。


「こ、これは……。すいませんっ! どなたか担架を持って来て下さいっ!」


 ざわざわと騒がしくなる闘技場内。

 そんな中、審判員に向かってテールスがポツリと言う。


「『――担架で運ばれるということは、勝負は私の勝ちということでよろしいのですよね?』」

「ああ、勝ちでいい! そんなことより担架を早く!」

「ま、待て……。まだ勝負は終わってなどおらぬ……!」


 絶え間なく襲いくる尿路結石の激痛にティル・ヴィングは顔を歪めながら立ち上がる。

 自慢の黒剣は最早、立ち上がるための杖としての役割しか果たしていない。

 だが、今のティル・ヴィングの姿を見て声を上げる観客は誰もいなかった。


 ティル・ヴィングの尿道に創造した塩の結晶が大き過ぎたためか、ティル・ヴィングを中心に血の水溜まりができている。

 それだけではない。

 お産の次に痛い尿路結石の攻撃を尿道内部からダイレクトアタックされたティル・ヴィングはケツから脱糞していた。

 ティル・ヴィングの顔を見ると、尋常ではない涙と涎を流している。相当、痛いのだろう。


 テールスはそんなティル・ヴィングを横目に鼻栓しながらバナナの皮を剥くと、バナナの果肉に手に持っていた塩の結晶をふりかける。


「『憐れですね。もう意識を保っているだけで精一杯でしょうに……。仕方がありません。私に戦いを挑んだ勇気を讃え、あなたに施しを与えましょう。汝、ティル・ヴィングよ。あなたはこの果実の名を知っていますか?』」


 ティル・ヴィングから返事はない。

 当然だ。ティル・ヴィングは尿路結石の痛みに悶絶中。そんな問答をしている余裕はない。立ち上がるだけで満身創痍。

 しかし、テールスは気にしない。

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ティル・ヴィングが答えたテイで勝手に話を進めていく。


「『あなたがこの果実の名を知らぬのも無理はありません。なにせ、この果実はこの世界とは別の世界に生まれた奇跡の果実なのですから……』」


 ポカーンとした顔をする審判員。

 観客も審判員と同じ顔をしている。


「『この果実の名は、バナナ。この奇跡の果実バナナを食せば、今、あなたが抱えている体の不調はすべて消え去ります。お口の悩みも尿道にできた結石の悩みもすべて解決するのです……』」


 テールスは肩で息をするティル・ヴィングの前に立つと、バナナを持って十字を切る。


「『大地創造の神、テールス神の施しを受け取りなさい。ソルティバナナ排泄を促進する神の果実……』」


 そして、観客、審判員が見守る中、満身創痍のティル・ヴィングの口の中に塩バナナを喰らわせた。


「う、うぐうっ……⁉︎」


 尿路結石の痛みだけではなく、突然、口に粘性のある果実、バナナを1本まるまる入れたことで、ティル・ヴィングはパニックに陥る。


(こ、呼吸が……。呼吸ができない。まずい。このままでは意識が……)


 辛うじて持ち堪えていた意識が飛びそうになる。

 しかし、ティル・ヴィングの口に無理矢理詰められたのは紛うことなき神の生み出した果実。

 テールスの神気で創られたバナナには、バナナのスペックを超えた力が宿っている。


 バナナを喉に詰まらせたら窒息する。

 死にたくないという思いに駆られたティル・ヴィングは尿路結石に起因する体の痛みに耐えながら、口に詰められたバナナを咀嚼する。


 ――ごくん。(バナナを飲み込む音)


 そして、バナナを飲み込むと同時に意識を失った。


『――し、勝者、ヒナタ・クルルギィィィィ!』


 ――わああああっ‼︎(観客席から上がる歓声)


 実況が勝敗を告げると、会場内が歓声に湧く。


『――番狂わせが起きました! 闘儀は、武具の実演を兼ねた選手同士の戦い。にも拘わらず、ヒナタ選手はティル・ヴィング選手に一切武具を使わせない所か手に持っていたバナナに塩をふりかけ、ティル・ヴィング選手口に突っ込むだけで勝利してしまいましたぁぁぁぁ!』

『――ティル・ヴィング選手。流石に可哀想ですね。試合開始、2秒でダウンし、その後は痴態を晒しただけでしたから……』

『――おっと、ティル・ヴィング選手。担架に運ばれていきます。波乱の第1回戦、これにて終了です!』


 歓声を一身に受けながら闘技場を後にすると、テールスに貸していた体が戻ってくる。


「――ふう……」


(――バナナの房と一握りの塩で闘儀に挑むことになった時はどうしようと思ったけど、なんとかなったようだ。本当に良かった……)


 そんなことを考えていると、ティル・ヴィングの体内に尿路結石を創造し、塩バナナを喰らわせ完封勝利したテールスが話しかけてくる。


 ――いかがでしたか? 食料創造のスキルはあのように使うことで、攻撃にも転用できます。今回は、ティル・ヴィングという人間の尿道に塩の結晶を創造することで、人工的に疾患を引き起こしましたが、生き物が生きる上で必要な臓器の内部にバナナを創造する……。なんてことも可能です――


(――思った以上にとんでもないスキルを貰っていたようだ。食料創造……。どうやらこのスキルは単に食べ物を創り出すだけのスキルではないらしい……)


 控室に戻ると、ヒナタを騙して闘儀に参加させた評儀祭実行委員。バレンシアとネーブルが顔を真っ青にさせて振り返る。


「お、お帰りなさいませ……」

「す、素晴らしい試合を見させて頂きました……」


 本心ではないことが丸わかりだ。


「――まったく、俺のことを闘儀に参加させるなんて! もし万が一、ケガするようなことがあれば、どうするつもりだったんですか!」


 そう抗議すると、バレンシアとネーブルはシュンとした表情を浮かべる。

 案外、打たれ弱かったようだ。


「――申し訳ございません。手違いがありまして……」

「――ただ、大変申し訳ないのですが、一度、闘儀に参加した以上、ここで棄権されますと、品評会そのものの参加ができなくなってしまうのです。申し訳ございません」


 例えそれが、評儀祭実行委員のミスだったとしても、品評と闘儀のどちらかに参加してしまったが最後、今年の品評会は一番初めに選択した種目に出なければならないらしい。


「で、でも、それはそっちが勝手に間違え――」

「――まあまあ、そういう決まりですから……」

「大変申し訳ございません。このような不祥事が続かぬよう評儀祭実行委員の一員として再発防止策を練りますので……どうぞこれでお許しください」

「うん? これは――」


 評儀祭実行委員であるバレンシアから受け取った箱を開けると、そこには人間の薬指が1本入っていた。

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