第11話 テールス神降臨☆

 東門の門番、モーリーより評儀祭に誘われてから2日後。

 ヒナタは、今、評儀祭が行われるお城の前にいた。


「これが領主様が住むお城かぁ……」


 お城の前は、評儀祭に参加する人や見学者たちで賑わいを見せていた。

 朝7時に東門でモーリーと待ち合わせをし、早目に来たというのに凄い人の数だ。

 ボーっと、その様子を見ていると、評儀祭の登録を終えたモーリーが戻ってきた。


「――よし。これから会場に案内するから、迷子になるんじゃないぞ?」

「はい。大丈夫です! 俺、一応、大人なのでっ!」


 そう主張すると、モーリーが微笑ましい視線を向けてくる。

 今、ヒナタの体年齢は、テールスによる強制転移の影響を受け14歳(精神年齢は20歳)。

 城塞都市マカロンに来て早3日。モーリーの子ども扱いにも、慣れたものだ。


「よし。それでは、行くぞ」

「はい!」


 伊達や酔狂で20年も生きていない。

 お城に来るのは初めてだが、モーリーの後ろを着いて行く位、簡単なことだ。

 初めて都会に出てきたお上りさんのようにキョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていると、前の方で評儀祭の開催を告げる開会式が始まった。


『――皆さん、こんにちはっ! 本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございまーす! 評儀祭実行委員のエクレアです。これより評儀祭を開催いたしまーす! まずは――』


 流石は、年に1度開催されるマカロンのお祭り、評儀祭。みんなテンションが高い。

 逸れないよう必死になって着いて行くと、モーリーが真剣な表情を浮かべ忠告してくる。


 ――ガヤガヤ


「――いいか? 評儀には、品評と闘儀の2通りがある。間違っても闘儀には出るなよ? あれは――――わかったな?」


 ――ガヤガヤ


「――えっ? なんですか?」


 しかし、賑やかな群衆をかき分けながら会場に向かっているためか、モーリーがなにを言っていたのか聞き取れない。


 ――ガヤガヤ


「だから――闘儀には絶対に――」


 ――ガヤガヤ


(――ダメだ。周囲のガヤが煩くて全然聞こえない……)


 すると、ヒナタに声が届いていないことを察したモーリーは、説明するのを諦め、ただ一言。

「評儀祭の登録は済ませてある。闘儀、品評への参加は会場内に入ってからの申告制となるため、案内係に『品評』に出たいと言うんだ。わかったな?」とだけ、大きな声で言った。

 とても分かりやすい説明である。


「わかりました!」


 負けじと大きな声でそう返事をすると、モーリーは「ふっ」と笑いヒナタの背を押す。


「――ヒナタ君。どうせなら、優勝してこい!」

「――はい!」


 この2日間、モーリーやコリー、孤児院のみんなとバナナの魅せ方を考えた。

 城塞都市マカロンには甘味が少ない。またバナナ自体珍しい果物であるためハマれば話題性は抜群のはずだ。モーリー経由で領主様にバナナも献上してある。

 モーリーに送り出され、会場に足を踏み入れると、赤髪オールバックのインテリヤクザっぽい風体の男と、紫色の髪をした舎弟っぽい男がヒナタの前に立ち塞がった。


「――ようこそ、私は評儀祭実行委員のバレンシアです」

「同じく、ネーブルです。参加証はお持ちでしょうか?」

「えっ? あ、はい。持ってますけど……(この人たちが実行委員?)」


 領主様主催の政の実行委員にしては、いささか柄が悪い。しかし、見た目で人を判断するのは良くないことだ。

 モーリーから預かって参加証を評儀祭実行委員に手渡すと、実行委員はニヤリと笑う。


「……確かに、確認させて頂きました。それで、品評と闘儀のどちらに参加されるご予定で?」

「えっと、品評でお願いします」

「品評ですね? 承知致しました。どうぞこちらへ」


 言われるがまま着いて行くと、控室と思わしき部屋に通される。

 控室には、品評会に出すであろう品物と向き合うガタイのいい強面の参加者たちがいた。

 どうやらここが、品評会の参加者が集う控室のようだ。


「こちらの部屋でお待ち下さい。順番が来ましたらお呼び致しますので、控室を出て、闘儀場・・・へとお越し下さい」

「はい。わかりました……」


 促されるまま、控室に入ると、控室にいた人の目が一斉にヒナタに向く。

 なんだか参加者の方の人相が想像の斜め上だ。思っていたのと全然違う。目が血走っていてギラギラしている。

 品評会という名称から、参加者はもっと温和な人が多いかと思っていたが、思い込みだったようだ。

 よく考えて見れば、城塞都市マカロンはゴブリンと戦う最前線。

 品評会に武器を提出する人がいてもおかしくない。


(――まあ、俺が出るのは品評会だし、問題ないかな?)


 既にバナナはモーリーを通じて実行委員に提出してある。

 あとはそのバナナを品評会でどう魅せるか。それに尽きる。


(――大丈夫なはずだ。あんなに頑張って練習したじゃあないか。俺ならできる。きっと、できるはずだ……)


 ――と、そんなことを、思っていた時もありました。


『――さあ、始まりました。評儀祭「闘儀の部」……第1回戦……』


(――え、ええっ……??)


『……闘儀に賭けた男たちの熱い戦いの幕開けであります。黒く輝く剣を片手に現れたのは、ティル・ヴィングゥゥゥゥ! 深紅のロングガウンに野性的なゴブリン柄のトリミング。派手なコスチュームで入ってまいりました。ティル・ヴィング選手。その手に持つ黒剣が派手なコスチュームに負け圧されているように見えるのは私だけでしょうか――』


(――ち、ちょっと、待って!? これ、どういうこと??)


 評儀祭実行委員の言う通り、順番が来たので呼ばれるがまま闘技場に立った結果がこれだ。

 闘儀場の入り口に立った瞬間、なんだか、プロレスの実況みたいなものが流れてきた。

 しかも、相手は剣を持っているらしい。

 実況から、闘儀場内の様子がヒシヒシと伝わってくる。


『――城塞都市マカロンが誇る65歳の剣匠、ティル・ヴィング。今、ゆっくりと戦いの花道を行きます。相変わらずの不愛想な表情。おっと、深紅のロングガウンを脱ぎ去った! 剣匠として剣を打ち続ける日々……。鍛え上げられた筋肉の隆起が霊峰チョモラマンマのようだ。威風堂々。まるで古代の王様のような貫禄を見せている! 優勝候補筆頭と呼ばれた男の熱い戦いが今、始まろうとしています!』


 しかも相手は優勝候補筆頭らしい。

 実況が終わると観客の歓声が闘技場内に鳴り響く。


「それでは、よろしくお願いします」


 そう言って、闘儀場に入るよう促してくる評儀祭実行委員。


(――この評儀祭実行委員は俺に死ねというのだろうか? 相手の選手が手に持った黒剣。プロレスラーみたいな体躯。闘技場内で威風堂々としている姿を見て、勝てる気がまったくしない。っていうか、これ絶対に『品評』じゃないよね? 完全に『闘儀』だよね!? 絶対に『闘儀』だよね?? 『闘儀』って言ってたし!)


 観客が熱狂する中、仕方なく闘儀場の入り口に足を踏み入れると、再び実況中継が始まる。


『――さあ、右手から現れたのは、数日前に城塞都市マカロンに現れたFランク商人、ヒナタ・クルルギィィィィ! 奇跡のフルーツ、バナナを手に持ち、胸の内に熱い炎を宿しながら、今、入場の花道を突き進んでいきます!』


 バナナと塩を手に持ち、闘技場に歩いて行くと、観客の熱い視線がヒナタに注がれる。

 観客の視線に圧されていると、実況がそれを鼓舞するかのようにマイクパフォーマンスを始めた。


『――その手に持ったバナナでなにを魅せてくれるのか、果たして、優勝候補筆頭に喰らいつくことができるのでしょうかぁぁぁぁ!』


――ワアアアアアッ!(観客席からの歓声)


(――いや、普通に考えて無理だろう。どう考えても、バナナで黒剣持った筋肉ムキムキの男に勝てるビジョンが湧かない)


『――実況のピエールです。しかし、ヒナタ選手はどのようにしてティル選手に勝つ気なのでしょう。エルメさんはどう思いますか?』

『――それは、わかりません。闘儀は、武具の実演を兼ねた選手同士の戦いです。ヒナタ選手には、黒剣相手に果物一つで勝つ自信があるのでしょう』


 その実況が気に障ったのか、対戦相手のティル・ヴィングがジロリと視線を向けてくる。


「――童。まさかとは思うが、その黄色く面妖な果実でこのワシの黒剣と勝負しようという訳ではあるまいな?」


(――後で、実行委員に猛抗議しようと思う。俺が出たかったのは、品評の方なので、そもそも、物理的な勝負を想定していない)


 とはいえ、試合に出てしまった以上、やっぱりやめますは通用しない。

 例え、実行委員のミスだったとしても、実際に試合に参加した以上、もう後戻りはできないのだ。

 早々にリングアウトして勝負から逃げよう。

 ヒナタは覚悟を決めると、深呼吸をする。


 すると、頭の中に聞き覚えのある声が流れ込んできた。


 ――中々、面白いことになっているようですね――


(――この声は……)


 ――はい。みんな大好き、大地創造の神、テールスです。久しぶりですね。元気にしていましたか?――


 ヒナタのことを、異世界・エデンに連れてきた張本人。テールス神の登場である。


(――おい。なんでテメーがここにいる?)


 ――テメーだなんて失礼な……。私は神で、これでもあなたのことを心配しているのですよ?――


(――心配? お前が?? お前がなんの心配をするんだ? 意味が分からないぞ)


 ――意味が分からない? そうですか? 戦いの経験がない方がリングに上がるのを見て心配に思うのは普通のことだと思うのですが……。そうだ!――


 そう呟くと、テールスが提案を持ちかけてくる。


 ――もし、よろしければ、私が戦って差し上げましょうか?――


(――えっ? お前が??)


 って、言うか。どうやって戦うの??

 まさか、思念だけで相手を倒すことができるとでもいうのだろうか?


 そう疑問に思っていると、テールスは……。


 ――見ていれば分かりますよ。折角なので、スキルを使った戦い方の指南もして差し上げましょう。相手も待ちきれない様子のようですから、早速、体をお借りしますね?――


(――えっ? ちょっと待ってっ!? 心の準備が……)


 ――心の準備ってなんですか(笑) 生娘でもあるまいし。それじゃあ、行きますよ――


 そう言われた瞬間、体に暖かい何かが沁み込んでくるのを感じる。


「『――当然でしょう? 勝てる見込みがあるからここに立っているんですよ。そうですね……。2秒といった所でしょうか。2秒であなたのことを地面に沈めて見せますよ』」


 気付けば、いつの間にかそう口走り、喧嘩を買っている自分と、青筋を浮かべ激怒するティル・ヴィングの姿があった。

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