そこに碑はないけれど、高校時代の痛みは、そこにある。胸の中に、あちこちに。

荒川 麻衣

第1話 正義の味方になり損ねた、出来損ないの王子様


 私が通っていた高校の、通学路の途中に、天皇陛下の歌を載せた掲示が、かつてはあった。残念ながら、今は、ない。

 大手門建設と同時に、道路とともに、あの、素晴らしい歌を紹介した掲示物は、撤去を受けた。この国は、この藩は、水戸藩だったこの場所は、尊王攘夷と言う言葉をとっくの昔に捨てたらしい。


 さて、日本国、関東地方、茨城県、水戸市、水戸駅から歩いて10分ほどのところにある、茨城県立水戸第一高等学校は、昨年舞台化された、恩田陸の小説「六番目の小夜子」に登場する高校のモデルである。違うのは、水戸一高が学生運動後に制服を廃止したため、学生服、それも詰襟を着用するのは一部男子学生に限られたこと、ぐらいである。


 水戸一高の敷地内に「小夜子」の碑は、ない、存在しない。

 

 せっかく、モデルとなった高校に入れたのにもかかわらず、キラキラした学園生活も、美人の友達も、生涯忘れられない瞬間も、なかった。


 もしも水戸一高と言うものを、聖地だとなんだと思っている人がいたら、伝えたい。


 決して水戸一高に通う人間が全員が全員、恩田陸の小説に出てくるような人間ではないことを。


 確かに、目が覚めるような美男美女がいっぱいいた。決して、学歴が良いからといって、不細工な人間というのがいるわけではない。


 漫画の中で、勉強ができる女の子、男の子と言うのは、必ずと言っていいほど不細工と決まっていて、異常ともいえる美男美女は、少女漫画、少年漫画を飾る、主人公たちは必ずと言っていいほど勉強は、中のくらいである。決して勉強ができるわけではない人間は、漫画の主人公たり得るのだ。


 勉強ができたり、学問にひいでいたりすると、それだけで、漫画の主人公から遠ざかるのだ。


 私は、自分が勉強ができる人間だと知った瞬間、あー恋愛とか、キラキラした青春とか、そういったものからは無縁の、そんな人生を送るのだとばっかり思っていた。実際そうだったし。


 この学校が、通っていた水戸一高が、奇妙だった点は、同性愛者と言うものを、その存在を知らないのではないかと言うことであった。


 けして、誰かと、男の人と、付き合っているわけではない。女と、男。男と、女。並び立っているうちに恋人同士と認識を受け、この学校では、まるで同性愛が存在しないみたいだった。


 ある日、あの昼、屋根からはさんさんと光がそそいでいた。それを、綺麗だとぼんやり眺めていた。

 突き飛ばしにあったのは、私に油断があったからだ。忘れもしない、ぼんやりと、ただ、女子用のトイレに行こう、そう歩いた瞬間。


 ファンの、しかも、自分では、第一号だと認識している男の子が、こちらにぶつかってきた。にやにや笑っているのは、かつて、わたしのファンに、私が持ってきたペットボトル、それを飲むよう強要してきた、とある進学校出身、塾は一緒だった、そいつだった。今でも思い出せる。


 そいつが、あろうことか、私のファンを、私に向けて、突き飛ばして、付き合っている、いや、本当は付き合ってなかったのだが、彼らにとってわたしは、深作欣二映画の題名ではないが、格好の「おもちゃ」だった。


 私だって、決して褒められた人間ではない。それでも、このいじめは、中学時代にあっていた、そして、かつてのどんないじめよりもこたえた。


 その当時、水戸一高の内部ではいじめは無いと信じられていた。

 正確には、おばは、水戸一高の素晴らしい点しか目に入っていなかった。

 だから、わたしは徐々に精神は均衡を崩していった。中学時代には、ヤンキーと言う逃げ場があった。幼なじみもいた。


 高校時代には、そのどちらもいなかった。


 わたしは、ヒーロー、英雄になりそこねた。わたしが女性で、ファンが男性だった。ただ、それだけのこと。でも、ヒーローにはなれない。誰かを助けることなんてできない。

 

 このことは、今まで、誰にも話したことはない。


 だから、わたしは、絶対に、同窓会なんかいかない。寄付金なんか出さない。お前らなんか、嫌いだ。


 2022年の1月に、6番目の小夜子の舞台は見に行った。それで充分だと私は思っている。楽しいことはあったけれど、私に対する侮辱よりも何よりも、ファンを傷つけたことが絶対に許せない。私が傷つくのはどうだっていうのだ。でも、目の前でファンが傷つくのを、黙って見ていた、何もできなかった私が、そんな人間が、果たして普通の顔して生きていいものか。


 わからなくなることは、たくさんある。


 ずっと、正義の味方になりたかった。でも、なれなかった。わたしは、女だから。


 弱きものよ、汝の名は女。


 確かにそうだよ。わたしは、弱い。力じゃ、男性にかなわない。


 自戒を込めて書く。高学歴の、しかも、一部の、女性を加害する人間に、政権を、握って欲しくない。男女関係なくだ。


 わたしだって、高学歴の、上級国民だよ。だからこそ、権力の暴走は、嫌いだ。


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